エンケンこと遠藤賢司がその名も「エンケンロック」と名付けたベスト盤をリリースした。1996年の『夢よ叫べ』から2012年の『ちゃんとやれ!えんけん!』までの作品から厳選した14曲と、現在公開中でエンケン自身も出演する映画『中学生円山』の劇中歌2曲から成る本作は、まるでライブを体感しているかのような絶妙の曲順になっていて、入門者から長年のファンまでが手放しで楽しめる1枚になっている(『中学生円山』の監督・宮藤官九郎も「やばい。好きな曲ばっかりだ。俺が選曲してもこうなる」と絶賛!!)。6月12日には新宿ロフトでエンケンバンド(遠藤賢司+湯川トーベン+石塚俊明)と朋友・鈴木茂(ex.はっぴいえんど)による発売記念ライブを開催することも決定している遠藤賢司に早速お話を伺った。(TEXT;加藤梅造)
「ド・素人はスッコンデロォ!」の意味
──まずこのジャケット写真に惹かれたんですが、これはザクロの実ですよね?
そう、震災の年の秋に自分の家の庭になったザクロだね。夢中になって携帯でこの写真を撮ったんだ。こいつ宇宙に向けて必死に自分を開こうとしているんだなって、可愛い好い奴だなって。今回ベスト盤のジャケットをどうしようかとあれこれ考えている時に、あっあの2011年の秋のザクロン君がふさわしいなって。
──そもそもベスト盤を作るきっかけは何だったんでしょう。
以前からミディ時代の音源でベスト盤を出さないかと言われていたのと、あとは映画『中学生円山』が公開されるっていう時期だから、ちょうどそれが重なったのが大きいかな。
(註:宮藤官九郎監督の映画『中学生円山』のサントラとして新録の「おでこにキッス」「ド・素人はスッコンデロォ!」がベスト盤に収録されている)
──エンケンさんを映画に起用した理由として、宮藤監督は『不滅の男 エンケン対日本武道館』(註:エンケン監督・主演・脚本・編集半分の劇場映画。2005年公開アルタミラピクチャーズ)に衝撃を受けて自分の映画の中でも「ド・素人はスッコンデロォ!」を歌って欲しかったと映画雑誌で語ってますね。
この前、新宿のバルト9でエンケンナイトという上映会があって、「ヘリウッド」と、その「不滅の男 エンケン対日本武道館」を久しぶりに観たんだけど、自分だから言うのだけど(笑)、よく出来てるんだよ。「ド・素人はスッコンデロォ!」のシーンは上からタイトル文字が落っこちてくるんだけどすごい迫力があって、宮藤監督はたぶんそういう所も映画として気に入ったのかなと。宮藤監督もそうだし、真面目に必死に何かを創っている人って、心のどこかで「ド・素人はスッコンデロォ!」って叫びたくなる気持ちがあるんじゃないかな。
──この曲はタイトルだけ見ると素人が厳しいことを言われているみたいに感じますが、歌詞をよく聞くと、エンケンさん自身が「自分の創造魂に責任あふるる由緒正しきド・素人」でありたいと歌ってるんですよね。
そう、僕は全曲そうだけど、自分で自分を焚きつけてる。お前は瞬間瞬間をちゃんとやっていくしかないんだぞって。俺は全部自分自身に向かって言ってるんだ。そこが俺のエライ所(笑)。
──そういう歌詞だから、聴く方も自然と「ああ、俺もちゃんとやろう」って思うんですね。
みんな次の瞬間にどうなるかわかんないよね。音楽に限らずだけど、そのちゃんとやろうを保ち続け努力することが大事なんだと思う。努力は才能だからね。
──以前に、何十年やってもライブの前はいつも不安だと仰ってましたけど、そういう気持ちもあるんでしょうか?
