ファズやオルガンを入れればキノコらしくなる
──選曲の基準はどんなところだったんですか。
東雲:特に深くは考えず、上手くやれそうな曲を選んだつもり。『サロン・ド・キノコ』と被っている曲はありましたっけ?
──『恋はふりむかない』だけですね。
東雲:あら、そう? 何故『恋はふりむかない』だけ両方に入っているのか、自分でもよく判らないわ(笑)。
鴨川:まぁ、『サロン・ド・キノコ』は実況録音盤でしたからね。
──支配人が原曲をお気に入りだから今回も選ばれたのかな? と思ったんですが。
東雲:いえ、違います。原曲は凄くダサイし。きっとアレね、アッパーな感じの曲が多かったから、ちょっと落ち着いたミドル系の曲が欲しかったのね。
──他の従業員の皆さんは、選曲にはノー・タッチなんですよね?
鴨川:言うまでもないことです。
小湊:原曲を知ってる曲もあれば、知らない曲もありますね。
──支配人に原曲を聴かされて、「何じゃこりゃ!?」と度肝を抜かれたり?
猪苗代:『山猫の唄』はそういう感じでしたね。
鴨川:私は『謎の女B』だったなぁ。「何なの、これ!?」って思った。
──支配人はああいう昭和のカルトな歌謡曲やGSが思春期の頃から大好物だったんですか。
東雲:そうね。うら若き女学生の頃から好きだったわ。カルトの基準が何なのかはよく判らないけれど。
──『真夜中のエンジェル・ベイビー』を取り上げたのは、支配人がお好きな近田春夫&ハルヲフォンが『電撃的東京』でカヴァーしていたことも大きいですか。
東雲:幼い頃にハルヲフォンのヴァージョンを先に聴いて、そこから原曲が平山みきさんであることを知ったの。自分で言うのもナンだけど、ハルヲフォンよりもいい出来になったと思うわよ。
──全くの同感です。アレンジはどう固めていったんですか?
東雲:曲によって全然違うわね。『〜エンジェル・ベイビー』に関して言えば、ワタクシがキノコホテルを開業する前からあの曲をサーフ・インスト調にアレンジするという構想はあったの。実際、キノコホテルの初代メンバーでやったこともあるんだど、あまり上手く行かなかったわけ。そこへテケテケ・ギターが得意なケメが加入したから、これは丁度いいなと思って。
鴨川:テケテケしかできないものですから。
東雲:ケメのギターがハマって、思い描いていた通りになったわね。それで実演会でもやるようになったの。ケメが奏でる、あのピチャピチャ感が絶妙。
鴨川:自分の中ではアストロノウツを凄い意識したんですよ。リズム・ギターは絶対にアストロノウツのピチャピチャ感を出さなきゃと思って。結構難しいんですよ、アンプも昔のじゃないし。
──テケテケ・サウンドは今の季節にうってつけでもありますね。
東雲:そうね。最初は『〜エンジェル・ベイビー』と『ピーコック・ベイビー』のどっちを押しにするか迷ったんだけど、『ピーコック・ベイビー』はどれだけアレンジを施しても歌謡曲っぽいテイストが色濃く残ったし、『〜エンジェル・ベイビー』のほうが普遍的で間口の広さがあるんじゃないかと思ったのよ。
──原曲にはない、キノコホテル独自の色を出すポイントはどんなところだったんですか。
東雲:原曲はギターがクリーンだったり、オルガンが入っていなかったり、ラッパが入っていたりして、編成自体違うことが多いのよ。だから、どの曲もファズ・ギターやオルガンを入れただけで自然とキノコホテルの音になるという確信が何となくあるわけです。そういう確信の持てる曲を初めから選んだのだと思うわ。
──ケメさんが加入してもう1年半が経つし、アンサンブルも阿吽の呼吸なんでしょうね。
東雲:どうなのかしら。ワタクシはギターが全然弾けないので、ギターに関しては特に何も言わないの。ケメには「好きなように弾きなさい」と指示しておいて、最後に歌が乗った時に「この部分は要らないわ」と省いてもらったりするの。
──最後の最後にお気に入りのフレーズが省かれたり?
