厚い信頼関係がなければ即興はできない
──「畑中階段のテーマ」の冒頭で「んー、好きって言って欲しいの? そうだな、私ね、ウソつく人とね、しつこい人はキライなの」と畑中さんがささやくところからその世界観にグッと引き込まれていくのですが、凄まじいノイズとJUNKOさんのスクリーミングの上に「大丈夫、大丈夫。根拠のない大丈夫」や「みんな、愛してるよ!」といった畑中さんのセリフが乗るのがユニークですね。
広重:畑中さんに即興で喋っていただいて、僕らがそれに即興でノイズをつけたんですよ。
畑中:その場でいきなり喋ってくださいと言われたんですけど、一発でOKをいただけたんです。畑中階段の畑中に対してJOJOさんたちのファンが何を求めているのかを考えたら、ちょっと突き放した感じの女性像だと思ったんですよ。突き放すけど、ちゃんと拾うところは拾ってあげる温かさのある女性と言うか。だから冒頭のセリフはちょっと強めな口調にしたんです。
──「驕らず、媚びず、諦めず」というセリフが耳に残りますね。
畑中:それは私が信条としている言葉なんですよ。
広重:その場で出てくる言葉というのは自分の身体のなかにあるものですし、あらかじめ書いたものを読み上げるのとは違う面白さがあるんです。「畑中階段のテーマ」は非常階段がいままでずっとやってきた即興パフォーマンスに、畑中さんに挑戦していただいた格好ですね。
畑中:即興をやる上で信頼関係があるのはすごく大事だなと思いましたね。自分が裸の状態になって、JOJOさんにすべてを任せられるレベルまで持っていかなくちゃダメだと思って自分も臨みましたし。JOJOさんも「畑中さんの好きなようにやってください」と言ってくださったので、「非情のライセンス」も歌のなかに3人の女がいるイメージで唄ったんです。そんなふうに終始自由にやらせてもらえたので、ものすごく楽しかったですね。
──畑中さんは歌だけでなく、エレクトロニクスにも挑戦していらっしゃるんですよね。
畑中:1曲だけ、最後の「続・畑中階段のテーマ」でやらせてもらったんですよ。
広重:美川さんの機材を使ってもらったんです。事前にちょっとしたレクチャーを受けていただいて。
畑中:すごく面白かったですよ。ただ、せっかく美川さんが「ヘッドフォンをつけたらどうですか?」と言ってくださったのに、「いや、いいです」なんて言ってしまったんです。ヘッドフォンをしないと、いくらスイッチを押しても音が聴こえてこないのに(笑)。でも楽しかったですね。機材がいっぱいあったので、その特徴をつかんでいろいろと組み合わせてみればもっと面白いことができたのかもしれません。
──本作には「もっと動いて」のセルフカバーが収録されていますが、畑中さんの代表曲である「後から前から」はあえて外したんですか。
広重:そうなんです。「後から前から」は今年の7月にヤン富田さんのプロデュースで新録バージョンがアナログで出て、改めて世に広まった感があったし、「後から前から」を畑中階段でやって比較されるのもどうかなと思ったんです。それで、僕が学生時代に勝手にノイズ版を出していた「もっと動いて」を畑中さんに唄っていただいたんです。
──ノイズ版というのは?
広重:もう非常階段をやっていた頃にオープンリールデッキでいろんな音源をコラージュして遊んでいたんですよ。そのなかの1曲が「もっと動いて」だったんです。回転数を落として男性の声みたいにしたり、「だからもっと動いて」の部分を何べんも繰り返したり、それに自分のノイズを被せたりして。
──その36年後に畑中さん本人とまさか共演することになるとは……。
広重:夢にも思いませんでしたよ(笑)。でも、そんなふうに個人的にも思い入れのある曲だったので、「後から前から」を外すのであれば「もっと動いて」を是非にと畑中さんにお願いしたんです。
──畑中さんがセクシー路線に転向してからも広重さんが熱心なファンだったことが窺えるエピソードですね。
広重:完全にストライク・ゾーンだったし、大好きでした。平尾昌晃さんとデュエットしていらっしゃった頃の可憐なイメージがあったので、日活ロマンポルノに出演された時はびっくりしましたし、当時は社会的なニュースだったんです。いまのアイドルがアダルトビデオに出るのとはレベルが全然違いましたから。さらに「後から前から」や「もっと動いて」といったセクシーな歌まで出されて、これはすごいぞと思いましたね。
畑中:「後から前から」はヤンさんがプロデュースしてくださったり、「後から前からTシャツ」が反響を呼んだりしたんですけど、そのなかで「『もっと動いて』をどうしてリメイクしてくれないんですか?」というお言葉をたくさんいただいたんです。ただ「もっと動いて」は私にとっても大切な曲だから、リメイクするにしてもしっかりしたところで自分でも納得の行くものにしたかったんですよ。今回こうして畑中階段として「もっと動いて」をセルフカバーできたのは渡りに船で、面白いものに仕上がったと思います。
