Rooftop ルーフトップ

INTERVIEW

トップインタビュー園子温『希望の国』(Rooftop2012年11月号)

「一歩、一歩」前に進むしかない。

2012.10.31

 インディーズ映画の旗手としてスタートして以降、地道に自分の映画を撮り続け、今や世界的に評価されるまでになった映画監督・園子温。その園が福島の原発事故をテーマに真正面から取り組んだ映画『希望の国』が10月20日より公開された。過去最悪のレベル7であるこの原発事故について、既に多くのドキュメンタリー作品などは作られているが、劇映画としてこれだけの規模の作品は国内初である。
「今、原発をテーマにしないでどうするんだ」と制作の動機をはっきり言い切る園だが、そこには当然、現在進行中の問題を題材にする困難さが数多くあったに違いない。それでも「一刻も早く撮らなければ」と園を突き動かしたものは一体何だったのか? 2012年の「今」まさに観るべき映画『希望の国』について語っていただいた。(TEXT:加藤梅造)

2012年に出す映画とは、はっきりと「再稼働反対」と言う映画

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(c)2012 The Land of Hope Film Partners
──園さんは、福島の原発事故前に原発に対してどのぐらい関心があったんですか?
 あまり関心はなかったんです。チェルノブイリ事故(1986年)の後に忌野清志郎が原発の歌を歌った時、彼はロッカーだからああいった曲を作るけど自分には関係ないと思ったことをはっきり覚えています。そして、それが原発に対する当時の僕の気持ちだったと思う。そもそも原発って存在自体が、あまり自分の作品のテーマにしたくないという感じだった。でも今は違います。3月11日以降、曲のリアリティが全く変わったし、RCサクセションの歌は毎日聴いている。だから、あの時の自分が清志郎に対して無関心だったことをとても反省しているし、当時の彼が一匹狼のように吠えていたのだとしたら、今の自分も孤立無援になってもいいんじゃないかと思っています。幸い孤立無援ではないですが。
──確かにチェルノブイリ事故当時、日本でも一時的に反原発運動が盛り上がりましたが長くは続かず、90年代はむしろ世紀末的な時代のムードになっていったような気がします。
 退廃的な気分がありましたよね。(大友克洋の)『AKIRA』のような核戦争後の世界観とか。つまり誰もそんなことが起こるはずないと安心していたんだろう。放射能の雨が降るなんてことが。その絶対起こらないファンタジーの世界が、あの事故で現実になってしまった。
──前作の『ヒミズ』では急遽台本を書き直し、震災後の世界という設定で、実際に被災地で撮影をしましたが、その後すぐに『希望の国』の制作に取りかかったんですよね。
 『ヒミズ』を撮った時はまだ震災2ヶ月後だったからよくわからなかったんだけど、時間が経つにつれ、津波と原発事故は別の問題だということがわかった。放射能の被害は、一見、街も家も壊れてないのに、毎日少しずつ被曝しているかもしれないし、そこに二度と帰れないかもしれないという、何のめども立たないような不安定な暮らしをずっと強いるもの。一方で、マスコミの報道は急速に減っていて、原発事故がどんどん風化していく中で、これはなんとしても何か日本映画から発信しなければいけない、一刻も早く作って公開しなければならないという思いが強くなりました。それが去年の夏頃。それからまずは半年間取材を重ね、今年の1月に撮影して、本当は夏には公開したかった。公開したくてもできないジレンマがずっと続いていた。
──前作も被災地で撮影した事が批判されましたが、今回も被災者の気持ちを考えろみたいなことを言われてますよね。
 Chim↑Pomが広島の空に飛行機雲で「ピカッ」という文字を描いた時に、東京の人が広島まで来て何をしてるんだと非難されたけど、それと似たような構図がある。こっちは震災のことを早く忘れたいんだから他人に語られるのは迷惑だ、と。それは日本人の特色なのかもしれないけど、僕はみんながもっと語るべきだと思う。日本人は核兵器の脅威をもっと共有して考えていかないといけないし、原発についてもそう。福島の事故を深く分析しないまま安易に原発を再稼働してしまうというのは、日本ならではだと思う。だから『希望の国』は急いで作ったし、2012年の「今」出すべき映画であって、2013年に作る映画とは全く違うものだと思っている。2012年に出す映画とは何か? それははっきりと「再稼働反対」と言う映画です。それ以外にもたくさんの問題があるけど、それらを全部盛り込むと軸がぶれてしまう。たった2時間の映画で何が言えるのかといったら、もうこれで原発とはおさらばしましょうということしかない。
 

