伝説、欲しいですか? こんにちは、朗読詩人の成宮アイコです。
高いところに登るたびに思い出す女の子がいます。
その子は、頭脳明晰、裕福な家で育ち、一部では美少女と言われたりもしていました。とにかく魅力的な女の子で、対話相手が求めていることを察する能力がとても高かったように思います。
思います、というのは画面越しにしか、しかも一方的にしか、その子のことを知らないからです。やりとりをしたこともなければ、こちらが認識していることすら知られていない。
わたしは、彼女が求めていた配信閲覧者数のうちのひとりでしかなかったからです。
先日、旅行で「崖観音」に立ち寄り、高い崖の上の寺院から海の見える町を見下ろした日のこと。
雲ひとつない晴天だったので、海が見えるように自撮りをするカップル、息を切らして階段を登ってくる子どもたち、ベンチで休憩をする夫婦、たくさんの人が観光に来ていました。赤い柵に頬杖をつきながら町を見下ろしていたら、無意識に、「ここはマンションだったら何階くらいだろう」と考えていたことに気がつきます。14階から足を踏み出す前に、ためらったあの女の子の声を考えると心臓がギュっとします。ここから片足を踏み出す気持ちを勇気と呼ぶのかはわかりませんが、どのくらいの気迫があれば、恐怖を上まわるのか。
「パパー! 下の神社にアイスクリーム売ってるよー!」「ママが待ってるから早くー!」 遠くで子どもたちの声がします。いつの間にか、手のひらにはびっしりと汗が出ていました。
自殺配信が珍しいものではなくなってしまった近年。またか、の声とともに住所が特定され、過去のツイートや写真が掘り起こされます。
しかし、人は忘れてしまうのです。出来事も風景も、時間が経てばすべて消えていきます。
きっと、聡明なあの子はそのことに気づいていただろうと思います。いくら伝説を願っても、伝説だって風化していずれは覚えている人もいなくなっていくということ。それでも、とあなたが願ったのならば、せめてわたしたちは覚えていられる限りは、あなたが望んだように記憶しつづけていようと思います。それが閲覧人数のうちのひとりだったわたしにできる、懺悔に似た感情の(むりやりの)納得方法でした。大丈夫、覚えている。
アイスクリームをねだっていた子どもたち、どうか伝説にならないでほしい。
そしてわたしも、死んで伝説にならなくてもいいから、次の休みにたい焼きやホットケーキを食べにいくような約束がしたいのです。ついうっかり忘れてしまってもいいような、できるだけ簡単な約束を。
【お知らせ】『EX大衆 web』さんで毎月1回、大好きなアイドルのことと、なかなか好きになれない自分と生活のことを書かせていただくことになりました。タイトルは『愛せない日常と夜中のイヤホンで流れるアイドル』です。眠れない手持ち無沙汰な夜、ベッドの中、スマホの画面で読んでもらえたらうれしいです。
Aico Narumiya
朗読詩人。朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ、新潟・東京・大阪を中心に全国で興行。2017年に書籍『あなたとわたしのドキュメンタリー』(書肆侃侃房)を刊行。「生きづらさ」や「メンタルヘルス」をテーマに文章を書いている。ニュースサイト『TABLO』、『EX大衆 web』でも連載中。