391tone 391T1001(2LP)
価格:5,400円+税
2021年1月20日(水)発売
【収録曲】
A1. ファウスト(album version)
A2. ソレダケ
A3. うかつにも素直になれないさ
B1. 灰色の雲
B2. 未完成
B3. プールサイド
C1. 僕
D1.「△」サンカク(album version)
20世紀の終わりに「△」で在り続ける覚悟を決めたブッチャーズは“時代を超えた”〜bloodthirsty butchers『未完成』アナログ化によせて〜
『kocorono』という稀代の名作を1996年10月に発表して以降のbloodthirsty butchers(以下、ブッチャーズ)は、稀代の名作を生み落としたがゆえに生じた“フィードバック”を甘んじて受けながらそれと格闘する、けもの道を突き進むことをあえて選んだ。そう、「今出来る事は とにかく走る」(「ハシル」)と言わんばかりに。
裏ジャケットにスヌーピーの置物が写り込んでいたせいで『kocorono』が発売直後から自主回収の憂き目に遭ったことに始まり、キングレコード内に設立されたオルタナティブ・レーベルPaw!の担当ディレクターが他社へ移籍したことで同レーベルから2枚目の作品を出せなくなったり、それに伴い実質的にマネジメントを請け負っていたバルコニーとの関係も解消されるなど、『kocorono』への評価とブッチャーズの知名度がじわじわと高まる一方でバンドを取り巻く環境は袋小路に入っていく。『kocorono』を完成させてすぐに次のアルバムの制作に取りかかりたかったブッチャーズは出端をくじかれた格好だった。
吉村秀樹は創作活動に絶えずつきまとう“フィードバック”について、『kocorono』を激賞し、ブッチャーズのトリビュート・アルバムで「3月/march」をカバーしたGREAT3の片寄明人とルー・リードを例にとって話したことがあるという。『TRANSFORMER』や『BERLIN』といった欧米のロック史における金字塔的作品を完成させ、商業的にも批評的にも成功を収めた以上、「聴くに耐えない史上最低のアルバム」とまで酷評された『METAL MACHINE MUSIC』のように全編ノイズのみで構成されたアヴァンギャルドな作品を制作することも時には必要なのだ、と。つまり、創造的破壊である。引きずった“フィードバック”を断ち切るための破壊行為も創作活動においては重要なのだ。
吉村にもその覚悟はあった。「30歳くらいまでにロックの名盤を作りたかった」という積年の願いが成就されたからには必ずトラブルがついて回るだろうと考えていた。彼が「この程度の“フィードバック”で済んで良かった」と『未完成』発表時に語ったのは、『kocorono』から2年9カ月後という当初覚悟していたブランクよりも短い期間で新たなフルアルバムを発表できたからだ。
1997年のブッチャーズの目立った活動といえば、2月25日にfOULとの『limited split LP』[LessThanTV ch-22、翌年2月25日にボーナストラックを加えて『split CD』(MKCL-1001)としてCD化]を発表したこと、7月15日から20日にかけてアメリカのワシントン州オリンピアで開催されたフェスティバル『Yoyo A Go Go』に二度目の出演を果たしたこと、新宿ロフトにて自主企画『日本三景』を3カ月連続で行なったことくらいだ(10月10日の第1弾ゲストはSeagull Screaming Kiss Her kiss Her、11月11日の第2弾ゲストはeastern youth、12月11日の千秋楽ゲストはEL-MALOとGREAT3の片寄明人)。
また、吉村がブッチャーズと並行してギタリストとして参加していたCopass Grinderz(現・Co/SS/gZ)は、この年の名古屋でのライブを最後に吉村をバンドから送り出した(吉村は後年、「俺は途中でクビになった男だからなあ…」とCopass Grinderzについて言及している)。これはEL-MALOの所属事務所だったエレメンツに一緒に来ないかと吉村から誘われたCopass GrinderzのZEROが、次のステップへ行きたがっていた吉村の心中を察知して下した判断だった。かくして吉村はブッチャーズに専念することになる。
