今なお決して古びていない『袋小路三番町』の歌詞
──そうなんですよね。楽曲のクオリティは言うまでもなくどれも素晴らしいし、『あやまち』のような打ち込み風のリズムの曲でも梶さんのイメージを損なうことはまるでないし、むしろこれまでと違った唄い手としての魅力を引き出すことに成功していると思います。
梶:こんなこと言ったらおこがましいですけど、宇崎さんは本当に凄い人だなと思いました。あと、キー合わせをした時に宇崎さんから「本当に33年間唄ってなかったの? 声があの時のまんまじゃない!」って驚かれたんですけど、それも嬉しかったですね。
──役者として日々喉を鍛錬されているのも関係があるのでは?
梶:喉は凄く大事ですよ。撮影に入って、今日は声が出ていたのに次の日に嗄れていたら困るんです。だから喉には一年中神経を使っていますね。私は花粉症だから、余計に。
──プライヴェートで唄うようなことはなかったんですか。
梶:たとえば、『鬼平犯科帳』で打ち上げがあったとしますね。『怨み節』は大抵どこのカラオケにも入ってるから、誰かが必ず掛けるんですよ。スタッフだからイヤとも言えなくて、そういう時は仕方なく唄います。その程度ですね。だから私、怒髪天の『うたのうた』をSHIBUYA-AXで唄わせて頂いた時は自分でもバカじゃないの!? っていうくらい図々しかったなと思うわ(笑)。よくもまぁあんな大それたことをしたねってくらい(笑)。とにかく凄く緊張していましたからね。
──いや、銀幕スタァ特有の凛としたオーラを放って堂々たる佇まいでしたよ。
梶:いやいや、そんなことないです。増子さんたちがしっかりと合わせて下さったお陰ですよ。怒髪天じゃなければ、とてもあんなふうには唄えなかったです。あれはそもそも、増子さんとの対談の時に決まったことなんですよ。怒髪天が結成25周年だと聞いて、「へぇ、私にできることは何かないかしら?」って訊いたら、「本当ですか!? じゃあ是非唄って下さい!」って増子さんに言われて。そこで決まっちゃったの。私は対談前にテイチクさんから頂いた怒髪天のCDを片っ端から聴いて、増子さんにお会いした時に「『うたのうた』、あれは凄くいい曲ですね」って言ったのね。それを増子さんがしっかりと耳に留めていて、「ライヴに出て頂けるなら是非『うたのうた』を唄って下さい」って頼まれたんですよ。
──梶さんは対談をきっかけに仕事が始まるケースが多いんですね(笑)。本作にはそんな怒髪天もかつてカヴァーしていた『一番星ブルース』が収録されていますが、この曲を唄おうと思ったのはどんな経緯だったんですか。
梶:『一番星ブルース』は『トラック野郎』の主題歌で、私が東映で映画をやっている頃から撮影所でも掛かっているような大ヒット曲だったんですね。その当時から「これ、私の歌みたいじゃない?」っていうくらい好きだったの。それで今回、せっかくの機会だから宇崎さんに頼んで唄わせてもらうことにしたんです。何も全部新曲にしなくてもいいじゃない? と思って。あと、私は今回の『一番星ブルース』のアレンジが格好良くて大好きなんだけど、私の希望でオリジナルよりもテンポを早くしてもらったんです。オリジナルのテンポは私にはちょっと難しかったから。
──セリフが随所に挟まれる『袋小路三番町』は先ほど話題に上がりましたが、34年越しのセルフカヴァーとなるわけですね。
梶:以前、ホテルでライヴをやった時に『袋小路三番町』を唄ったことがあるんですけど、お客さんの反応が一番良かったんですよ。曲の良さはさることながら、阿木さんの詞が素晴らしいんです。「都会の人の無関心」から始まるあのフレーズがみんな大好きなのね。しかも、それが今でも全然古びていない。今の時代、人間関係が空々しいじゃない? そんな時代の空気を見事に表現しているのが『袋小路三番町』なんです。オリジナルをそのままなぞるのではなく新ヴァージョンで唄いたかったから、これも宇崎さんにお願いしてあんなアレンジになったんですね。
──情感溢れるアコースティック・ギター1本に乗せて唄われる『あゝブルース』は文字通りブルージーで凄味の利いたナンバーですね。
梶:実を言うと、『あゝブルース』は34年前の歌なんですよ。宇崎さんと阿木さんに書いて頂いた『袋小路三番町』、『欲しいものは』、『残り火』、『影の栖(すみか)』という4曲の他に『あゝブルース』があったの。当時、「この歌は今の私にはとても難しくて唄えません」と言ってお戻ししたんですね。それで今回また宇崎さんとご一緒できるということで、本当に失礼だとは思ったんだけど、「『あゝブルース』、今なら唄いたい」って言ったんです。そしたら即、「いいんじゃない?」って言われて。『一番星ブルース』や『袋小路三番町』よりも即答だったんですよ。
『あゝブルース』の歌唱法に対する阿木燿子からの助言
──『あゝブルース』の存在をよく覚えていらっしゃいましたね。
