先駆的なネットワーク上での音楽活動
平野:今回のDVDを見て僕が驚いたのは、バンドに毒があるんだよ。毒だらけ。その毒が強烈なんだよ。今モモヨが携わっている新しいバンドにそういう毒を持ち込める要素がある?
モモヨ:最近、リザードと並行して、鮎川(誠)君の娘さんがやっているバンドとか若い人達とも付き合いがあるんですけど、そういう若いバンド達に関しては単純に興味があるというか、自分が忘れていたものの萌芽がそこにあったりするのがまずひとつ。パフォーマンスはパフォーマンスでやりますよ。多分、ロック・ギターを弾かせれば自分が一番巧いと思っているから(笑)、それを若い人達に継いでもらおうかなという感じです。
平野:去年の10月20日に新宿ロフトに出演した時のライヴをビデオで改めて見返したんだけど、ギターはカッティングだけだったような気がするんだけど。
モモヨ:一瞬だけスタジオ・ワークみたいなことをやりましたよ。みんな打ち込みだと思っちゃうんですよ。ライヴで弾いているのに、打ち込みだの何だのと言われてしまう(苦笑)。私も後でビデオを見返しましたけど、指が早すぎて止まって見えるんですよ。
平野:そうですか、それは大変失礼致しました(笑)。
地引:あの時のライヴは、音楽的にも内容的にも、今聴いても凄く面白いんだなと僕は思ったよ。ただ、あの時のライヴも今のすべてを出しているわけじゃないからね。あの中でチラッとギターでサイケな感じをやっていたけど、そういうのをホントは今一番やりたいって話をしているよね。
モモヨ:やりたいじゃなくて、やっている。家で作っている音がああいう感じなんですよ。
平野:'80年代の半ば以降、パンクがハードコアに派生してどんどんジャンルがセグメント化していく過程の中で、モモヨは人の音楽を聴かなかったの? それとも飢えていたの?
モモヨ:飢えてはいない。ただ、インターネットには早くから繋がっていました。ネットワークで音楽をやり始めたのは'95年くらいですかね、バビロニック・ドットコムというサイトを始めて。
平野:ネットワークで音楽を始めるってどういうこと?
モモヨ:mp3.comっていうサイトがあって、当時はMP3ファイルをアップすることが違法だというデマゴーグが日本では流れていたんです。でも、自分の作品をアップするのは違法でも何でもない。それがどう使われようが自由じゃないですか。そんな自由なことも悪だと言われていた。キング・クリムゾンにいたエイドリアン・ブリューも自分で音楽ファイルをアップしていたんです。そういう場所があって、ミュージシャン同士が情報を共有しながら連絡を取り合って、作品を地球規模で作れたら面白いねという動きがあったわけです。
地引:ひとつの曲をネット上で作れたんだよね。
モモヨ:私もmp3.comに匿名で曲をアップしていたら、徐々にいい面子が何人か集まってきたんですよ。正体を明かせばそれがペル・ウブのリーダーだったり、ブライアン・イーノのスタッフだったりした。それで自分も正体を明かして、向こうとやり取りをしてサウンドトラックとか音の実験を10年くらいしていましたね。映画音楽も4、5曲作っていましたし。レコーディングの現場には関わっていなかったけど、今回のDVDでパフォーマンスしていたような表現を音だけで描こうという試みは一通りコンピューターを使ってやってみました。
平野:それでモモヨは何を得た?
モモヨ:一番嬉しかったのは、匿名で曲を出していて1位になったこと。日本人、ダメじゃん! って思った(笑)。
平野:にも関わらず、モモヨは「日本人のロックは日本語で唄え」って言っているでしょ。
モモヨ:それはそうですよ。それは現場においてね。自分の音楽に自信がなかったとしますよね。自分としては斬新な音楽を作っているつもりで、それを評価してくれる土壌が日本にはないってこと。言葉とはまた別で。好きな音楽に関して言えば、いくら国際水準になっても日本では認めてもらえないっていう世界がある。今でもそうですよね。若い人達にはリザードをやらなきゃダメなんです。そこが実はネックなんですけど。今はリザードの詞を唄うことを私も受け入れることになったけれど、今までは抵抗していたんですよ。ブランド主義というのはティーンネイジャーにもあるから、それに対して非常に抵抗していました。
平野:未だにリザードのサウンドにこだわっているわけではない?