翌1998年は国内のイベントに数多く参加、NAHT、COWPERS、PEALOUT、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTなどと共演したものの、単独作品のリリースは一つもない。ただし水面下ではエレメンツに所属し、ユニバーサルビクターと契約できる状況が整いつつあり、新曲作りとレコーディングに明け暮れ、怒涛のリリース・ラッシュに向けて虎視眈々と爪を研ぐ日々を過ごしていた。
見落とされがちだが、実はこの1998年に『kocorono』から『未完成』への架け橋となる作品が発表されている。同年11月26日に発売された、手塚治虫生誕70周年記念トリビュート・アルバム『ATOM KIDS 〜TRIBUTE TO THE KING “O.T.”』(ワーナーミュージック・ジャパン WPC6-8522)がそれだ。ここでブッチャーズは浅野忠信とタッグを組み、「名も知らぬ星」を提供している。浅野とは、当時婚姻関係だったCHARAが1997年7月に発表した「タイムマシーン」を吉村とCopass Grinderzの名越由貴夫がCHARAと共作した縁で知り合ったと思しい。
この「名も知らぬ星」はもともと1978年1月に放送されたNHK連続ラジオ小説『火の鳥 鳳凰編』の挿入歌で、長坂秀佳によるオリジナルの歌詞をそのまま活かしつつ、浅野が新たに作ってきた曲をブッチャーズの面々がアレンジを固めていくという風変わりな成り立ちをした一曲だ。『ATOM KIDS』ではだいぶ中途半端なところでフェイドアウトしてしまうが、フルバージョンは『「△」SANKAKU+2』で聴くことができる。
数ある手塚作品の中から浅野がトリビュートとして選んだのが『火の鳥』なら、自分は何を選ぶかと吉村は考えた。そこで浮かんだのが『ファウスト』である。悪魔のメフィストフェレスと魂を売り渡す代わりに若さとエネルギーを取り戻す契約を結んだファウスト博士が、メフィストフェレスとともに天上と地上を縦横に駆け巡る冒険の旅に出る物語だ。吉村はその流れでゲーテの戯曲で知られる『ファウスト』を初めて読み、自分の頭の上で小さな悪魔と天使が戦っている、でも最後は自分の勘に頼るしかないというモチーフをもとに書き上げたのが『「△」SANKAKU』と『未完成』で中核を成す「ファウスト」なのだ。
余談だが、手塚治虫は生涯で三度『ファウスト』を漫画の題材に選んでいる。それが『ファウスト』(1950年)、『百物語』(1971年)、『ネオ・ファウスト』(1988年)の三作で、なかでも『ネオ・ファウスト』は1989年2月9日に手塚が死去したため“未完成”となっている。『未完成』における肝と言うべき「ファウスト」が、『ネオ・ファウスト』で絶筆となった手塚治虫からインスピレーションを与えられたことは単なる偶然と片づけて良いものか。
さらに言えば、ファウストというドイツ語(Faust)は“こぶし”や“げんこつ”を意味している。ブッチャーズの最初期のシンボルマークを握りこぶしにしたり、「こぶしだけはウソはつけぬ」という歌詞(「12月/december」)を書いていた吉村はそのことにどこまで気づいていただろうか。
閑話休題。「名も知らぬ星」のレコーディングが早く終わったため、浅野とブッチャーズは「ファウスト」を急遽レコーディングする。それは後にタワーレコードの限定シングルとして発売され、『「△」SANKAKU+2』にも収録された。また、吉村はこのレコーディングの合間にふらりと訪れたペットショップでヤマネと運命的に出会い、4、5年ほど相棒として生活をともにし、2001年8月22日に発表された『yamane』のタイトルの由来にもなっている。
こうした経緯を経て迎えた20世紀の終わりが近づく1999年、1990年代最後の年。エレメンツから独立した信頼の置けるスタッフが立ち上げたリバーランにブッチャーズは移籍、もともとブッチャーズのファンだったというユニバーサルビクターのA&Rによるバックアップで同社との契約を果たしてバンドの足並みは揃い、盤石な体制が出来上がった。
