バッハよりもショパンが好きな理由
──インパクトの強いコマーシャル・ソングが昨今少なくなっているのは、先生が仰るように作家の分業制が進んでいることも一因なんでしょうか。
キダ:私は日本のコマーシャル・ソングの源流を作った三木鶏郎さんを尊敬しているんですが、あの方も作詞、作曲、編曲を全部やっていたんですよ。我々は鶏郎さんのやり方を踏襲してるだけで、小林亜星さんもその流れなんです。鶏郎さんの作品は今聴いても音が素晴らしいし、バンドのグレードが高いんですよ。昔のバンドはごっつレベルが低かったんですけど、鶏郎さんはもの凄い優秀なオーケストラを使ってたんです。あの方は天才ですね。その道のトップの方に作曲を学び、ヴァイオリンとピアノを学び、東大の法学部法律学科卒業ですから、エリート中のエリートですわ。
──そんなずば抜けたエリートが冗談音楽をやるのだから面白いですよね。
キダ:頭が良かったんですよ。戦後の商業音楽の流れにいち早く乗りはったんでしょうね。
──先生が初めて手に触れた楽器はおもちゃのアコーディオンだったそうですね。
キダ:その前に、小学生の時にハーモニカを吹いてました。おもちゃのアコーディオンはその後の中学3年生の時です。本物のアコーディオンは当時めちゃめちゃ高くて買われへんから、ピアノに転向したんですよ。ピアノならダンスホールやキャバレーに置いてあるし、お金が掛かりませんからね。それ以降、朝から晩までキャバレーでピアノの猛特訓ですわ。
──そこでピアノではなく弦楽器に触れていたら、また違った人生になっていたのでは?
キダ:ピアノをやっとったお陰で編曲ができるようになったんです。編曲ができれば作曲はネコでもできますから。それで現在の私がいるわけで、ピアノをやっといて良かったと思いますね。ピアノの楽譜というのは、オーケストラの動きを俯瞰できるものなんです。サキソフォンがこう動いたらトランペットが合いの手を入れる、コードの進行はこうで…というふうに。それを学べば、イヤでも編曲ができるようになるんですよ。ピアノをやってる方なら、大抵は編曲ができるはずですね。トランペッターで編曲が優秀な方もいらっしゃいますけど、かなり苦労されたと思います。それだけ頭がいいんですよ。私は頭が良くなかったけど、ピアノのお陰で編曲を学習できましたから。…これ、謙遜を含めて言うてますけどね(笑)。
──幼少時から楽器に触れる機会があったということは、木田家は音楽に理解のある家庭だったんでしょうか。
キダ:ウチの親父は刑事だったんです。松田優作似のね(笑)。学生の身分で喫茶店に行ったり、買い食いをしたり、社会人としてやったらあかんことには厳格でしたけど、音楽は刑事の仕事とよく似たもんやと思うんですよ。作曲も刑事も闇雲に集中すればええってもんでもないし、いろんな選択肢を挙げては消してコツコツ積み上げていく発想がよう似とるんです。あと、お袋はラジオから流れてくる歌謡曲に「この人はヘタや」とか「デビューした頃は良かったけど、だんだんお金儲けに走ってすかして唄うようになった」とか批判ぶって言うとったのを私も子供心に“ほんまやなぁ”と思いながら聞いとったんです。それもちょっと影響があるのかも判りませんね。
──先生が影響を受けた音楽家というのは?
キダ:好きなのはショパンです。あの方の作る曲は、どの場所を取っても美しい。ピアノの詩人と呼ばれるだけあって、とてもロマンティックなんです。どの場所を取っても美しい作曲家って、そういないんですよ。大概の作曲家はちょっと退屈な部分があってから主題に持っていくんですけど、ショパンは全部が素晴らしい。ああいう曲を作るのが憧れなんです。鶏郎さんの曲もそうですもんね。どこを取っても綺麗なメロディを作りはってるでしょ。
──“浪花のモーツァルト”よりも“浪花のショパン”と呼ばれたほうが本望ということですね(笑)。
キダ:でも、“浪花のショパン”だと語呂が悪いでしょう? “浪花のモーツァルト”いうのは、『探偵!ナイトスクープ』を企画した松本修というプロデューサーが名付けてくれたんですよ。彼はめちゃくちゃモーツァルトが好きで、何遍もテーマ・ソングなんかの仕事を一緒にしていくうちに「キダ・タローにはモーツァルトのセンスがある」と彼が勝手に言いはったんです。それをお断りをするわけにもいかず、今日に至るわけです。
──先生の風貌は、モーツァルトというよりもバッハに近いですけど(笑)。
キダ:バッハはキライなんですよ。音楽が退屈ですから。
──退屈にしないことが先生の曲作りにおけるモットーと言えそうですね。
キダ:退屈なのはキライですねぇ。バッハにも死ぬほど綺麗なメロディはあるし、それは確かに素晴らしいんですけど、退屈な部分が多いんですよ。やっぱり私はショパンが好きですね。
