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INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】Sady & Mady(2009年5月号)- アコースティック・ギターとドラムが織り成す狂気を秘めた詩世界

アコースティック・ギターとドラムが織り成す狂気を秘めた詩世界

2009.04.01

Sady & Madyが体現するのは安易なカテゴライズを拒否する音楽だ。アコースティック・ギターとドラムという至ってシンプルな編成でありながらも、何ものにもとらわれない奔放な創造性と前衛性から生まれるその詩世界はまさにワン&オンリー。『N2FU』〈エヌ・ツー・エフ・ユー〉と題されたアルバムに収められた13曲の歌に通底しているのは、実直に生きる人間がまるで心地好く生きられない現代社会に対する深い諦念と強い憤りである。洗練された耳触りの良いサウンドに乗せて唄われる歌声は朴訥としていて、発せられるメッセージはまるで剥き出しの神経1本1本をサンドペーパーで擦り付けたかの如き痛みを覚えるものだ。それはまさに、形ばかりの豊かさやその場限りの楽しさばかりが盛り込まれた昨今の音楽に牙を剥かんばかりのレベル・ミュージックであり、脆く崩れやすい価値観に覆われた当世の空気とシンクロした"時代のサウンドトラック"とも言えよう。奇を衒うわけではなく既存のフォーマットを逸脱してしまう異形の才が描く音楽風景は、翠緑の樹海のように広く果てしない。(interview:椎名宗之)

社会を構成する人間に対する憤り

──どんな経緯を経てアコースティック・ギターとドラムという一風変わった編成に辿り着いたんですか。

植田隆広(vo, g):最初はトリオのロック・バンドをやってたんだけど、ギタリストが抜けてその音と世界観が作れなくなったんだよ。で、どうしようかなと思ってた時に哲也が「2人でやればいいじゃん」と。正直、俺は乗り気じゃなかったんだけど(笑)。

上田哲也(ds):そうだったんだ(笑)。

隆広:でも、すでに決まってるライヴがあったからやらないとしょうがない。当時の俺はベースを弾いてたんだけど、ベースとドラムじゃ今いちサマにならないからエレクトリック・ギターを弾くことにしたわけ。その時のライヴで哲也が既存の曲に全然違うリズムのアプローチをしてくれて、それに合わせて弾いたら“いいじゃん”と素直に思えた。ただ、これはエレキじゃなくてアコギのほうが合うなと思って、次にスタジオに入った時からはアコギとドラムという今のスタイルになったんだよね。その時の気分と、欲していたものがアコギの中にあったんじゃないかな。

──哲也さんには2人でもやっていける読みがあったんですか。

哲也:まぁ、単純な思いつきですけどね。

──トリオ時代からレベル・ミュージックという音楽性は不変ですよね。

隆広:その意味ではね。音は全然違うけど。

──トリオ時代には新宿ロフトで無料配布したデモ音源(『91°の坂道』)もありましたよね。

隆広:ロフトで初ライヴをやった時に配布したやつね。それも今とは全然違う音だけどね。

──やはり、今のスタイルのほうがしっくり来ますか。

隆広:まぁ、面白いから続けてるけど。可能性もまだあるし、表現しやすくもあるし。

──アコギの特性を端的に言うとどんなところでしょう。

隆広:やっぱり、リアルだよね。凄く素直。エレキでもガーン!と弾けば感情をダイレクトに表現できるけど、アコギのほうがより生々しい。優しく弾いた時の響き方が全然違うしね。

──繊細なアコギの音を引き立たせるために、ドラムを叩く加減に気を留めることもありますよね。

哲也:お互いが鳴ってる音に引っ張られてるところがあるので、そこはごく自然に繊細な音になりますけどね。

隆広:PAさんや場所によって違うよね。思いきり叩いたほうがいい時もあれば、柔らかく叩いたほうがいい時もあるし。

──今回発表される『N2FU』ですが、現代社会を鋭利に批評した歌と無条件に踊れる躍動感に満ちた歌の2つに大別できますよね。

隆広:どの曲も凄く感覚的なものだね。たとえば1曲目の『Nice 2 Fxxk U』も過激なことを言ってるけど、それを過剰に弾きながら糾弾するよりも優しく“Fxxk U”って囁いたほうがいいかなっていう。

──そのほうが凄味が増す効果はありますね。

隆広:でしょ? いつもギターは携えていて、ある晴れた日にポロロロン…と爪弾いてみたんだよ。ずっと繰り返し弾きながら、クセになる気持ち良さだなぁ…なんて思いながら。でも、そこで優しい言葉を乗せても面白くないなと思って、口についた言葉が“Fxxk U”だったわけ。

