"音楽とアートの融合"をテーマに、情景が目に浮かぶイマジネーション豊かな音楽を標榜した自身初のソロ・アルバム『ピクチャーミュージック』の発表から20年。杉本恭一の通算8枚目となるアルバム『STEREO 8』は、彼の盟友であるカメラマン、デザイナー、ストリート・アーティストとのコラボレーションを経て生まれた、アートの素粒子がコラージュのように随所に散りばめられた傑作だ。アートと言えども肩肘を張る必要はまるでなく、変幻自在のサイケデリックなインストゥルメンタルあり、ソリッドかつタイトな純正ロックンロールあり、夕暮れ時の情緒溢れるナンバーあり、全国各地のオーディエンスがコーラスと歓声で共演したパッチワーク的ロデオ・チューンあり、誰もが好きなおかずばかりを詰め込んだ幕の内弁当のような内容である。レピッシュの結成から30年以上にわたりしなやかに軽やかに自分らしい音楽を紡ぎ出す、決して枯れることのない杉本の創作意欲の源を辿った。(interview:椎名宗之)
絵の浮かぶような音楽を展覧会で形にしてみたかった
──今回の『STEREO 8』というアルバムは、今年の春に開催された展覧会『STOWAWAY』と夏に行なわれたアコースティック・ツアー『アコギな夜 2016』を経て生まれた作品と言えますよね。
杉本:そうだね。故郷の熊本が大地震に見舞われて、それに対する自分のいろんな気持ちを歌にしてみようかと最初は思ったんだけど、結局そんな気にはなれなかった。あくまでも『STOWAWAY』を始まりとして完成に至ったアルバムだね。
──“音楽とアートの融合”をテーマに、盟友アーティスト《フォトグラファー=緒車寿一、デザイナー=SKULLPOP(川崎義記)、ストリート・アーティスト=JELL-O》と共に開催した『STOWAWAY』ですが、そもそもどんな経緯でやることになったんですか。
杉本:アートに音楽をつけてみたい気持ちが昔からずっとあってね。仲間のアーティストたちと呑んでる時にたまたまそんな話になって、みんなもアートと音楽が融合する試みはやったことがないからぜひやろうってことになったのが始まり。彼らの作品を見てもらう、自分の音楽を聴いてもらうという興行の面では反省点が残ったけど、展覧会自体はなかなか面白いことができたと思う。「ANAGRA」というギャラリー自体も面白かったしね。大音量で音楽を常時ガンガン鳴らすなんて、普通の美術館とかギャラリーじゃ絶対にできないから。あと、カセットテープというアナログ・メディアをあえてテーマにしたのも面白かった。
──いままた人気が再燃しているメディアですね。
杉本:オブジェとかアート作品を作るためにカセットテープを1,000本近く買い集めてね。中古のカセットテープは日本でまとめて見つけたんだけど、作品にするためのカラーカセットは海外で入手したんだよ。そのカラーカセットはアー写にも使ったんだけどね。
──『STOWAWAY』(密航者)という呼称は、1979年にウォークマンがイギリスで発売された当初の商品名だとか。
杉本:そうそう。なんで「密航者」なんて物騒なネーミングにしたのかよく分からないけどね(笑)。
──『STEREO 8』にも収録された「Stowaway」、「Byway」、「Doorway」という3曲のインストゥルメンタルは、もともと展覧会で発売されたカセットに収録されていたんですよね。
杉本:うん。今回、「Stowaway」だけバンド・バージョンで録り直したんだけどね。
──「Stowaway」はアルバムの幕開けに相応しい、スペイシーかつサイケデリックな疾走感溢れるナンバーですね。
杉本:「Stowaway」は通常の曲作りと違ってコラージュ感があると言うか、設計図に則って組み立てていくみたいな感覚だった。ここでこういう景色があって、ここでこういう音が鳴って…みたいなさ。インストの3曲は全部そんな感じだったね。
──「Stowaway」の終盤でギターの音が左右に振り分けられてぐるぐる回る音像は、アルバム・タイトルにも用いられている“ステレオ”感がありますよね。
杉本:『STEREO 8』の「ステレオ」は単純に好きな言葉で、タイトルに大きな意味はない。「8」は8枚目のソロ・アルバムってことだしね。意味のあるタイトルをつけようとすると、ちょっとできすぎな感じになるって言うかさ。そこを軽くしないと自分の作品っぽくならないんだよ。
──アルバムのアートワークは展覧会でコラボレートしたアーティストの方々がサポートしているし、“音楽とアートの融合”が実を結んだ形ですね。
杉本:今年は『ピクチャーミュージック』というソロのファースト・アルバムを出してから20年経つから、当時目指していた“音楽とアートの融合”を形にしたいということで『STOWAWAY』を開催してみたんだよね。自分の音楽を“ピクチャーミュージック”=絵の浮かぶような音楽だと能書き垂れたんだから、実際にそれを形にしてみようと思ってさ。
──20年前から絵の浮かぶような音楽を標榜していたんですね。
杉本:その発想自体はレピッシュの頃からあったんだけどね。若い頃から音楽とアートには強い衝撃を受けたし、自分のなかではそれを分けてとらえることができない。
──思春期の頃に音楽とアートワークの両面でとりわけ衝撃を受けたバンドと言えば?
