個性、求められてますか? こんにちは、朗読詩人の成宮アイコです。
前回のコラムで「生きづらいからいっそギャルになろうと思った」という話を書きましたが、なろうとしたのはギャルだけではないのです…。
DV祖父&蒸発父のおかげで「家族」という「集団に属する体験」をしそびれたわたしは、とにかくどこかに属するチャンスを探し求めていました。○○系とカテゴライズされたい、大勢の中に入りたい…そうだ、黒ギャルになろう! 思い立ったが吉日です。こんな漫画を読んでいるから悪いんだ! と大切にしていた蛭子能収さんの漫画を売り、ギャル系雑誌を買い、テンション高めでクラブをはしご、初めましての代わりのプリクラ交換。日焼けサロンのスタンプカードが半分まで溜まったころ、全裸で青白い蛍光灯のようなものに全方向を囲まれたマシーンの中で気づきました。待合室から響く大きな笑い声。だめだ、心持ちが違いすぎる。
次に挑戦したのはバンギャでした。肌を白く戻し、髪は黒く染めて、180度の方向転換です。V系CDショップには難しい英語や漢字のバンドが並んでいました。全然読み方がわからず困ったので、とりあえず名前だけ知っていたマリスミゼルの初回限定盤を購入。しかし目的は、「バンギャになりたい=輪に入りたい」です。バンドの話ができさえすれば仲間に入れたかもしれないのに、せっかく買った初回限定盤は封を開けずに飾ったまま。いくらファッションを真似しようが肝である音楽の話ができません、盲点でした。だめだ、志がついていかない。
今度はモテ系雑誌『CanCam』に手を伸ばしました。黒くした髪の毛を再度茶色に。壁にはエビちゃんのカレンダー。くるくるに巻いた髪の毛でうまいこと女子会に参加。しかし、コイバナになった瞬間に悟りました、ここもだめだ…。家庭環境のこともあり、当時は「男性なんてみんないなくなればいい」と思っていたのです。
もう何を着て誰になればいいのかわかりません。自由はなんて難しいのだと思いました。いっそ、桃色の服の人は「サンリオが好きなグループ」だとか、黒いボタンをつけている人は「太宰治が好きなグループ」だとか、わたしのように特にこれというものがない人も白いブラウスを着ていたら、「特にこれというものがないグループ」だとか決めてくれ! そのくらい属することを求めていたのです。選択肢は求めていませんでした。人生が不安なとき、人間は大きな集団に属したいと思うのかもしれません。正解かどうかわからない判断を自分でくだすのは不安だからです。
今、わたしはあのときに売ってしまった蛭子さんの漫画を買い戻しています。絶版になったものもあるので、古本屋さんで少し高いお金を出すこともあります。なんだかなぁと思いますが、あのころの自分に買ってあげるような気持ちなのかもしれません。
2年前、蛭子さんのサイン会に行きました。自分の人生の清算をするような気持ちで大切に抱えていった本に、蛭子さんがなんども顔を見ながら描いてくれた似顔絵は、髪型すら違っていました。適当か! でもわたしはその似顔絵を見るたびに、ちょっとだけ生きやすくなるのです。
Aico Narumiya
赤い紙に書いた生きづらさと人間賛歌をテーマにした詩や短歌を読み捨てていく朗読詩人。こわれ者の祭典・カウンター達の朗読会メンバー。朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ、新潟・東京・大阪を中心に全国で興行。赤裸々な言動により、たびたびネット上のコンテンツを削除されるが絶対に黙らないでいようと心に決めている。「詩の朗読であなたを人生の当事者にしたい」