ステージに立つことはゲリラ戦だから、何があるかわかんないんだよね。ギターの弦が切れることはしょっちゅうだけど、例えば途中でモニターがぷつんと切れたり、アンプが壊れたり、すべって転んだり、客席からもどんなヤジがとんでくるかもしれない。そういう時に気持ちが途切れないようにするにはとにかく練習するしかないんだけど、練習で完璧目指すほど、つまり練習すればするほど不安になっていく。練習っていうのは、例えばギターのカッティングや、指先の一本一本の動きにあわせた声の抑揚ハァモニカの抑揚などなど、神経すり減らして、いろいろ試してみることだから、瞬間瞬間がド・素人ということだね。努力は才能だからみんな由緒正しいこの瞬間瞬間のド・素人であるべきだと思うんだ。年齢重ねただけのベテランなんかいらないね。
──1996年以降の作品からの選曲とはいえ、かなりの数の作品があるから相当大変だったんじゃないですか?
時間はかかったね。まず今回は「エンケンロック」と言ってもいいんじゃないかと思って選曲したんだ。俺の音楽を初めて聴く人にも気軽に楽しんで欲しいなと。ほんとは曲数を減らしたかったけど、それがどうしても難しくて、結局全体で1時間を越えるものになった。正式には62分13秒かな。まあ1時間じっと聴くってなかなか難しいじゃない。1回聴いてまた聴きたくなるようにするにはどういう選曲がいいのか、自分で何回も聴いて、最終的にこの並びになった。
──たぶん人それぞれに違うんでしょうけど、例えば僕は「裸の大宇宙」は入ってないのかぁ、とかありました。
ありがとう。でもそういう人は既に俺のアルバムを聴いてる人だと思うんだ。今回は聴いたことがない人にもエンケンってこういう人なんだって分かってもらえるような選曲を目指した。勿論僕を深く聞いててくれた人にも。短くて激しい、いわゆる世間でいうロックな曲を中心に。その流れの中で休憩代わりに「美しい女」というピアノの小曲や「頑張れ日本」というブラスバンドの曲も入れたんだ。
──弾き語りの「夢よ叫べ」や「ボイジャー君」も入ってないですが、例えばフォークベスト盤もあったらいいなと思いました。
実はロック編フォーク編の二枚組という話もあったけど。あと、俺はいつかピアノの曲だけのベストアルバムっていうのも作ってみたいけど。今回は映画のサントラの2曲を含めた1枚の流れとして聴いて欲しかったんだ。1曲1曲が映画だとすると、それぞれに脚本があって、繋がりのいい16本の映画、つまり16曲を選んだんだ。好きな曲が入ってなくても僕は僕の創ってきた曲は全曲大好きだよ。誰にも媚びて創ってないからだけど。とにかくさっさと気持ち良く1時間チョイを聞けるようにしたかった。原音は壊さずにリマスタリングして、車の中でも気持よくね。僕も毎日一度は聞いてるよ。
瞬間の凹と凸を描けるかどうか
──1曲目「君にふにゃふにゃ」と2曲目「口笛吹いて」はオリジナルアルバム通りの曲順ですけど、やっぱりこの並びなんですね。
とにかく1曲目は「君にふにゃふにゃ」しかなかったんだ。これだと初めて聴いた人もすっと入っていける曲だと思うから。
──もともとこの曲はレコードデビュー40周年記念アルバムとして出されたものですけど…
え、そうだっけ? そんな前なんだ。まったく人生早いよね(笑)。
──リリース当時、40周年で「君にふにゃふにゃ」ってすごいタイトルだなって思いました。
ははは(笑)。俺もすごいと思うし音楽家として本望だよ(笑)。そういえば、『中学生円山』の河原のシーンで歌う「おでこにキッス」は今回映画の為に新録したんだけど、17年前に録音したこの曲をちゃんと歌えたことは自分で大したもんだと思ったよ。新録する前はすごく不安だった。とても上手く歌えた。でも昔の歌が歌えなかったら音楽家としてダメだと思う。常にこういう気持ちで歌ってきたよ。俺は凹と凸だけを描きたいんだよね。出会いと別れ、喜び悲しみ。自分は今までこんな音楽を聴いてきましたとか、有名な音楽学校でたとか、そんなことは全く関係ない。この瞬間の凹と凸。これを完璧に描けるかどうかだよ。映画と観客、歌い手と聞き手、男と女、男と男だって凹と凸だし、女と女だって、いつでも初めて出会った凹と凸だ。俺はその凹と凸だけ歌えたら幸せだと思う。何せ人間誰もが言音一致の純音楽家、つまり芸術家だからね、真の芸術家なら人間誰でも芸術家、そこからヨオイ!ドン!だよ。凹凸を極める、それ以外はお節介だよ。音楽一筋だと見えてくる事も確かにあるんだ。偉そうにごめんね。
──「口笛吹いて」の後に3曲目「ラーメンライスで乾杯」が続きますが、どちらもすごく些細な日常を歌ってる曲ですよね?