こうすべきだと僕から誰かに言う気はない

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(c)2012 The Land of Hope Film Partners
──原発と放射能の恐怖を描く一方で、例えば、妊娠したいずみ(神楽坂恵)が防護服を着て街中を歩くなど、かなり戯画化した表現もありますが、これの意図は?
 そこはかなり誇張していますね。原発の被害を受けている側の人も茶化していて、いずみは医者から「放射能恐怖症」だと診断されるんだけど、そこまで彼女を滑稽に描いてこそ、むしろ冷静にこの映画を見れるんじゃないかと。そこを外してしまうと、反原発だけのメッセージ映画になってしまう。それをわざわざ映画で観る必要はなくて、だったら広瀬隆の本読んだ方がいいんです。
 今回はなるべく僕が取材して聞いた事実のみを集めて作ろうと決めていて、どうしても一地域の一家族の映画にしたいという思いがあり、実際の双葉町、飯舘村、南相馬のエピソードをすべて盛り込むには距離的に無理がでてくる。それで、物語を近未来の架空の町という設定にしようと。徹底的に事実を積み重ねていくんだけど、さらにもう一つその先に行くためのフィクションとして嘘をつく瞬間がそれだった。
──老夫婦の息子である洋一(村上淳)は園さん自身を投影してシナリオを書いたそうですが、妻のいずみが妊娠した時に県外へ避難するかどうか悩む所などは、実際に自分だったらどうするのか悩みますよね。
 僕は今の福島と東京どちらにいてもホットスポットはあるわけだし、むしろ日本中どこへ行っても放射能から逃げられないんじゃないかって。だから、放射能があることに慣れ切ってしまうのもよくないけど、必要以上に放射能を怖れることに慣れてしまうこともよくないと思う。無駄な恐怖から解放されてもっと冷静に生きていくということが大切なんじゃないか。福島から避難したほうがいいのかどうか聞かれても、僕はそこに答えを持っていません。こうすべきだと僕から誰かに言う気はないんです。僕は自分なりに考えて行動するけど、あなたが同じようにやる必要はない。僕がいつまで東京にいるかどうかもわからないし、もしかして来年は愛知に引っ越すかもしれないけど、それは僕のやり方であって、それぞれにいろんな戦い方があると思うんです。
 例えば、詩人の金子光晴は戦時中、自分の息子に赤紙が来た時に、徴兵検査の前日、息子に松葉をいぶして吸わせ、その結果不合格になった息子は家に帰ってきた。それで金子は赤飯を炊いてお祝いしたんだって。だから、旗を振って大声で反戦を叫ばなくても、金子のように自分の息子を助けることも家族単位の小さな反戦だよね。原発に対しても同じなんじゃないかと思う。
 

「撮りたい」映画と「撮らなきゃいけない」映画

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(c)2012 The Land of Hope Film Partners
──原発事故がテーマということもあって、今回は映画の資金集めに大変苦労したそうですね。
 もっと簡単に集まると思ってたけど、原発作品ということで意外な所から断られました。「心の中で応援してます」とか言われて(笑)。今まで単なる映画会社と思っていた所が実はバックに自民党がいたとか、そういう事は今回やってみてわかった(笑)。
──園さんはもともと日本の映画界をあまり信用してないと思いますが、よけいに不信感が募ったのでは?
 色々愚痴っていますが、かといって日本で撮る以上それは日本映画だから、少しずつ環境を変えていかなければと思います。だから希望の国と同じで「一歩、一歩」ですよ。
──3.11以降、自分が日本人だということを意識するようになった人も多いと思いますが、園さんは?
 特にないですね。何が日本人なのかもよくわからないし、「絆」みたいな雰囲気は、アメリカ人がアメリカ人ということにものすごく目覚めた9.11のテロの時と同じで、あんまりいいことだとは思わない。
──希望の国では、家族愛や郷土愛という部分も描かれてますが。
 それこそさっき例にあげた金子光晴の話のように、家族を大事にして徴兵を逃れることが非国民になることもある。日本人って家族を大事にすることがなぜか国を大事にすることに安易に結びつくんだけど、それは全然違うことだよね。
──そういえば次回作の公開が既に決まっているそうですね。
 『地獄でなぜ悪い』というコメディ映画をこの前撮ったばっかりで、それは原発とは全然関係ないものです。逆をとって気分を変えたつもりです。作品を撮る苦労は変わらないですけどね。
──それとは別に震災・原発問題をテーマにして『ヒミズ』『希望の国』に続く三作目も準備中だそうですが、やっぱり3.11をテーマに映画をもっと撮りたいという気持ちが強い?
 いや、決して撮りたいという訳ではない。今回、「撮りたい」映画と「撮らなきゃいけない」映画はこんなにも違うのかと思った。普通「撮りたい」もののほうがいい作品になると思うでしょ? でも「撮らなきゃいけない」ものは、いわば使命感みたいなものでやるから、すごみが出るような気がします。
──ちなみに『愛のむきだし』は「撮りたい」映画でした?
 あれは別の意味で撮らなきゃいけなかったから。当時は生き急いでいた感じだったので、このままじゃ死ぬぞと思って撮った映画だね(笑)。実は7月から福島で新作を撮り始めてるんだけど、2012年に撮るべき映画(『希望の国』)は「再稼働反対」という緊急を要していたけど、次に撮るべきものは、もっと腰を据えてじっくり撮る映画なのかと思っている。だから2013年じゃなくて2014年でもいいのかもしれない。淡々と状況を描くもの、小さな歴史物というか、(テオ・アンゲロプロス監督の)『旅芸人の記録』みたいな。よりプライベートなものになると思う。そのぶんメッセージは過激になるのかもしれないね。
 
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■上映情報
希望の国
新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中!
 

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脚本・監督:
園 子温
出演:夏八木勲/大谷直子/村上 淳/神楽坂恵/清水 優/梶原ひかり
製作:「希望の国」製作委員会
配給:ビターズ・エンド
(c)2012 The Land of Hope Film Partners
公式サイト:www.kibounokuni.jp
ツイッター:@kibou_movie
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