園子温監督の最新作『ひそひそ星』は「風化しかけた記憶に対しての小さな詩」であるという。25年以上前に構想し、はるか遠い未来を舞台にしたこの作品は、同時に、3.11から5年後の今を写し撮った映画でもある。園子温監督は常々「福島の映画は終わらない。まだまだ終われない」と語っている通り、3.11後の2ヶ月後、急遽シナリオを変更して撮った『ヒミズ』、福島に何度も通い、仮設住宅や福島第一原発の20km圏内などでの取材を基に撮影した『希望の国』と、福島で撮影することにこだわり続けている。しかし、『ひそひそ星』には、『ヒミズ』のような緊急性、または『希望の国』のような明確なメッセージ性は(少なくとも表面上は)感じられない。「これは記憶に関する映画だ。三月十一日のあの日から今に至るわれわれの記憶と、はるか昔からの遠い人間の記憶を重ねるファンタジー」だと監督は言う。そして園子温は、政治でも報道でもない、芸術がやるべき仕事として、3.11の記憶を今も1つずつ数え続けている。(TEXT:加藤梅造)
この廃墟の光景は、過去にも現在でも未来にも、いつでも起こりうる風景
──最近の園監督は常に映画を撮ってますよね。
園:そういうのはもうやめた。去年は吐き出し過ぎたから、今はちょっと溜めたい。ゆっくり脚本書いたりね。自分の事務所(シオンプロダクション)を作ったから、基盤となるお金を貯めるためにたくさん撮ったんだけど、もうそろそろいいかな。
──確かに『ひそひそ星』のような映画はお金儲けを考えたら撮れないですよね。
園:金儲けどころか公開する気もなかったからね。土深く埋めて、いつか誰かが偶然見つけて上映するぐらいでいい。まあそれは冗談だけど、公開のことをあまり考えないで作ったのは確かだね。
──じゃあ、何のために作ったんですか?
園:ナスカの地上絵のような、未来の人のため。しかも今回は完全な自主映画で、自分にとってはたぶん『BAD FILM』以来だね。
──『ひそひそ星』は構想25年ということですが、25年前といえば『BAD FILM』(1995年)よりも前の『自転車吐息』(1990年)の頃ですか?
園:そうだね。『自転車吐息』を撮ったことでベルリン映画祭に行けることになって、そこでたくさん映画を観たんだけど全然レベルが違った。その時思ったのは、日本映画の括りで撮ってたらやばいぞと。もっと自分のやりたいことを撮らなきゃと思って帰ってきた。
──それで撮ったのが『部屋 THE ROOM』ですね。『ひそひそ星』は、囁き声で話す所や、モノクロームの長回しが多い所など『部屋』と世界観が重なりますが、やはり同時期に構想したからですか。
園:実は、最初に撮ろうと思ったのが『ひそひそ星』だった。でも制作費が全然足りなくて、それで代わりに撮ったのが『部屋』。だから25年前の脚本にかなり忠実に作っている。変わったのは福島を入れたことだね。
──確かに『ひそひそ星』は、3.11後に撮った『ヒミズ』『希望の国』(共に2012年)に続く、福島を撮った一連の作品の中に位置づけられますよね。
園:結果的にはそうなってる。ただし今回はメッセージのないものとして福島を撮りたかった。実際『希望の国』の後に福島の風景だけを撮っていたんだけど、それだけだと作品にならなくて、どうしたらいいのか考えている所に『ひそひそ星』があった。風景だけを切り取る映画としてちょうどよかった。
──以前、監督が『希望の国』の次には『旅芸人の記録』(テオ・アンゲロプロス監督)のような映画を撮りたいと言っていたことを思い出しました。
園:ああ、それは同じことだね。今回なぜ風景かというと、この廃墟の光景は、福島に限らず、過去にも現在でも未来にも、いつでも起こりうる風景だと思うから。未来に必ず起きるであろう災害や人間の過ちも含めて、福島というものを見つめたかった。それは広島でもそうなんだけど、慎重に言わないとわかりづらい部分もある。まあ誤解されてもいいけど(笑)。
──『ヒミズ』の時も誤解されたというか、内容ではなく、被災地で撮影したということがずいぶん批難されました。
園:それは日本での映画という概念が娯楽すぎるから。ジャンルとして完全に娯楽になっていて、そこにいま存在している痛ましい光景を映画にするのは不謹慎ということになってしまう。でもそれは日本人が映画という表現を矮小化したせいでそうなってるだけで、俺は昔と変わらないし、大島渚や新藤兼人のやっていたことを引き継いでいるに過ぎない。だから勝手に最近の映画と一緒にしないでくれと。
