4章構成、4時間を超える大スケール。民間伝承『犬婿入り』をモチーフに、エロスとカオス、風刺とユーモアが入り乱れるロードムービー『いぬむこいり』がいよいよ公開される。
真面目だがどこか生きづらさを抱えた40代の小学校教師・梓の元にある日、神のお告げがあり、主人公は南の島に導かれて宝物を探す旅に出る。詐欺師や変態武器マニア、ゴロツキ革命家や引きこもりのギタリストなどのアウトロー達との出会いの中で、それぞれの人生の情熱と悲哀、社会の抑圧と不条理、絶望を目の当たりにしながら、それでも希望(=宝物)を求めて旅を続ける梓。いつしか物語は、人はなぜ生きるのか?を観る者に問い掛けてくる。
柄本明、石橋蓮司、緑魔子、PANTAなど個性派揃いのキャストに混じり、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」の武藤昭平が重要な役を務めているのも見所の1つだ。
この、日本映画にとって久しぶりの超大作でヒロイン・梓を演じきった有森也実に映画について語ってもらった。(INTERVIEW:加藤梅造)
──有森さん演じる主人公の梓は当て書きに近いものだったそうですが、どの辺りがそうなんでしょうか?
有森 私のとぼけた感じや抜けた感じなのかな。自分では自覚しているんですけど、今まであまり表に出してなかったので、そこに監督は目を付けたんだと思います。
──梓は平凡で真面目な教師なんだけど、世間とは少しズレた所があるという役柄ですよね。
有森 まあ普通の人ですよね。だけどちょっと生きづらさを抱えている。それは人の良さだったり、正義感だったり、真っ直ぐさみたいな部分だと思うんです。
──自分に対して自信はないけど、世の中の役に立ちたいと思っている。有森さんにもそういう部分ってあります?
有森 もちろんあります。あんまり器用じゃない所とか。
──梓は人間の悪意に対して敏感で、悪意を持った人が近づくと呼吸困難になって倒れてしまいますが、その極端な設定が逆に梓の人となりを端的に表してますね。
有森 今回の映画を作るきっかけとなった多和田葉子さんの小説『犬婿入り』にそういう描写があるんです。映画ではかなり大げさになってますが。
──悪意に対抗するために梓はボクシングを習っているんだけど、あんまり役に立ってなさそうで…。そういう不器用な所が、観てる方としては自然と応援したくなりますね。
有森 そうですか? たしかに梓は何も悪い事してないのに婚約者に一方的にふられて、挙げ句におばさんとか言われて、かなり可哀相です。でも天からのお告げで仕事を辞めて旅に出るって、ちょっと現実離れしてますよね。普通はそこまでしない。
──普通はできないからこそ応援したくなるんです。
有森 そうか。でも梓って全然がんばってないんですよ。人の役に立ちたいと思っているわりには自分一人では何もできなくて、周りがどんどん持ち上げていく。不思議なヒロインですよね。
──ふだんはダメダメな梓が時々覚醒するシーンが観ていて痛快でした。選挙演説中に突然、自分の本音を吐露する時とか。
有森 梓はみんなの夢を託されたけど、結局うまくいかなくて、しかも人まで死んでしまって、最後は立ち直れないぐらいボロボロになってしまうんです。そんなに簡単に人の役に立ちたいなんて思っちゃいけなかったんだと思い知らされる。あのシーンは私もつらかったですね。
──撮影中、有森さんは映画の中の梓と精神的にもかなりシンクロしていたということですが。
有森 今回は役を作らないと決めたので、それが逆につらかった。役を作るって洋服を着たり化粧をしたりするのと同じで、自分を隠せるんです。逃げることもできるし、演じている自分を楽しむこともできる。それが、演じないってことになったらどこにも逃げ場が無い。今回初めてそういう状態になりました。
──撮影中は行き詰まって「ひたすら鏡の中の梓と戦っていた」ということですが、それは自分自身の心と正面から向き合ったということでしょうか?
有森 そうですね。だから今回初めて映画の中の時間を生きることができたと実感しました。撮影中はあまり冷静じゃなくて、ずっとへんな感じだったんです。撮影後はどこにも着地できてない感じで。この映画のことを客観的に語れるようになったのは撮影から1年ぐらい経ってからですね。それまでずっと避けてましたから。
──最初に試写を見た時の印象はどうでした?
有森 えっ、こんなんでいいの?って。私はすごく苦しかったのに、映画の中の梓はなんか置いてけぼりになってるなと。3回目ぐらいにやっとおもしろい映画なんだなって思いました(笑)。
──第2章で、梓は、ジョン・レノン好きの元ギタリスト・奥村(柄本明)とチェ・ゲバラかぶれの革命家・沢村(石橋蓮司)と出会うんですが、彼らのように熱い時代を生きた世代から見ると、梓は1つ下の醒めた世代ですよね。
有森 私の時は社会に対して熱くなるのはどこかカッコわるいという時代でした。でも奥本と沢村のような生き方に共感はできると思う。だからこそ彼らから、自分はもうできないけど、梓が立ち上がればみんなの力が集まるんだと説得されて、じゃあやってみようかと思ったんじゃないかな。その気持ちはわかります。歩いてもみないうちにできないっていうのは違うだろうし、何か信じるものがあれば歩いて行くべきなんだと。結果的に悲劇的なことは起こるけど、それでもこの作品は、人間はどう生きていけばいいのか?と問題提起しているんだと思います。例えば、旅をする時に、行き先や泊まる所や荷物とかを用意周到に準備する人がいたとして、じゃあそもそもなんで旅に出るのかなって思いますよね。旅の途中で偶然何かが起こったり、その土地の人に出会ったり助けられたりするのが本当の旅なんじゃないのかなって。人って何か足りなかったり欠けてたりしてる方が、面白い体験ができると思うんです。欠けた所には必ず何かが集まってきて、いびつな形でも前に進んでいける。映画の感想で、梓の人生は有森さんの人生みたいって言われたんですが、えっ、そうなのかな?って思いました(笑)。
──この映画の肝はヒロインである梓が40代という所だと思うんです。若い女性や少女ではなく。
有森 梓は、ある程度の人生経験を積んで、世の中のこともわかっているんだけど、それでも自分には何か足りないものがあると思っている。30代だとまた違うんでしょうけど、40代だともう失うものすらないっていう年齢だから。
──そういう梓が宝探しに行くというのがいいんですよね。
有森 10代の女の子が宝探しに行くとしても、出会う物すべてが宝だからね。
──そして梓は最後にある宝物を見つけるんですが、あれはどう思いました?
有森 うーん、あの後が大変だと思うよね。でも得体の知れないものが宝物になるって、なんか夢があるな。金銀財宝じゃないから。
──片嶋監督は「異種と出会い、異種を引き受け、異種を愛する」と言ってますが、犬人間は私達の社会に存在する様々な異種を象徴していますね。
有森 たとえ些細なことでも、犬を飼ったり、猫を飼ったり、花を育てたり、人は異種と交わることで解放されますよね。海外旅行もそうだと思うし。日本人って人と違うことに対してすごく臆病だと思うんです。むしろ同じものに安心する。でも、それだとひとまとまりだからすぐに無くなっちゃうよね。はみ出ていかないと生き残っていけないんじゃないかな。
──監督は明確にそういうメッセージを込めてますね。人は異種を受け入れないと生きていけないと。