些細な日常をそのまんま歌えたらこの宇宙の全部だよ。純文学でも怪奇ものでもSFでも好いものは、日常と地続きだからこそ「あっ、こうなったらどうしようとか好いな」っていうことが通じる思うんだ。だから、日常を描くのが一番正しいし、それは自分で見たものをきちっと描くしかないんだけど、それが一番難しいんだよ。それしかないし、後は何もいらない。俺が見たまま思ったままを描いてそれが他人に通じるかどうかってこと。人間が人間のことを必死に歌ったら聴いた人間は絶対わかると思う。そう信じている。逆に日常じゃないものを歌うってどういうことだと思う?
──うーん、それは現実逃避ってことですかねえ。
そう、もちろん俺だって逃げてるものはいろいろあるけど、ただ音楽だけは逃げたくない。音楽は誰かに頼まれてやっているわけではなく、自分が好きでやっていることだからね。歌える限りは自分の全てだからね。
──「頑張れ日本(日本サッカーの応援歌)」はこれまでに3バージョンあるんですけど、今回はブラスバンド編を選ばれてますね。
ブラスバンドはのんびりしてて好きなんだ。以前よく駒沢公園に全国サッカー選手権を観に行ってて、たいていブラスバンドの応援があるんだけど、それを聞くのが好きだったんだ。真心ブラザーズの「どか〜んと一発!」って曲がよく流れていたんだけど、それをMDで録音して真心の倉持君にあげこともあった(笑)。自分もいつかサッカー大会で演奏されるような音楽をやりたいなと思って創ったのがこの曲です。もちろんサッカーが大好きだからね。サッカーも時々やってるよ。鈴木慶一くんとね。今年お正月誕生日ゴール決めたよ。ま、アレンジの梅津和時くんに説明したのは、校庭の片隅に5、6人ブラスバンド部の生徒がいて「パッ、パッ、パッ、パッ」って下手だけどかわいい音を出している。その校庭からサッカーボールを蹴る音とか野球の球のカーンという音が聞こえてて、そこには恋もあるだろう。そういう情景。だからわざとのんびり吹いてもらったんだ。
──そう聞くと、エンケンさんのがむしゃらな感じって中学生の必死な姿に重なりますね。
そうだね。俺もそうだけど、中学生までいけば立派なもんだよ(笑)。人間みんな子供なんだと思う。今まで大人なんか一人も見たことない。偉そうな大人はいるけど、そんなのは本当の意味の大人じゃないよ。ちゃんと仕事する男女は大人なんだよ。俺も含めて、みんなガキだし甘ったれだしなぁ。だから人間て可愛いと思っているのが大人だと思う。中学生もみんな一人一人悩みを抱えながら必死に生きてるし、何の努力もしないで俺は大人なんだって思ってる奴より、食わせてもらっても必死に生きてる中学生の方が全然格好いいよ。大人だよ。俺の音楽は誰に向けているというのはなく、何歳だろうとそれを聴いた人の心が踊ってくれればいいと思う。音楽家としてはそれしかない。音楽を説明しようと思えばいくらでもできるじゃない。この音楽はこういう意味があって背景があって哲学書の本にこういう風に書いてあったから、こういうふうに聴いて欲しいんですとか。それじゃあ音楽家としては負けなんだ。何も説明しなくても、聴いたら心が踊るような音楽が本当にいい音楽なんだ。早く日本はそう気がついてくれないかな。気がついたら好い国になるんだけどな。