おくはらしおり(阿佐ヶ谷ロフトA)のホントシオリ
「来るわけないか」このひと言で、胸がぎゅっと締め付けられたなら、あなたとはきっと仲良くなれる。そんな気がする。
原作が大好きで何度も読み返しているんだけど、2008年に公開された映画もすごくステキで…胸がぎゅってなるんですよ。多分、わたしが一番大好きな映画でもある「百万円と苦虫女」をご紹介します。ひとりが好きなのに、独りになることが怖い人、すぐに愛想笑いをしちゃう人、これから大人(成人)になる人に読んでもらえたら、いいな。
“もしも、あの時…。”と一瞬思ったとしても
今、この瞬間を精一杯に、大切に、向き合いながら生きていきたい。
百万円と苦虫女 / タナダユキ
幻冬舎文庫 ¥648+tax
書店に平置きされた本作品を見つけたときに「“百万円”と“苦虫”女?」って頭の中に“?マーク”が浮かんだ。タイトルだけでは、全く物語の内容も展開も想像できなくて。それで手にした記憶がある。
主人公は、就職浪人中の21歳の女の子・鈴子。ひょんなことから前科持ちになってしまい、実家を離れ『百万円が貯まったら次の場所に引っ越す』というルールを決めて各地を転々としながらアルバイト生活を始める。いろんな人に出会い、出会いの数だけ別れを経験し、そんな生活を送る不器用な女の子のほろ苦くも優しい気持ちになれる物語。
―“いえ、むしろ探したくないんです。どうやったって、自分の行動で自分は生きていかなきゃいけないんですから。探さなくたって、嫌でもここに居ますから”―
「百万円と苦虫女」恋は鈍色 p.235
この言葉は主人公・鈴子が転々と生活をしていることについて「自分探しみたいなことですか?」と聞かれたときに伝えた言葉。“自分探し”と聞かれた鈴子が「自分を探したいなんて思ったことがあっただろうか」と思い抱きながら伝え、言った後にも鈴子の心境として
―そうだ。どんなに自分が嫌いでも、自分の発言も、行動も、全部自分自身のものなのだ。
そうだ、私は、自分を探したくなんかない。探すのではなくて、自分からも、他人からも…「逃げてるんです」―
「百万円と苦虫女」恋は鈍色 p.235
そうに伝える鈴子の言葉から、大人になることへの自覚と自立、覚悟を感じつつもそれに対する葛藤やちょっとの弱さも感じられて…丁度、鈴子と同い歳くらいの方にはちょっぴり痛くこの言葉に共感できるんじゃないかな?
学生の頃は“大人って自由でいいな”と漠然と思っていたんだけど、母がよく「大人にはなろうとしなくても勝手になるのよ。」と、よく言っていた。実際、本当にそう思えた。(笑)大人になりたくなくても大人になってしまうのよね。お仕事で責任を負ったり、自分自身が生きていく為にお金を稼いだり。ただ、周りの同級生や友達と比べると比較的に自分の好きなことだけをして、毎日を楽しみながら(よく言えば、幼いときのワクワクした気持ちを抱いたまま)わたしは大人になれたと思う。それが「逃げ」ではなく、前向きで突き進んでいく意味で、ね。
きっと、大人になるって今まで得てきたものや経験から、何が一番しっくりくるのかを自分の眼でしっかりと見極めて選び、それと同時に別の何かをちゃんと捨てる決断ができることが“大人”なのかもしれない。たくさんのものを自分で手にすることができて、たくさんの人と出会って。その中で、時には大切なものを捨てる、離れる、そういう覚悟だったり。自分で決断をしていく強さが大人になることなのかな、ってわたしは思う。
―「もしも」という仮説があるのならば、……。そして、お互いが振り返ったタイミングが一緒で、二人の視線がズレていなければ、再び会うことができたはずだ。だが、二人はお互いを見つけることができなかった。―
「百万円と苦虫女」苦虫を噛みながら p.287
“もしも、あの時”って、ちょっとだけ思っちゃうことない?とくに、好きな人、大切に想う人がいるときに。
わたしの思い出話になっちゃうんだけどね。当時、わたしが専門学校に通っている二年間で卒業するまでにどうしても会いたい人がいて。最寄り駅・高田馬場から本来は戸山口を出たらわたしの通う学校まですぐだったんだけど、“会いたい人に会えたら”という気持ちで二年間ずっと反対側に位置する早稲田口から通っていて。卒業を迎える日、「もう、完全に終わりにしよう」と思い、友人に電話をしてそのことを伝えたら、相手は相手でわたしに会いたいと思ってくれて同じことをしてた、と。友人はお互いの気持ちを知りながらも“ここまで思い合っていたら自然と出逢える”という運命に勝手に委ねていたらしく、あえて教えなかったんだって。
―人は簡単に間違い、簡単に雑踏の中の大切な相手を見失う。―
「百万円と苦虫女」苦虫を噛みながら p.287
当時は“もしも、普通にわたしが通っていたら会えたかもしれない”と思って、少し凹む時期もあったんだけど、よく言うじゃない?“女は上書き保存”みたいなこと。本当にそう。(笑)二年間ずっと想っていたはずなのに、“会うことができなかったってことはきっと合わなかったんだ!お互い思い過ぎると上手くいかないんだ!”って、結構すぐにそう思えて。全く引きずらずに…むしろ、「凹んでる時間がもったいない!」って。(笑)
どんなに思っていても、近くにいても言葉にしないと伝わらないことってたくさんある。
「あとで伝えたらいっか!」と思っていた言葉も忘れてしまったり、伝えられなくなってしまうことだってある。思っていることは、ちゃんと言葉にして伝えないと、ね。
そして、本作品の著者・タナダユキさん。小説を読んだ方には共感をしてもらえるかな?と思うんだけど…鈴子の不器用さや優しさがすごく伝わってきませんか?他の作品では感じられないほどの、言葉の裏にある想いや言葉に昇華できない思いとか。細かい気持ちが丁寧に綴られていて、読んでいると自然に自分自身が鈴子の気持ちになれるというか。
本作品の最後にある「解説」では、蒼井優さんがタナダユキさんに「なぜこういうラストにしたのですか?」と聞いたところ…
『若造がそんな簡単に幸せになってたまるか!』と。
面白い方だな、って。タナダユキさんの人間性もすごく感じられるし、このひと言でワクワクできちゃうよね。決して、意地悪での言葉ではなくてさ。いろんな経験をして欲しい気持ちや若者であればどんなことがこれから起こるんだろう、みたいなワクワクできちゃうひと言だな、って。
若造たちよ、自分の幸せを見極めながら、たくさんの人に出会い、時には苦い想いを抱き、ゆっくりゆっくり大人になっていってね。無理して大人になろうとしなくてもいいんだよ。
文章:おくはらしおり Twitter:@okuhara1990
サムネイル:makiko orihara Twitter:@mo_orih