モモヨ:サウンドではないですね。だってそれは限定性がありますから。リザードは4人でできる音っていうことを考えて作っていたサウンドだから、際限なくコンピューターの前で重ねられる現状とは違うわけじゃないですか。
平野:判った。ということは、去年の10月のロフトでのライヴはお客へのサービスだ。
モモヨ:半分はね。あともうひとつは、自分の曲の確認です。

DVDは特殊な状況を支えてくれた人達と自分の作品
平野:そんな一貫して表現者の姿勢を貫くモモヨが、今回こうしてDVDのプロモーションにまで協力を惜しまないと言い切っているのはどうして?
モモヨ:このDVDは特別なものがあるんですよ。さっき平野さんが言ったように毒があるっていうのはあるけれども、実際にはメジャーのレコード会社と契約してLPを2枚出したバンドの発売記念ツアーのライヴなんですよ。そういう今じゃ考えられないこと…当時としても考えられなかったことだったと思うけど、そういう状況を許してくれた当時の聴き手、リザード・アーミーと呼ばれていた子供達が私達の周りにいたわけですよ。そういう特殊な状況を支えてくれた人達と自分の作品みたいな気持ちが凄くあるんです。うまく説明できないけど、全体的にね。実際にはメジャーからポップなアルバムを出して、ファンもいて、ファンクラブもあって…そういうバンドのステージとしてこういうことがやれたという有様。当時は酷かったみたいなことがよく言われるけれど、逆に言えば当時はこれだけのことが許されていたっていうところがあるんです。
平野:そうだね、それは間違いない。あれ以降、閉塞状態に陥ったっていうのは僕も同感です。あの時代、間違いなく僕達はグレイトな時代にいたんだよ。東京ロッカーズが出てきた頃に僕達は現場にいることができたわけだからね。
地引:音楽雑誌っていうのは、CDとかDVDが出たりした時にそのバンドを取り上げて、CDを出さないとまるで活動をしていないかのような扱いをするじゃない? だけど、音楽を作る人って長い期間ライヴをやっていなくても、レコードを出していなくても、常に自分の生き方の中で何らかの表現をしていると思うんだよね。それは時々ライヴという形になって出たり、作品として世に出たりする。僕が『イーター』という雑誌をやっていた時も、そういう既存の音楽雑誌みたいにしたくなかった。みんな生きている中の一環として音楽をやっているわけだから、生きてる限りはその人の話を聞いてみたいっていうのが『イーター』の基本的なスタンスだったんだよ。
モモヨ:あと、最近よく「新曲をやらないのか?」って言われるんですけど、実際にはリザードは'87年くらいまでアルバムを出しているんです。その先のほうになると詞が錯綜して、西脇淳三郎とかの影響が色濃くなる。そこまでファンが理解できていないのに、新曲も何もないよっていう気持ちが実はあるんですよ。だから、今回出るDVDの頃…'80年くらいのところからもう一度始めようっていう気持ちがあります。だって、唄えば自ずと新曲になっちゃうんですよ。巧い唄い手じゃないし、そのまま繰り返すわけじゃないですからね。
地引:今の若い世代、このライヴが行なわれた頃に生まれた若い人達がDVDを見てどう思うのかは非常に興味深いね。
平野:うん、それは確かに興味深い。
モモヨ:若い人達が何を見るかは、勝手にしてもらったほうがいいかなと思いますね。ロックを好きな人達の中で、今でもいろんな才能のある人がいると思うんですよ。そういう人達が何を感じるかは、自己責任でその中からいろんなものを拾うわけじゃないですか。そうあるべきかな、と。そのためにはいっぱい売りたいですよ。いっぱい売った中で、1万枚売れれば500人くらいは何かを掴んでくれるでしょう。実際にリザードのファーストはのべ27万枚くらい売れているんですよ。その中でちゃんと掴んでくれている人は何万人もいないだろうと思う。何万人もの人がメッセージを掴んでいれば、もうちょっと住み良い世の中になっているはずなので。昔に比べて、今の若い人達のほうがとにかく活動しやすくなっていますからね。
平野:メーカーの顔色を窺うとか、そういうのがなくなってはきているよね。
モモヨ:そうなると、今度は何を唄うのかっていうのが問題になるでしょう。それに気づき始めたバンドが増えてきているんじゃないかと思いますね。そういうことに対してある種のきっかけも与えたい。
