──穏やかに晴れ渡った日のほうが曲は生まれやすいものですか。

隆広:いや、そんなこともない。『Kill Me Softly』が出来たのは真夜中だったし。晴れた午前中にあんな狂気に満ちた歌を奏でてたらおかしいよね(笑)。

──『Captain Her Rock』と『One "S" Mile』は、サウンドにも歌詞にも激しい憤りが内包されていますね。

隆広:うん、憤ってるね。社会に対してだけじゃなく、身近な友達に対する憤りもある。でもやっぱり人間だよね。社会を構成してるのは人間だから。

──自由に生きることを脅かす存在に対する憤りが一番大きいですか。

隆広:もちろん自由になりたい気持ちはあるけど、完全に自由になりきるのもかなりしんどい気もする。適度な足枷があったほうが生きやすいと思ったりもするけど、やっぱりそれじゃダメだし、さらに自由を求めてみるわけだよ。そこで気づくのは、ホントに自由になりたければもっと強くならなきゃダメだってことなんだよね。

爆発するならちゃんと爆発しろよ

──『StadiuM』は、森林を切り崩して街を作ろうとする無闇な近代化に警鐘を鳴らす歌ですよね。

隆広:何でも行きすぎはマズイよね。キレイな建物は嫌いじゃないけど、環境を破壊した後のことまで考えてないんじゃないかと思う。高層ビルが乱立すると、朝日が1年中当たらない家もたくさん出てくるんだよ。日の当たらない場所でずっと生活してたら人間どうなる? そこまで考えて森林を切り崩してるとはとても思えないし、建物が過密していくと条件の良い住居を選択する余地もなくなる。これはマズイだろうと本気で思うんだよ。

──『Captain Her Rock』には“月曜の朝を守り続けてるアンタら Fake Far”という歌詞がありますけど、これはいわゆる9時5時で働くサラリーマンに対する揶揄ですか。

隆広:そうとも受け取れるけど、その歌詞の本意としては今のパンクに対して唄ってる。ライヴではたまにそう唄う時もあるんだけど。

──そうなんですか。隆広さんはASSFORTのメンバーと親交があったり、日本のパンク・シーンとは縁が深いと伺っていますが。

隆広:パンクは大好きだね。ただ、今のパンクはちょっと大人しすぎると思う。パンクは現状に限界を覚えて爆発してるはずなのに、今は凄く中途半端。爆発するならちゃんと爆発しろよと思うね。表向きは反抗してるのに、実は凄くお利口さんでしょ? 本気で怒ってる奴が少なくなってる気がするんだよ。まぁ、それは自分自身に対する憤りでもあるんだけどね。

──『One "S" Mile』は本作の中で最も憤りの沸点が高い曲だと思うんですけど、“バレエシューズを履いたまま/痛み堪え笑ってみる”という歌詞から察するに、バレエシューズという抑圧を甘んじて受けていることへの怒りがテーマなんでしょうか。

隆広:ホントはバレエシューズを脱ぎたいけど、結局は履かされている。いろんなルールがあるし、それはしょうがない。そのルールを破ってもいいけど、ここは履いたままで笑ってみるか? っていう感じだね。

──バレエシューズは社会的な抑圧の象徴ですか。

隆広:そうかもしれないね。

──自分のことは棚に上げて糾弾するのではなく、糾弾すべき対象の中にちゃんと自分自身を含めているのがSadyMadyの歌の大きな特徴のひとつですよね。

隆広:特に意識しなくてもそういう視点になるんだよ。自分のことを顧みずに言いっぱなしになると気持ちいいんだろうけど、余り強く言いすぎるのもどうかと思うんだよね。言いすぎちゃう時もあるんだけど、そこは凄く難しい。

──単にシュプレヒコールを上げるならそういう集会に行けばいいし(笑)、あくまで音楽という範疇なわけですからね。

隆広:音楽は自分が重きを置いて表現する手段のひとつなんだよ。絵を描いたり、詩を書いたり、いろんなことを表現する中のひとつなんだ。

──自分の資質を引き出すには音楽が一番性に合いますか。

隆広:音楽だけに特化してるわけじゃない。絵を描くのも詩を書くのも、あらゆることが同一線上に並んでる。こうやって話をするのも一緒だよ。

──どんな形態にせよ、内なる表現欲求を吐き出さずにはいられないという感じですか。

隆広:そういう時期もあったね。やむにやまれず吐き出すと言うか、自分がすぐにできる手段はそれしかなかった。

──今はもう少し自制心があると?

隆広:今はね。このアルバムが完成するまでは作品作りにひたすら没頭していたから、制御不能だったけど。でも春が来て暖かくなったし(笑)、ぼんやりと次のことを考えてるよ。自分が今までに作ってきたものを振り返る余裕も生まれたね。ちょっとは賢くなったとも思うし。

──今回のフル・アルバムで思いの丈をすべて吐き出せた感覚はありますか。

隆広:吐き出しちゃったね。最近になってやっと客観視できるようにもなった。レコーディングの最中は客観的になんか見られないからね。

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