春鬱、やりすごせてますか? こんにちは、朗読詩人の成宮アイコです。春が来るたびに思い出す出来事を書きます。
「さいきん作業所に通いはじめたんです。これは初めて自分のお金で買いました」
さくらんぼのシールが貼られているルピシアの紅茶の缶を差し出しながら、嬉しそうに話す彼の様子に驚きました。わたしは、こうして文章を書いたりする他に、生きづらさと人間賛歌をテーマにした詩(のようなもの)の朗読ライブをしているのですが、彼はその会場にたびたび遊びに来てくれる人でした。年齢は少し下だったと思います。詳しくはわかりませんが、日によってメンタルの調子に波があり対人緊張があるようで、両親と一緒に来ている日もありました。
それまでは会場で会っても視線で会釈をし、会話をしても一言二言交わすくらいのやりとりしかしていませんでした。ライブの際に書いてくれたアンケートには、決まって「自分も頑張ります、また来ます」と書いてありました。服薬のせいか文字は震えています。わたしもそういう時期があったので、ひとごとと思えずやけに励まされました。なんだか、話はしないけれど似たものどうしの同級生のような気持ちでした。
紅茶の缶を差し出しながら、「似たような経験のある人を見ると自分もやっていこうと思うから、感謝しているんです」とたいそうなことを言うので、「いまだに鬱で寝込む日もあるし、見本になれるのか心配ですけど…」と答えると、「アイコさんは全然克服されていないから安心します」なんて言うので、それ褒めてるの? とふたりで笑いました。そして、「完全に完治が無理でも、大丈夫にはなるみたいですよね」と言ったら深くうなずいて、「次にお会いするときに、渡したいものがあるんです。楽しみにしていてください」と言い残して帰っていきました。背中を見送りながら、弟がいたらこんな気持ちかなと思いました。
この数日後、彼のSNS(当時はmixiでした)が更新されました。「今日はあるものを買いに下北沢に行ってきました」。当時、わたしの好きなバンドのメンバーが、下北沢限定で別名義のCDを発売したのですが、その頃わたしはまだ実家に住んでいたのでなかなか都内には来られず、CDは買えなそうだなぁとmixiに書いたところでした。この日記を見た瞬間、あっ! と思いました。
次のライブ会場に彼は現れませんでした。季節の変わり目だし、体調でも崩したかなと思っていました。しかし、日記も更新されません。ある日、mixiで彼の友人という人たちからメールが何通か届きました。「成宮さんのことは聞いていたので、突然ですがご連絡させていただきました」。わたしはその日、初めて彼の本名と友人がたくさんいたことを知りました。
毎年、あのさくらんぼの紅茶の缶を思い出します。「渡したいものがあるんです」。それが最後のやりとりになるとは思いませんでした。約束を残したままどうして。けれど、本人にかわからないこともあります、考え始めると責めてしまいそうになるので理由を考えるのはやめました。次にお会いするときって、何十年先になるのでしょう。そのときに「渡したいもの」を受け取る代わりに、わたしは何をあげようか考えています。
そんなわけで、わたしはいまだに敏感少年隊の『サウンドオブ下北沢』を持っていません。今となっては配信も通販もありますし、全国発売もされていますが買えずにいます。あの日、「自分のお金で買いました」と嬉しそうに笑った彼の自尊心は、とても美しかったです。
(…でもその後も見届けてもっとドヤ顔されたかったよ!)