──そういう人はそもそも園子温の映画を観ないと思いますが…。ただ『愛のむきだし』や『冷たい熱帯魚』で園子温の映画のファンになった人が、今回『ひそひそ星』を観てどう思うかは気になります。肩すかしだと思う人もいるんじゃないかと。
園:それはざまあとしか言いようがないよね。最近の映画だけ観て分かったような顔してるだけでしょ。当時『ひそひそ星』を断念して『部屋』を撮ったんだけど、自分が映画で何をしたらいいかわからなくなってしまって、それで東京ガガガを始めたんだ。だから見え方が違うだけで、『ひそひそ星』と東京ガガガは密接に繋がってるんだよ。
──東京ガガガから『BAD FILM』が生まれたということを考えると、『ひそひそ星』が『BAD FILM』以来の自主映画ということに通じますね。
園:また映画に絶望したらガガガみたいなことを始めるかもね。
なるべく遠くを考えて作った映画
──『ひそひそ星』は、遠い未来、絶滅しつつある人間のためにアンドロイドが宇宙船で荷物を運ぶという設定ですが、それを「記憶の宅配便」と呼んでいますよね。
園:昔、ぼくの時代は河原に落ちていたエロ本がとても貴重でみんなで回し読みしたりとか、ピンク映画を観るのにも年齢を偽って映画館に入ったりとか、結構いろいろ大変だったんだけど、今は手軽にスマートフォンでボカシなしのセックス動画が見れちゃうわけでしょ。これによって僕らは何を失ったのか。セックスに対する距離感がぎゅっと縮まることで、ときめきを失ったんだよ。苦労して時間をかけて距離を縮めていくというのは、想像力をかき立てることだけど、科学の進歩でそういうものはどんどん無くなっていく。この映画の世界ではテレポーテーションもできるんだけど、3秒でどこにでも行けることで便利にはなった。ただ、かつて萩原朔太郎の「ふらんすへ行きたしと思へども」って詩があったけど、そういうロマンはなくなる。船で何日もかけて行くようなロマンが消えたら、異国の地という感覚もなくなってしまうよね。
──実際、今でも既にそうなってます。
園:このまま産業重視、経済重視で人間が進化し続け、宇宙に進出して、人工知能に乗り越えられた時代。それは確実に起きうる未来なんだけど、その宇宙の中でやっと人間は自分たちの一番大切なものは「記憶」であり「思い出」なんだということに気づいて、その思いを伝えるために、あえて何年も時間のかかる宅配便で、写真や鉛筆といった、アンドロイドからみたら何の意味があるのかわからない屑みたいなものを届ける。アンドロイドは、きっとこれが人間に残された最後のときめきのようなものなんだろうと、何となく理解する。実際の映画の中で、箱の中に入っているものは、福島の人家の中に置かれていた遺品で、もちろん許可をとった上でなんだけど、それをお借りして撮影した。仮設住宅に住んでいる人は、全部の荷物を持って来れないわけだから、津波で亡くなった親とか子供の写真などが普通に家に置いたままだったりする。いま福島について語ると、どうしても時事問題になってしまうけど、この映画ではもっと情感とか記憶というテーマを撮りたかった。
──園さんが25年前に考えた遠い未来の風景が、今の福島の光景と重なってしまう所が、なんとも言えない複雑な気持ちになります。
園:なるべく遠くを考えて作ったからだと思う。究極の遠い未来を考えたから。こういう取材でどこまで言うのかが難しいんだけど、撮影で遺品を箱の中に入れたということにあまり触れないようにしているのは、言えば言うほど福島の今の問題に関心が行ってしまうから。実際、ロケ地も明日壊されちゃうから今日中に撮るとか、ロケハンしても追いつかない状態で、だからもうない場所が結構あったりするんだけど、それは今でもあり、遠い未来でもある。
──3.11が起こった後、クランクイン直前だった『ヒミズ』の脚本を急遽書きかえたのは、「俺は3.11を無視して映画を撮ることはできなかった」からだとおっしゃってますが、今後も3.11以降の映画を撮り続けるということですよね。
園:1つ撮り終わるともういいかなと思うんだけど、そのうち出てくるんだよ。ニョコニョコと。今もまた撮りたいテーマがあって、『パリ、テキサス』(ヴィム・ヴェンダース監督)みたいな、無人街を漂流する男の話を撮ってみたいなと。だからもうキリはないね。