日本代表としてアコーディオン世界大会へ出場するほどの実力派である小春(アコーディオン / 姉)が奏でる哀愁漂うメロディーに乗せて、19歳のもも(ヴォ−カル / 妹)がかわいい見た目からは想像ができない愛憎入り乱れた歌詞をコブシを効かせて唄う、2009年夏に実家で結成された姉妹ユニット"チャラン・ポ・ランタン"。毒舌キャラの小春はもともとは母に連れられて行ったサーカスがきっかけでアコーディオンを始め、新宿・ゴールデン街での"流し"や大道芸の経験もある(海外での演奏も多数)。一方のももは、姉から(半ば強引に)誘われて、よくわからない状態のまま唄うことになったが、今では「ライヴがなくなったら生きてる意味がわからなくなる」と言うほど音楽活動に快楽を見出してしまった。
自身もステージに上がることが中毒な彼女たちのライヴに中毒者が続出しているらしい。怖い物知らずの彼女たち、ステージ上から小春が客席に絡み、ケンカを売ることもしばしばだが(笑)、路上ライヴで培った観客とのコミュニケーションなどの経験が彼女たちをタフにしたのか、ライヴを見た者を瞬時に惹きつける魅力(魔力?)を持つ。4月9日のももの誕生日にはロフトでワンマンも予定されている。今チャラン・ポ・ランタンがアツイ! ということで、今回は結成から現在に至るまでの経緯を小春とももに聞いた。なるべくしてあのステージスタイルは生まれたのだ。(聞き手:望月慎之輔/新宿ロフト+黒沢 忍/タワーレコード新宿店 構成:やまだともこ)
「はい、明朗会計の時間ですよ!」
──急なインタビューのオファーにも関わらずありがとうございます。
小春:いえいえ。最近暇なんだよね。
望月:暇なの?
小春:昨日が2週間ぶりのライヴだったんだけど、ひさしぶりすぎて流れがうまく掴めなかったね。あと人とどう話したら良いのかもわからなかった。2週間人と話をしてなかったから。
望月:たった2週間でそんな状態!? で、この2週間は何してたの?
小春:爪切ってた。足の爪も切ったよ。
ねこ太(ソニー・ミュージックアーティスツ/チャラン・ポ・ランタンマネージャー):足の爪は時間に余裕ないと切らないですよね。
望月:でもずっと爪切ってたわけじゃないよね?
小春:それ以外にやったことと言えばチラシの絵を描いていただけ。ただカフェで絵を描くということしかしていなくて。構図ばっかりうまくなった。あ、ライヴ用に新曲は作ったり、たまーに音楽はやってたな。
望月:今日はチャラン・ポ・ランタンが新宿ロフトに出た頃のお話からしたいんだけど、もともとは以前やっていたMINORITY ORCHESRTRAというインストバンドでネイキッドロフトに出演していたんだよね。
小春:そう。ネイキッドロフトは当時店長だった上江洲さんに誘われて、なんでかわからないんだけど毎月ワンマンをやってた。でも毎月ワンマンをやっていたわりには、お客さんが来てくれていたんだよね。オジサンばっかだったけど(笑)。それがちょうど4年前ぐらい。小春が今のももの年ぐらいの19歳とか20歳ぐらいのとき。
望月:MINORITY ORCHESRTRAの編成は何人だったの?
小春:5人。みんな同い年で、今カンカンバルカンでドラムを叩いているふーちんと、ヘタクソなトランペットと、ヘタクソなトロンボーンとヘタクソなサックスと私で。ヘタクソを売りにしてた。
望月:なんでネイキッドに出るようになったの?
小春:そこらへんの記憶が定かじゃないんだよ。シカラムータさんのイベントで初めて出させてもらって、そこから対バンのイベントに頻繁に出させてもらって、イベントではほとんどお客さん呼べなかったのに、上江洲さんからはおこづかいみたいに「これあげるから!」って言ってギャラもらってた。イベントは回数をやりすぎてたんだよ。ついこの間まで1週間に3回ぐらいライヴやってたから。だけどやるしかないし、やることないし、暇だし。それにイベントの回数を重ねれば知り合いが増えるだろうって。恋愛も数重ねればいい人に当たるだろって言うでしょ。
望月:ライヴは路上でもやっていたでしょ? ライヴハウスでやるより路上のほうが多かったの?
小春:最初は路上だけしかやってなかった。これが儲かるのよ。投げ銭スタイルで。
ねこ太:うちと契約する時も、「投げ銭ライヴってダメなんですかね?」って、そこばっかり気にしてた(笑)。フジロックにチャラン・ポ・ランタンが出演した時もいきなり“おひねり”を徴収して、ステージ上が札まみれになってましたから。そういう時は見て見ぬフリしてますけど。
── ステージ上でなんて言うんですか? 「お金ください」って言うんですか?
小春:「はい、明朗会計の時間ですよ!」って。
望月:一番最初に投げ銭を頼んだ時はどういう感じだったんですか?
小春:初めて路上でやったのは17歳とかで、当時は今みたいに喋るスタイルじゃなくて、看板に「小春です。アコーディオン弾きます。アコーディオンでパリに行きたいです。よろしくお願いします」って書いて。それで投げ銭箱を置いて、目をつむって『ドナウ川のさざ波』とかロシア民謡とかの悲しい曲を弾いてたらいつの間にかお金が入ってた。新宿の地下で1時間ぐらいやれば十二分にお金はもらえたよ。
ねこ太:その頃にゴールデン街にあるバー・ソワレにも入り浸って。
小春:20歳前から新宿には通ってた。成人してからはそんなに行かなくなったけど。
望月:その時は小春ちゃん1人で?
小春:1人。ももは中学生だったから。
── そんなお姉ちゃんを見て、ももちゃんはどんなことを思っていたんですか?
もも:べつに何も…。新宿で弾いてる時はときどき見てはいたんですけど。
小春:忘れ物とか持ってきてもらったりしたから。
もも:一度上野公園で路上ライヴをやった時は、ももがチラシ配りした。
小春:でも中学生で見た目が今よりももっと子供だったから、「この子使われてるみたいだけど、どうしたんだろう?」って周りの人は思ってたと思う。
もも:日焼けしていて、運動靴とシーンズだったから(笑)。
小春:小春とももの雰囲気が違いすぎて、妹だって誰も知らなかったよね。
もも:小春はその頃の方が派手だったよ。ミニスカートでニーハイ履いて。
小春:いろいろ攻撃的だったから(笑)。