朗読詩人成宮アイコのされど、望もう
まわりに頼ること、できますか?
こんにちは、朗読詩人の成宮アイコです。
なんだか今日は顔が違うな…と朝から思っていました。
トイレに入って手を洗いながら顔をあげても、やっぱりちょっと違うのです。光の加減かな、なんて思いながら1日を過ごし、おやつを食べながら炭酸水を飲んでいたら、ペットボトルから炭酸水がまぶたに跳ねました。指でそれをぬぐうと、まつげの柔らかさにハっと気がつきます。
「ああ、マスカラを塗り忘れてる!」
ある日は、電車の窓からいつも歩く風景を眺めて、「あー、電車の中から見るとこんな風景なんだな。あの店は午前中は開かないんだよね」と思ってから気づきました。
たしか、わたしは今出勤中のはず、あの道を歩いているはず。
そう、電車を降り忘れていることを忘れていました。
メモ帳はA4の裏紙を使います。
といっても、メモ帳サイズに切らずにA4をそのまま。紙いっぱいに黒い太マジックで「帰りに郵便局!」と書いて机の真ん中に置いていても、席を立った瞬間にそれがメモだということを忘れて、「なんで机にゴミ置いてるんだろ」とゴミ箱に捨ててしまったときは自分でびっくりしました。
アラームは消した瞬間に忘れ去るので気休めです。
それ以降、絶対に忘れられないことはA4に書いて腕にセロハンテープで貼り付けて、その不便な状況を耐えることで忘れないという手法を身につけました。腕にA4を貼り付けながら仕事をすることは超不便です。
人の話を一生懸命聞いていたはずが空気中のゴミに集中していたり、シャンプーを買いに薬局に行っても入り口に陳列していた納豆に目を奪われてなにも買わずに帰ってきたり、特に散らかってはいない部屋で目の前に下げていた洋服を見つけられず何日も探したり、最寄駅の出口の数字が何年住んでも覚えられなかったり、パッと見だと伝わりにくい地味な不便さが毎日に散りばめられています。
そのたびに息をとめて、自暴自棄になってしまいそうな気持ちを一旦押さえ込みます。
ついでに多動もあるので、仕事中まわりの人たちが座っているイスをわざわざよけてもらってまで席を立ち、急に思いついたお茶を入れて、自分の席に戻ってきても別のことを思いついて立ったままぼんやりしていることもあります。
その代わり別のなにかが優れているということもなく、わたしは“人よりもできないことが多い人”です。レーダーチャートのどこかがへこんでいるから、どこかが飛び抜けているなんてありません。現実はそうそう美談にはならないのです。
じゃあどうするか。
「14時の打ち合わせ、もしわたしが忘れて外に出ていきそうだったら教えてください!」
あまりに困り果てて自暴自棄になりそうになったので、とにかく他人の力を借りまくることにしました。
「忘れていそうだったら教えてほしい」とお願いすることを最初はすごくためらいました。そのくらい自分で覚えてろよ…と思うからです。ですが、その決死のお願いに、「いいよー」とこちらを特に見ることもせず、「今日は天気がいいね」くらいの軽さの返事がかえってきたので拍子抜けしました。「それくらい」なんて思っていたのは、他人ではなくてなによりもわたし自身だったのです。
改善策のひとつとして投薬もしていますが、目に見えて効果があったのはまわりの人に事前に言っておいて助けてもらうことでした。
もちろん、そんなことが許される場所が多くないということは自覚しています。これまでの職場や学生時代に身をもって体験しました。不利益になってしまうからオープンにはしにくい障害だということも。なまじ問題なく生活できるように見えるので、一生懸命に隠しては同じ失敗を毎回くりかえし、自分で自分の自尊心を削っていくことも。
そして、お互いがまわりに頼ることが難しい社会、それがいちばんの問題だということも。
Aico Narumiya Profile
朗読詩人。朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ、新潟・東京・大阪を中心に全国で興行。2017年に書籍『あなたとわたしのドキュメンタリー』刊行(書肆侃侃房)。「生きづらさ」や「メンタルヘルス」をテーマに文章を書いている。ニュースサイト『TABLO』『EX大衆web』でも連載中。2019年7月、詩集『伝説にならないで ─ハロー言葉、あなたがひとりで打ち込んだ文字はわたしたちの目に見えている』刊行(皓星社)。