退屈なメロディを書いたらあかん
──3枚組の最後を飾る『キダ・タロー シンフォニー』を聴いて、個人的にちょっとバート・バカラックっぽい部分もあるなと感じたんですよ。先生と同世代のアメリカの音楽家なんですけど。
キダ:私はフル・バンド出身ですから、どうしてもその辺りが好きなんですね。『キダ・タロー シンフォニー』は、総勢114人のアマチュアが演奏してるんです。とある生番組で演奏して下さる一般の方を募集したんですが、1日目に集まったのがたったの3人だったんですよ。何でも出たがるヴァイオリンのおっさん、フルートの女性、太鼓の子供という異様な取り合わせで、ろくに練習もでけへんわけです。そやから楽譜を持って帰って練習してもらってね。その模様を10日間にわたって生放送したんですよ。100人近く集まって練習するようになったんは最後の4、5日くらいだったんですけど、凄いなと思いましたよ。日本の吹奏楽の底辺はもの凄く広がっていて、優秀な人がいっぱいおるんです。ホルンでもファゴットでもオーボエでも、“へぇ、こんな達者な人がおんのや!?”とびっくりしましたからね。寄せ集めですから音の響きはあまり良くなかったですけど、アマチュアとしては上等やと思います。
──先生の代表曲を巧みに繋げたメドレーですから全部がいいところ取りで、先生の言葉を借りればまるで退屈しませんよね。
キダ:伏線は一切なしですからね。私は退屈なメロディを書いたらあかんと常日頃思うてるし、退屈なメロディは書いとっても退屈やと思うんですよ。退屈なんは、ちょっと理知的な作曲家が書きはんのかな? 退屈な伏線があれば、その次に来る綺麗なメロディが映えますやん。それを狙ってはるにしても、私はあまり好きやないです。
──先生の作曲法は、天から降りてくるメロディを譜面に書き起こすようなやり方なんでしょうか。
キダ:降りまっかいな(笑)。向こうから勝手に降りてくるなんて最高ですやん。何にも降りてこないし、いつももがいてますよ。せやから、誰からの注文も受けずに自主的に自分の曲を作るなんてことは一切ないし、受けた注文を苦しんで作ってます。締切の間際までほっといて、間際に作って、“これ以上自分にはどうしょうもない、まぁええか”ってところで提出するわけです。その繰り返しですね。
──ご自身が能動的に書いた曲はこれまでひとつもないんですか。
キダ:そんなことをする暇があったら、ケータイのゲームしてます(笑)。私、ケータイのRPGを毎日やってるんですよ。今はドラクエにハマってるんです。
──ドラクエですか!?(笑)
キダ:はい。嫁はんから「3日に1回くらいはピアノの練習でもしたら?」と言われるんですよ。と言うのはね、私は十数年フル・バンドのピアニストをやっていて、当時はめちゃめちゃ練習したんです。それがいつしか練習をしなくなったんですが、テクニックを維持するには毎日最低50分はハノン(指の基本練習用の楽譜)をやらなあかんのですよ。それを怠るとテクニックは落ちる一方なんです。落ちるのを実感するのは他ならぬ自分自身で、“あれ、今ちょっと指が間違えたんちゃうか?”と自分で判るわけです。もう1年したら、今度はお客さんが判るんですよ。今の私はそういう状態なんです。
──それで、ハノンの代わりにドラクエで指を慣らしていると(笑)。
キダ:ピアノは全く関係ないですね(笑)。練習なんて、退屈ですやん。ピアノの椅子に座るまで労力が要りますからね。ケータイのゲームやったらいつでもどこでもやれますやんか。朝の10時から夜の10時まで、1日12時間の戦闘ゆうのがあるんですよ。それをずっとやってたんですけど、さすがにあかん思うてやめましたわ(笑)。
──ケータイ・ゲームがご趣味というのも意外ですけど、先生があがいてもがいて作曲をされているのはそれ以上に意外でした。どの曲もサラッと書き上げているとばかり思っていたので。
キダ:それやったら労力は要らんし、儲け放題ですよ。作家の方は皆そうやと思うんですけど、注文が来てすぐ作ってもあまりいいものはできないですよ。締切まで置いとく期間っていうのは、絶えず気になってるわけですやん。イヤでも目に入るように、歌詞の書かれた紙を棚なんかに飾っておくんです。玄関やトイレに行くたびにその紙が必ず目に入って、“これ、作らなあかんな”と絶えず思うんですよ。そうやって頭の片隅に置いといて、ええ格好言えばそこで熟成されるわけです。それで締切直前にひねり出すと。その熟成期間がない場合もあって、すぐ作らなあかん時があるんですけど、なかなかいいのはできませんよ。できません言うても、やらなしゃあないですけど。