梶:私のマネージャーがたまたま見つけたの。今までずっと歌を封印していたから、歌手活動に関する箱も封印していたのね。今回のレコーディングにあたってその箱を開けたら、その中に「梶さん用」と書かれた『あゝブルース』のテープがあったんですよ。今回の『あゝブルース』に関しては面白い話があって、最初はああいう唄い方じゃなくて、もっと媚びた感じで唄っていたんですよ。そしたら、宇崎さんじゃなくて阿木さんから「梶さん、その唄い方もいいと思うんだけど、そこまで媚びない唄い方ができませんか?」って言われたんです。それを言われてハッと気づいたんだけど、私はそれまで媚びた唄い方がいいと自分の中で勝手に決めちゃっていたんですね。今までそういう唄い方をしてこなかったので、ここは思いっきり媚びて唄ってみようと思ったんですよ。でも、阿木さんから注文を受けて、なるほど…と思ってね。これは後から聞いたんだけど、阿木さんはまず宇崎さんにそんなことを言ったそうなのね。そしたら「君が直接梶さんに言いなさい」って言われたんですって(笑)。
──やはり直接は言いづらかったんですね(笑)。
梶:『あゝブルース』を録る前、宇崎さんと阿木さんがスタジオに遅れて来ると聞いて、ギターの名手である横田(明紀男)さんに「ちょっと合わせて頂けます?」って自主練習をしたんですよ。そこで唄っていたら、横田さんが「いいんじゃないですか!」って太鼓判を押してくれたので、自信を持って媚びた感じで唄っちゃったわけ(笑)。
──歌詞の世界観を汲み取って、媚びた感じで唄ったほうがいいと判断したんですか。
梶:と言うかね、できもしないのに女っぽい色気を出そうとしたんですよ(笑)。それを実に見事に阿木さんが見抜いて、グサッと来たんです。だから私は阿木さんにもの凄く感謝しています。阿木さんが仰らなければ、宇崎さんは何も言わなかったと思うから。「君が言いなさい」の人ですからね(笑)。阿木さんもレコーディングに全部付き合って下さったので、他の歌に関しても細かく指導して頂いたんですよ。『あゝブルース』の良さがちゃんと出ているのだとしたら、それは全部阿木さんのお力ですね。最初は何を言われているのか判らなかったんだけど、宇崎さんが一言、「エッチな部分だよ」って言ったんですよ。それで一発で意味が判ったわけ。要するに媚びるなってことだと。だから私、すぐに頭を切り換えて唄うことができたんですよ。練習もしないで。
──今回、歌入れにはどれくらい時間を掛けたんですか。
梶:どの曲も1、2回で終わり。だって、2日で全7曲を唄い終えましたから。1日目に3曲終わって、2日目に残り全部。それまでのデモの確認や楽器の音合わせ、伴奏の録り、ミックス、写真関係のチョイスに至るまで全部に立ち会ったんですよ。宇崎さんによると、伴奏は私がいることでノリが変わってくるからと言われて全曲立ち会わせて頂いたんです。もちろん宇崎さんもプロデューサーだから全部の行程に付き合って下さいましたよ。最後の最後まで責任を持って、誠実に。感動しましたね、私は。あの誠実さに応えるにはありったけの誠実さで返さなきゃいけないし、私なんて返せるものが何ひとつないからやれることを精一杯やるだけでした。今回、ご夫婦で未だに第一線で活躍なさっている理由がよく判りましたね。プロですよ、あのご夫婦は。本物ですよね。宇崎さんは60歳を超えてからヴォイス・トレーニングをしているそうで、そういう日々の鍛錬を欠かさないのもプロですよ。
──タイトル・トラックの『あいつの好きそなブルース』は恋に破れた女のやりきれない想いを唄ったジャジーなナンバーで、梶さんの唄い手としての魅力が凝縮した1曲ですね。
梶:『あいつの好きそなブルース』はテイチクのディレクターさんが持ってきてくれた曲で、宇崎さんの歌の中で初めて聴いたんですよ。で、「宇崎さん、私はこの『あいつの好きそなブルース』を絶対に唄いたい!」って言ったんです。だからほとんどが私の唄いたかった歌なんですね。でも新曲もやっぱり必要だったので、『あやまち』、『朝顔・夕顔』、『しなやかにしたたかに』を入れて頂いたんです。
──『朝顔・夕顔』のしっとりと聴かせるボサノヴァ・テイストも滋味に富んでいますね。愛を乞う女が自らを花に喩えて唄うメランコリックなムードもあって。
梶:そうですね。可愛らしく、したたかにという女らしい部分がよく出た曲で、阿木さんの詞は流石ですね。それと『あやまち』は、最初に聴いた時に「こんなタイプの曲を64歳にもなって唄うんだ?」って思いました(笑)。でも、これは「言った以上はやれよな」ってことだなと思ったの。今までにないロック調のアレンジですからね。
──さっき梶さんが仰ったように、CDショップの店内で流れても違和感がない曲ですよね。
梶:そうなんですよ。唄うことの難しさは全然なかったですけどね。『あやまち』は宇崎さんが1回メロディを送ってきて、1回で覚えました。『朝顔・夕顔』や『あゝブルース』みたいに何度も聴かなきゃ覚えられないっていう曲じゃないんです