1999年のブッチャーズは、後にも先にも類を見ない尋常ならざるリリース攻勢に転ずる。だがそれは長らく新作を出せなかったことの鬱憤や反動ではなく、そうした次元はすでに超えていた。自分たちの思うように作品作りができる環境を享受し、もの作りができるならいくらでも没頭させてもらう、それに準じたまでだった。札幌から上京後の満足に創作活動と向き合えぬ環境、あるいはその後に自主レーベルの391toneを立ち上げて以降の表現と生活のバランスに悪戦苦闘する時期と比べ、このユニバーサルビクター在籍時はブッチャーズ史上稀に見るほど、ただひたすらクリエイティブに邁進できた幸福な時期だったと言えるのではないか。
ここであらためてブッチャーズが1999年に発表した作品群を列挙してみよう。
◉bloodthirsty butchers『「△」SANKAKU』(elements elbtb-001/1999年1月20日発売)
ディスクユニオン、タイムボム、タイガーホール限定発売のミニ・アルバム。1,000枚プレスのみで即日完売。「襟が揺れてる。」「ファウスト」「6月と列車」「ハシル」「bloodthirsty butchers」の5曲を収録。「『△』サンカク」は未収録。
◉bloodthirsty butchers with EL-MALO『DRIWING』(elements・HMV elbtb-002/1999年3月10日発売)
当時、同じ事務所所属だったEL-MALOとのHMV限定発売シングル(1曲のみ)。2014年11月14日に発売された『血に飢えたnon-album songs 〜Universal Recordings〜』に収録。
◉bloodthirsty butchers with tadanobu asano『ファウスト』(UNIVERSAL VICTOR・TOWER RECORDS NMCD-003/1999年4月5日発売)
浅野忠信とのコラボレーションを果たしたタワーレコード限定発売シングル(1曲のみ)。1999年11月17日に発売された『「△」SANKAKU+2』、2014年11月14日に発売された『血に飢えたnon-album songs 〜Universal Recordings〜』に収録。
◉bloodthirsty butchers『LUKEWARM WIND』(再発盤/TOY'S FACTORY TFCC-88138/1999年4月21日発売)
1994年11月2日に発表されたサード・アルバムをジャケットを変えて再発。その後も再々発され、ジャケットはオリジナルと合わせて3種類のバージョンが存在する。
◉V.A.『We Love butchers 〜ZK&LessThanTV version〜』(ZK RECORDS ZIKS-095/1999年6月18日発売)
ブッチャーズを愛してやまないインディーズ系アーティストによるトリビュート盤。Hi-STANDARD、NAHT、GOD'S GUTS、COWPERS、アメリカのRAILROAD JERKなど14組が参加。吉村と谷口健(fOUL)による「5月/may」も収録。
◉V.A.『We Love butchers 〜UNIVERSAL VICTOR version〜』(UNIVERSAL VICTOR MVCH-29032/1999年6月18日発売)
上記インディーズ盤と同時発売されたメジャー・アーティストによるトリビュート盤。浅野忠信(&CHARA)、曽我部恵一、山野直子(少年ナイフ)、ショコラなど8組が参加。
◉bloodthirsty butchers『「△」サンカク』(UNIVERSAL VICTOR MVCH-9020/1999年6月18日発売)
『未完成』の入口として軽く手に取れるものを出したいという吉村の意向で発売されたブッチャーズ初のマキシシングル。プロデュースは會田茂一。「『△』サンカク」は『未完成』と異なるバージョンで、「ピンチ」と「時は終わる」は『未完成』未収録。
◉bloodthirsty butchers『未完成』(UNIVERSAL VICTOR MVCH-29034/1999年7月16日発売)
