朗読詩人 成宮アイコの「されど、望もう」
せっかく届いたワクチンクーポン券の封筒が開けられない
だんだん、これまでの世界にもどる準備がはじまっています。
やっと慣れてきたコロナのある日常、いわゆるニューノーマルがまた変わってしまう。
わたしは、もとの日常にもどることがいつまにかとてもこわくなっていました。
駅前のお店が閉店していく様子を目の当たりにし、もう風景が変わらないでほしいと願ったのに。人と気軽にごはんに行けなくなり、ライブは無観客になり、混んでいる電車に乗るのをためらい、実家にも帰れなくなり、修学旅行や卒業式ができない様子に胸を痛め、観光地は閑散とし、あらゆる人が疲弊し病院がパンクしているニュースを見て、あれほどまでに早くもとにもどってほしいと願っていたのにもかかわらずです。(もっと言えば、変わってしまった世界を過ごすなかでわたし自身もしっかりコロナ鬱に苦しんだというのに。)
もちろん、わたしだって願っています。
状況が落ち着き、誰も不安のない世界にもどることを。
でも、それでも、せっかく届いたワクチンのクーポン券の封筒がなかなか開けられません。
みんな、これまでの生活に戻るためにがんばっています。
子どもたちが学校に行けるように、学校行事や授業がもとに戻るように。大人は大人でそれぞれの仕事がもとに戻り、お店は夜中まで開き、気軽にごはんにも旅行にも行けるように。医療従事者の方だって、駅前に止まっているバスの運転手さんだって、さっきすれちがった親子だって、毎日通り過ぎる居酒屋さんだって、本屋さんもカフェもカラオケも。どこだって誰だってがんばっています。
子どもたちが学校に行けるように、学校行事や授業がもとに戻るように。大人は大人でそれぞれの仕事がもとに戻り、お店は夜中まで開き、気軽にごはんにも旅行にも行けるように。医療従事者の方だって、駅前に止まっているバスの運転手さんだって、さっきすれちがった親子だって、毎日通り過ぎる居酒屋さんだって、本屋さんもカフェもカラオケも。どこだって誰だってがんばっています。
それなのにわたしはワクチンがひろまり、徐々に日常を取り戻すことがこわくなってしまった。
みんなががんばっているのに、もとに戻ることがこわいなんて、もういっそこのままがいいなんて。そんなことはとても言えないのです。
不可抗力の圏外にほんのちょっと安心する
マスクをはずして顔を出して歩くことも、人とすぐに会えるようになることも、楽しみにしていたイベントにまた行けるようになることさえも。それも全部こわいのです。世界がもどり、社会が動く。なにもかも、誰もが、なにもなかったかのように日常に移行し、また立派にがんばって生きていく。
忘れかけているもとの世界を想像します。
生き急いでいなければすぐに置いていかれるのだろう。それならば、もう、ずっとこうしていたい。それはiPhoneが圏外になっていまっているとことから、また快適な電波のところへ戻る気持ちにも似ています。不可抗力の圏外はわたしをほんのちょっと安心させる。
忘れかけているもとの世界を想像します。
生き急いでいなければすぐに置いていかれるのだろう。それならば、もう、ずっとこうしていたい。それはiPhoneが圏外になっていまっているとことから、また快適な電波のところへ戻る気持ちにも似ています。不可抗力の圏外はわたしをほんのちょっと安心させる。
不便で窮屈だったはずの日常に、わたしはいつのまにかてきとうな居場所を見つけ馴染んでしまっていました。強制的にときが止まったまま動きにくい世界は特別楽しくもなければうれしくもないし、決して幸せだとはいえません。しかし、幸せではないはずの日常がやっと終わることがこんどは大きな苦痛になっています。
早く安心して暮らせるようになってほしいけれど、変化をすることになかなか対応ができない。
きっと、戻ってしまえばまたそのうちに慣れていくのだ。だってわたしたちはそうやって生きてきたのだから。春のクラス替えも、進学や就職も、人の入れ替わりも場所が変わることもどれも全部苦手だけど、ちゃんと対応してきたのだから。
安心して暮らせるようになってほしいと願いながらも、いまの状況に安心をいだいてしまっている。それならば、いままでのわたしの安心とはいったいなんだったのか。世界の時間が止まることだったのか、人々がとどまっていることだったのか、できるだけ人に会わずに、できるだけ社会が止まり、できるだけみんながひとりぼっちでいることだったのか。
いいえ、それもきっと違うのです。
この文章はなにも完結しません。
そして、体のいい終わりには着地しません。
ただ、きっとこのどうしようもなさはわたしだけじゃないと思うのです。変化がこわいわたしたちはきっとあちらこちらにいる、わたしを含めあなたもまた同じ様に苦しみながら、もとの生活にちゃんとなじんでいけますように。
それにしても苦しくてこわいね。
わかる、わたしもだよ。
成宮アイコ Profile
朗読詩人。「生きづらさ」や「メンタルヘルス」をテーマに文章を書いている。朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ、新潟・東京・大阪を中心に全国で興行。書籍『あなたとわたしのドキュメンタリー』(書肆侃侃房)、詩集『伝説にならないで ─ハロー言葉、あなたがひとりで打ち込んだ文字はわたしたちの目に見えている』(皓星社)。EP『伝説にならないで』の新解釈版『裏 伝説にならないで』配信リリース、術ノ穴presents「HELLO!!! vol.12」に収録。