一緒に一から作り上げていくのが理想的な在り方
──いま改めて「もっと動いて」を聴いて思うのは、こうしたセクシー歌謡というジャンルが絶滅に近いと言うか、大人の女性の恋心や恋愛の駆け引きを唄い上げた歌謡曲をすっかり聴けなくなってしまったことなんですよね。
広重:畑中さんにしかできませんよね。大人の女性特有の艶っぽさのある歌を唄えるのは。
畑中:若い頃はセクシーとか色っぽいとか言われるのがすごくイヤで、ただ脱いだからそんなふうに言われるんだろうなと思っていたんですよ。でも芸能界に復帰してから改めて自分の歌を聴いたり、当時の映像を見たりすると、「ああ、私って色っぽいんだな」と素直に感じたんです。色っぽさって、後からつけようと思ってもつけられないものだから、これは私の特技として使っていくべきだと考え直したんですね。声にしても、唄い方にしても。その部分を今回の畑中階段で充分に出させていただいたんですよ。青江三奈さんやテレサ・テンさんといった色気のある大人の女性歌手の方がいらっしゃらなくなったいま、艶っぽく色気のある歌をどこでもどのジャンルでも唄っていきたい気持ちがありますね。
──「花がたみ」でも「八月の濡れた砂」でも、畑中さんの歌が非常階段のノイズに決して負けていないのがすごいなと思ったんです。歌声とノイズが拮抗しているし、良い相乗効果を生んでいるじゃないですか。
広重:やっぱり、畑中さんの歌がすごく強いんですよ。僕も初音階段を始め、いろんなコラボをやってきて気がついたんですけど、メロディや歌詞が強い歌というのは多少ノイズが入っても負けないんですよね。畑中さんの歌は基本がすごくしっかりしていて、キャリアも積み重ねていらっしゃるし、下手したら僕らのノイズが負けてしまう瞬間もあったんです。今回ほど歌とノイズが拮抗したコラボは過去になかったんじゃないですかね。とにかく畑中さんの歌のレベルが違いすぎるんですよ。今回収録した5曲の歌は全部1日で録り終えたくらいですからね。
畑中:そうでしたね。それも1曲につき、だいたい2テイクくらいで唄い終えて。私は体力がないし、早めに唱い上げておかないとパワーが落ちてくるんです。それを分かってるし、長く唄っていてもダメなんですよ。
広重:でも、初めて生で唄うところを見させていただいた時の第一印象は、とにかく歌がお上手だなということなんです。最近の女性シンガーのなかでも段違いですよ。今回も純粋な歌はそれぞれ唄い方を変えていらっしゃるし、5曲ごとに違う顔があるんです。実際はもっと引き出しがあるんでしょうし、すごいですよ。
──そこまで歌に長けた畑中さんがあえてノイズとコラボレートする面白さが畑中階段にはありますよね。
畑中:20代の頃のレコーディングというのは、すでに出来上がっているカラオケに歌入れをするだけだったんですけど、ヤンさんにプロデュースしていただいた「後から前から」も今回の畑中階段も一緒に一から作り上げていくのが面白かったんです。アレンジも含めて、自分も一緒に創作に参加している楽しさがあって、私がずっと望んでいた歌手としての在り方はこれだと思ったんですよ。自分の歌とノイズのバランスが良いのは、私もノイズに入っていったし、JOJOさんたちも私の歌に入ってきてくれたから上手く噛み合ったんだと思います。もしどこかで跳ね返しがあったら、ここまで上手くは行かなかったでしょうね。
──畑中さんほどのキャリアを重ねてきた方が、こうしてまた新たな表現にチャレンジしているのが素晴らしいですね。
畑中:新しいことをやらせてもらえる人たちと巡り会えたことが大きいですね。いくら自分がやりたいと思っても一人じゃできないことですし、JOJOさんと巡り会えたことは大きな収穫でした。イベントでお世話になっている岩下の新生姜の岩下(和了)社長も、私のバック・バンドのバンマスをやってくださった伊藤健太さんも、出会いのきっかけはツイッターだったんです。JOJOさんともツイッターを介して知り合いましたし、ツイッターから出会いがすごく広がっていったんです。私はツイッターで知り合った方とはリアルにつなげないとイヤな人間で、それを拒む人とはご縁がないんです。そのなかでJOJOさんとこうしてご縁があったのは、何か運命的なものがあったのかもしれません。
広重:知り合った相手がクリエイティブな人なのかどうか、というのもありますよね。僕だって単純なファンだったら畑中さんとこうしてコラボすることもなかったでしょうし。