杉本:やっぱりセックス・ピストルズの『Never Mind the Bollocks』だね。パンクはアートやファッションと密接な関係があったし、その周辺の文化も含めてすごく影響を受けた。ジェイミー・リードだったり、ヴィヴィアン・ウエストウッドだったり。
各地のオーディエンスのコーラスと歓声を楽曲に反映
──サイケデリックなニュアンスも感じられる『STEREO 8』のジャケットには、よく見るとギターケースを抱えた恭一さんらしき男性が小さく写り込んでいますね。
杉本:よく分かったね(笑)。ジャケットの写真は『STOWAWAY』でコラボしたチャーリー緒車がハワイで撮ったものなんだよ。
──そうなんですか!? でも、ハワイ感はありませんよね(笑)。
杉本:うん、全くない(笑)。チャーリーがレコーディングに来て、録ってる曲を聴きながら「これだ!」って言って見せてくれた写真なんだけどね。
──緒車さんの写真を活かして川崎義記さんがデザインを手がけていると。JELL-Oさんはヴィジュアル・アドバイザーという形で参加されていますね。
杉本:JELL-Oには今後PVを撮ってもらうし、3人とも『STOWAWAY』という展覧会でコラボした同志として、付き合いはこれからも続いていくと思う。
──それにしても、『アコギな夜 2016』で全国各地のオーディエンスの歓声や歌声を録音して、それを「ラオラウ」に活かすという試みは斬新ですよね。
杉本:レコーディング中にツアーをやるなんてことはいままでなかったんだよね。作業の途中にツアーでひと月以上外出するのは珍しいし、だったらツアー先でも録っちゃえと思ってさ。それでライブに参加してくれる人たちにもレコーディングに協力してもらった。
──「新潟万代セップンハーモニー」とか「仙台ハンバーグウリキレハーモニー」とか、その土地ごとのコーラス部隊の名称も意味不明でユニークですね(笑)。
杉本:毎回、ライブのたびにくだらない名前を即興で考えて、「君たちはこういう名前の合唱団だから」ってお客さんに伝えてね。その日話したつまらないMCから生まれた名前だから、その日の会場にいた人しか理解できないんだよ。しかもその名前をそのまま歌詞カードに載せるのが我ながらすごいよね(笑)。
──最後に「以上をもちまして本日の公演はすべて終了となりました。本日はご来場ありがとうございました」という女性の影アナを入れているのも凝ってますよね。
杉本:あれは劇団をやってる友達に頼んで録った。「Doorway」を最後に使いたいと最初から思ってたし、それを次のツアーの客出しの音楽にしたくてね。「ラオラウ」がライブの終わりのイメージだなと思った途端、あの影アナがどうしても頭に浮かんでさ(笑)。ちなみに「Doorway」は“出入口”という意味で、展覧会のギャラリーの出入口で実際に流れていた曲なんだよ。
──なるほど。「Byway」は“わき道”という意味ですよね。
杉本:「Byway」は俺のなかでは昭和の景色と言うか、路地裏からいろんな音が聴こえてくるイメージ。それで黒電話の音とか豆腐屋のラッパの音、三輪トラックの音とかが入ってる。
──レゲエ調の穏やかなナンバー「Tour」も文字通り機材車でツアー移動する様を描いたもので、日々のライブのなかから生まれた曲というのが恭一さんらしいですよね。
杉本:「Tour」はバンドマンなら誰しも分かってくれる曲じゃないかな。今回、曲とアレンジはアコースティック・ツアーの前に全部出来上がってて、詞はツアー中とツアーの後に完成させたんだよ。詞はいつも最後になっちゃうんだけどさ。
──今回も詞は難産だったんですか。
杉本:早く仕上げるのが得意じゃなくてね。普段のツアーなら機材車の中では音楽をガンガンかけるんだけど、今回は移動中もイヤホンで曲を聴きながら詞を書いたりしていたから、マネージャーも気をつかって音を消してくれてさ。だからことのほか静かな旅だった(笑)。
──中盤の「Byway」の後の3曲、「Dusk」、「屋上」、「パレード」はどれも詩的情緒のある歌だから、特に詞を仕上げるのが難しかったんじゃないかと思って。
杉本:毎回苦労するのは、日本語をメロディにどう乗せるかなんだよね。世代的に日本語のロックに慣れ親しんでないから、曲作りは完全に洋楽志向なわけ。歌詞はいつも英語のニュアンスに合わせたデタラメな言葉だから、それを一度壊して日本語に向かうのが大変なんだよ。
──でも、メロディと詞は見事に調和していますよね。想像力を掻き立てられる言葉が功を奏して、「Dusk」の夕暮れと溶ける街のネオンだったり、「屋上」の青空を流れていく白い雲だったり、情感ある演奏と歌声が何らかの絵を浮かび上がらせている。その意味ではまさに“ピクチャーミュージック”の最新形だと思いますし。
杉本:今回の収録曲は、どの曲も聴いた人のなかで何らかの景色が見えるんじゃないかな。…うん、いま喋りながら思ったけど、自分が唄いたいのはきっとそういう曲なんだと思う。