毛並みの変わった曲でも平気でやれる面白さ
── 「I・B・M」のように緩急が付いた構成の曲はとりわけライブ映えしそうですね。
NEKO:そうですね、即興もよくやりますから。ステージ上でベースの音が出ないとかトラブルが起きると、MARUちゃんと2人で臨機応変に掛け合いをやってみたりして。あと、お客さんに唄ってもらって尺が延びることもあるし。
── ちなみに、「I・B・M」の詞はNEKOさんですか。
NEKO:そうです。今回のアルバムで言うと、「I・B・M」と「CORRESPONDANCE」は私が詞を書きました。まぁ、「I・B・M」は“in sha allah”、“bukra”、“malesh”という3つの言葉を並べただけですけど(笑)。
── “神の思し召しのままに”、“明日”、“気にするな”ですね。アラブ社会で暮らす外国人によく知られた言葉ですよね。
NEKO:外国人がまず最初にブチ当たる壁ですね。たとえばアラブ人と打ち合わせをするにしても、指定の時間にはまず現れない。それで電話をすると「in sha allah」って言われるんです。その時間に現れないということは、要するに神の思し召しがなかったと(笑)。もしくは「bukra, malesh」、つまり「明日ね。まぁ気にするな」なんて平気で言われる。そんなことは日常茶飯事なんですよ。
── そんなテーマを曲にしているハードコア・バンドはD・O・Tぐらいなものでしょうね(笑)。
HIROSHI:今回アルバムに入れなかった曲の中にはNEKOが作詞・作曲を手がけたものもあって、それはハードコア風でもアラビア風でもない、まるで童謡みたいな曲なんだよね。そういう毛並みの変わった曲でも平気でやれるのがD・O・Tの面白いところだと思う。
MARU:ちょっと変化球みたいな曲でも、上手い具合にHIROSHIがいいベースを付けてくるからね。それに刺激を受けて僕も見合うリズムを考える。そうやっていい感じに転がっていくんですよ。今までHIROSHIが作る歌メロはベース・ラインと全く一緒だったんです(笑)。でも、NEKOが入ってからは今までにないユニークなベース・ラインが増えたし、楽曲に幅も生まれたんですよ。NEKOのお陰でHIROSHIの才能が引き出された部分は大いにあるんじゃないかな。多分、HIROSHIは自分の引き出しを開けられないことに長いことムズムズしていたと思うんですよ。
── あぶらだこの時代から考えれば、長すぎたぐらいですね。
NEKO:長すぎた春だ! 今頃アラブの春が来たみたいな(笑)。
── HIROSHIさんの中でジャスミン革命のような大転換期が訪れたわけですね(笑)。
HIROSHI:遅れてきた青春みたいなところはあるかもしれないね(笑)。何せ30年近くあぶらだこ中心の音楽活動だったしさ。
MARU:HIROSHIはあぶらだこに入った当初はバンドのイメージから一番遠い常識人だったのに、気がつけば一番あぶらだこらしい人間になっちゃったんだよね(笑)。
NEKO:そうだよね。昔はちょっと浮いてたもんね(笑)。
HIROSHI:まぁいずれにせよ、D・O・Tは僕が理想としていたバンドだし、ずっとこういうことがやりたかったし、凄くいいアルバムが出来た自負もある。自分にとって展望を持てるプロジェクトであることは間違いないよ。
“明日の砂漠”に希望を見いだせるような音楽
NEKO:だからやっぱり、“Desert Of Tomorrow”っていうバンド名は合ってるよね。これは“希望”や“未来”に願いを込めたイメージで私とHIROSHI君が考えたんですよ。と言うのも、私が正式に加入した時に“Deborah Harry On The TV”っていうバンド名にちょっと抵抗があって、正式名称を変えようって何度もお願いしたんです。
HIROSHI:D・O・Tっていう略式名称ありきだったから、“Deborah Harry On The TV”っていうのを途中から変化させていってもいいんじゃないかと思ってたんだよね。“Dave Spector On The TV”になっても別に構わなかったしさ(笑)。それで考え直すことにして。
NEKO:“Desert”は私がどうしても付けたかったんですよ。
HIROSHI:アラブ調の曲もあるし、砂漠は合うよねって話になって。じゃあ“Desert Of Tokyo”でいいんじゃない? って最初に言ったんだよね。
── “東京砂漠”。それじゃ内山田洋とクール・ファイブですよ(笑)。
NEKO:それはどうなのよ!? って(笑)。で、HIROSHI君が“Tomorrow”を思いついて、希望を感じるネーミングで凄くいいなと思ったんです。私が地球上で一番衝撃を受けた場所が砂漠だったんですよ。砂漠は地球の一部でありながら宇宙そのものみたいと言うか、草木や虫といった命あるものがどこにもないのに、そこにはすべてが存在しているように実感したんです。その体験が凄く鮮烈で、偉大な場所だと感服したんですよね。私たち一人ひとりは砂粒みたいにちっぽけな存在かもしれないけど、明日の砂漠に希望を見いだしていけるような音楽を作りたいっていう願いを込めたんです。「CORRESPONDANCE」の歌詞にもそんなニュアンスを込めて、ミクロコスモス(小宇宙)もマクロコスモス(宇宙)も自分の世界の中で等比に響き合っていると唄っているんですよ。
── その、NEKOさんが体験した砂漠の話を詳しく聞かせてくれませんか。
NEKO:360度どこを見渡しても広大な熱砂の地という圧倒感、溢れるように次々と流れていく夜空の星の素晴らしさもさることながら、一番驚いたのは音の感覚だったんですよね。砂漠に着いた途端、静寂の音というものがそこで鳴っているように感じて。静かな場所ではシーンと張りつめたような音がするけど、砂漠ではピーンとした音が絶えず耳の中で鳴っていて、これは一体何だろう!? と。あと、自分の呼吸音や足音が研ぎ澄まされて聴こえてくる。こんな寂寞とした場所で結局聴こえてくるのが自分の内面の音だなんて、その感覚に気づいたら思わず気が遠くなっちゃったんですよ。「72」の出だしで私がタララララララ〜と声を出しているんですけど、あれは砂漠で生まれた音なんです。ザハルータというアラブ独特の歓喜の声で、嬉しい時や感激した時に出す声なんですね。かつて電話がなかった頃は、喉を鳴らすように発声するのが砂漠地域の伝達手段だったそうなんです。「子どもが生まれた、タララララララ〜」みたいな感じで。
── 2年前、ムバラク大統領を辞任に追い込んだ市民がその歓喜の声を発していたのをテレビで見た記憶があります。
NEKO:まさにそれですね。本来は結婚式とかお祝いの時に欠かせないものなんです。考えてみれば、歓喜と恐怖が紙一重なのを教えてくれたのも砂漠なんですよね。
── と言うと?
NEKO:砂漠に行くのは命懸けなんですよ。もしこの水がなくなったら? もし雇った運転手に置いていかれたら? もしこの運転手に襲われたら? ノそういう危険がたくさんあるし、そのうえ私は満天の流れ星に興奮して全然眠れなかったし、果たして無事に生きて帰れるのだろうか? という恐怖が絶えずあって、常に命の危険と隣り合わせなんです。でも、そんな状況であればあるほど砂漠の美しさに涙し、自分が生きていることを実感するんですよ。私は何事もそれぐらいの意気込みで臨まなければ取り組む価値がないと思ってるんです。これまでもずっと自分が本当にやりたいことには命を懸けてきましたから。だからこのD・O・Tも生半可な気持ちでやっていないし、“Desert Of Tomorrow”というバンド名にはひとかたならぬ思いがこもっているんです。