これを聴いてなにも感じない人は、ロックを聴くのをやめるべき
吉田明裕(土龍団)
キノコホテル、満を持してのスタジオ録音アルバム『マリアンヌの憂鬱』の登場である。自主制作シングル「真っ赤なゼリー」がインディーズとしては異例の大ヒット(某有名チェーン店のトップ)、初期メンバーによる演奏をおさめたDVD『キノコホテルの夜明け〜初期実演会』、そしてライヴ・アルバム『サロン・ド・キノコ〜実況録音盤』もそれぞれ好調の売れ行きで、さらには何度かTV出演もしており、その筋には既に国内外で周知されているガールズ・バンドといえよう。2009年11月に六本木SuperDeluxeで催された『サロン・ド・キノコ〜秋の収穫祭』は、あの広いハコが大入り満員で身動きがとれないほどであった。
マイナー・チェンジを繰り返した末の固定メンバーは、電気ベースのエマニュエル小湊、電気ギターのイザベル=ケメ鴨川、ドラムスのファビエンヌ猪苗代、そして歌と電子オルガンであり支配人であるマリアンヌ東雲。ライヴではエマニュエル=静、イザベル=動、ファビエンヌ=笑、マリアンヌ=色(エロ)というキャラで、前後左右の相対関係にあるように思った。さらに説明するとエマニュエルが左、イザベルが右、フェビエンヌが後、マリアンヌが前。これは絶妙の十字架なのである。この十字架を完成させるためにメンバー・チェンジを繰り返したとしか思えない。
閑話休題。内容に触れよう。
冒頭は1stシングルのB面だった「静かな森で」で始まる。環境がよくなったせいもあり、マリアンヌが思い描く本来のサウンドに限りなく近い"音"になっているはずで、これでは旧メンバーによる録音の立場がなくなるが、オリジナル・ヴァージョンの所有者は宝物がひとつ増えたと思えばいい。続いて「真っ赤なゼリー」が収録されているので、"私たちはあの時の私たちではないのよ。冒頭の2曲で気付いて"と告白されたような気分である。とにかくドラムが変わるだけで、ここまで雰囲気が変わるのか、という良い見本だ。
その現行メンバーの持ち味がそれぞれ発揮されていると思われるのがライヴではおなじみの「私のスナイパー」で、いまのメンバーなら可能だとマリアンヌが未発表ストックから引っ張り出してきた曲である。イザベルの殺人ギターとマリアンヌのチカーノ系オルガンの絡みを聴いてなにも感じない人は、ロックを聴くのをいますぐやめるべきだ。インスト版の「ネオンの泪」ではロックの重要なポイントのひとつである"狂騒"を見事に表現している。したり顔の音楽評論家が語る"大人のロック"なんぞはこの世に必要ない。ゴミの日に全部出してしまえ。ライヴでは毎回聴ける「キノコホテル唱歌」も本盤の演奏がベスト・トラックではないだろうか。全パートが一丸となり、ここが聴かせどころという勢いで聴き手の五臓六腑を刺激する。
また、「還らざる海」のようなマイナー調のビート・バラードをレパートリーにしているところも強みで、前述のSuperDeluxeではマリアンヌのヴァイオリンをフィーチャーした演奏であった。今後も様々な機会に様々な形態で披露される重要曲だろう。ちなみにビート・バラードとは故・黒沢進による造語である。
そう。キノコホテルは黒沢が存命なら絶賛したはずなのだ。そういうことで直弟子である小生が推薦文を書かせて頂くこととなった。当バンドは我が国の音楽シーンを牽引する力を充分持っており、海外公演をしても各国で好評を博すと保証する。おそらく師は最後にこう書くだろう。ライヴで演ってる「恋はふりむかない」や「ピーコック・ベイビー」のスタジオ版も聴きたいと。小生も同感である。
業界向けに超マニアックな余談だが、60年代にはピンキー・チックス、ザ・ハイビスカス、スター・サファイヤーズ、東京エンゼル・シスターズ、ザ・スパンキー、松田智加子とTokyo Pink Pearls、ザ・フォクシー・レディズなど、いくつかのプロの女性GS(事務所に所属)が存在し、そのうちレコードを出したのはピンキー・チックスのみである。