鴨川:そういうのはあんまない。不思議なところが使われたりするけど。
コーラスはすべてマリアンヌによる多重録音
──エマさんとファビエンヌさんは今回のレコーディングで自分なりの課題みたいなものがありましたか。
小湊:原曲をあまり聴かないようにして、支配人のやりたいアレンジを何となく聞いてイメージを膨らませるようにしました。
猪苗代:私はまず音を出してみて、「こうすれば格好良くなるんじゃないか?」っていう着想を得て一歩ずつ進んでいった感じですね。かなり行き当たりばったりですけど(笑)。
──支配人はエマさんとファビエンヌさんに対しては注文が多そうですね。
東雲:ええ、相当うるさいわよ。まず最初にリズムから作っていくので。
小湊:フレーズの指定は多いですね。それを元に自分なりに広げていきます。
東雲:ベース・ラインから浮かんでくる曲が多いのよ。
小湊:『ピーコック・ベイビー』もそうでしたよね。
東雲:そうね。ベース・ラインありきのアレンジは今回も多かったし、エマに「こういうフレーズを弾いて」と指示して発展していくケースがほとんどです。ベース・ラインが決まると、ドラムの方向性も自ずと決まるわけ。昔はワタクシがリズムを打ち込んできたものを聴かせていたんだけど、最近は機械に触るのが面倒くさくなっちゃって、全部口伝えでやっているの。そしたら余計手間が掛かっちゃって、どういうやり方が効率的なのか模索している状態かも。
──話を伺っていると、支配人は全然休日を取っている場合じゃないですね(笑)。
東雲:そうなの。時間の使い方がとにかく下手なのが玉に瑕だわ。
──支配人の電気オルガンも過不足なく配されていますが、これも緻密な計算の上に盛り込まれているんですよね?
東雲:計算に見せかけて、実際は単なる思いつきが多いんだけど。「ここはちょっと寂しいわね」と感じたところに音を入れてみたりとか。
──今回のアルバムは支配人の歌が妙味に富んでいて凄くいいんですよね。ミディアム・テンポのグルーヴィーな『ピーコック・ベイビー』の艶やかな歌声は特にグッと来ました。
東雲:『ピーコック・ベイビー』は自分でも気持ち良く唄えたと思うわ。石崎(信朗)さんという歌録りの上手いエンジニアのお陰もあるわね。あと、錚々たる顔触れが作詞・作曲に携わっているだけあって、どの曲も唄いやすかったし。
──『ピーコック・ベイビー』は作曲が小林亜星さんだったり、『〜エンジェル・ベイビー』は橋本淳さん&筒美京平さんというゴールデン・コンビが手掛けていたり。
東雲:小林亜星さんにはキノコホテルのCMソングを作ってもらいたいわね。
──朱里エイコさんの『イエ・イエ』とか日立グループの『日立の樹』(この木なんの木)とか、名作が多いですからね。軽快ながらメロディアスな『恋は気分』は支配人のコーラス多重録音が堪能できる逸品ですけれども。
東雲:『恋は気分』に限らず、コーラスはすべてワタクシがやっているのよ。コーラスはワタクシにとってレコーディングにおける個人的な楽しみのひとつなの。
──そこは他の従業員に任せられないと?
東雲:自分が好きでやっているだけよ。ステージではさすがに自分じゃできないから彼女たちにやってもらっているけれど、コーラスをやりたいがためにレコーディングをやっていると言っても過言じゃないわね。コーラスを録っている時が一番楽しいわ。自分の声ってつくづく変だと思うんだけど、声を重ねていくと気持ち良くなるの。まぁ、ワタクシ一人だけが勝手に喜んでいるだけです。
猪苗代:確かに、『恋は気分』は支配人のコーラスが聴き所ですね。妙に健康的で、歌のお姉さんみたいな感じがしますから(笑)。
東雲:その健康さが逆に気持ち悪い。そこをポイントとして聴いてもらえると嬉しいわ。
──勢い任せに暴走するライヴと、音を緻密に積み上げていくレコーディングは別物として考えているわけですね。
東雲:分けて考えています。潤沢な予算と時間があれば、もっと緻密なレコーディングをやりたいものだわ。