通算5作目となるフルアルバム。アルバム・バージョンの「ファウスト」、「ソレダケ」、「うかつにも素直になれないさ」、「灰色の雲」、「未完成」、「プールサイド」、「僕」、アルバム・バージョンの「『△』サンカク」の8曲を収録。長らく廃盤だったが、2012年1月に大阪と東京で行なわれた『未完成』再現ライブ(HMV主催の『HMV GET BACK SESSION』)に合わせ、2011年末にHMVの一部店舗にて数量限定で再発された。
◉bloodthirsty butchers『I'm standing nowhere』(再発盤/ZK RECORDS ZIKS-094/1999年7月16日発売)
当時、すでに入手困難になっていたセカンド・アルバムを、R.B.F. INTERNATIONALに代わりZK RECORDSが6年ぶりに再発。
◉bloodthirsty butchers『「△」SANKAKU+2』(UNIVERSAL VICTOR MVCH-19005/1999年11月17日発売)
即時完売したミニ・アルバムに、浅野忠信との「名も知らぬ星」と「ファウスト」を追加収録した新装盤。ユニバーサルビクターによるメジャー流通。
10カ月の間にリリースされたアイテム、実に10作である。さらに『We Love butchers 〜ZK&LessThanTV version〜』はアナログ盤(ZIKS-095LP・クリアビニール2枚組仕様)も存在するため、それを加えれば11作だ。
こうしたリリース・ラッシュの合間には当然のようにレコード会社主導による多数のメディア露出に加え、数々のイベント出演やツアー開催も組み込まれていた。今もブッチャーズ屈指の名演と語り継がれている『RISING SUN ROCK FESTIVAL 1999 in EZO』(8月21日、北海道石狩湾新港樽川埠頭)、アルバムのレコ発ツアー『未完成でいいのだ!!』(8月25日〜9月10日、全国6カ所)、NUMBER GIRLとのスプリット・ツアー『HARAKIRI KOCORONO』(11月6日〜13日、東名阪3カ所)、FLAMING LIPSとの共演(12月10日、新宿リキッドルーム)など、ライブにおける圧倒的な存在感を以前に増してまざまざと見せつけるようになった。
では、著名音楽誌に“日本の宝”と言わしめ、日本のパンク/オルタナティブ・シーンにおいて揺るぎない地位を決定づけるに至った『未完成』とはどういった作品なのか。
前作『kocorono』と比べて顕著なのは、音像もリズムも言葉も強い確信に満ちていることだ。迷いがなく、吹っ切れている。細部まできめ細やかに作り込む丹念さよりも、鉈でバッサバサと容赦なく斬り込んでいく気っ風の良さが際立つ。ギターの重なりがシンプルになったことが物語るように、音数がだいぶ整理されて少なくなったにもかかわらず太く聴こえる。そうした作風の変化は、「右にも左にも転がれ、ポジティブもネガティブもない、そのまま全部をさらけ出すんだ」という思いで制作に打ち込んだという『未完成』発表時の吉村の発言と符合する。
思えば『kocorono』は吉村個人が抱える葛藤や苦悶をダイレクトに投影した私的な作品であり、当初、その方向性は自身でも説明がつかず、メンバーにも伝えきれなかった。だから「答えが出るか分からないけど、ちょっと一人でやらせてくれ」と提案し、外部から名越由貴夫を迎えて自分の頭の中にある音そのものを具象化することに心血を注いだ。
だがその後、吉村は実感したのだと思う。自分にはブッチャーズがある、射守矢雄と小松正宏という代替不可のメンバーがいる、今やリバーランやユニバーサルビクターのスタッフもいる、決して一人じゃないんだ、と。
自分たちはブッチャーズでいいんだ、当たり前のように前へ進んでいくんだというバンドの姿勢、精神的な部分が強固になったからこそ『未完成』は吹き抜けるからっ風のような作風になったのだろうし、そうした境地に達したことでメンバー3人の立ち位置を象徴するような「『△』サンカク」という曲が生まれ、自分たちが転がっていくためにずっと音楽をやり続けるんだ、時代を超えていくんだという強靭な意思をそこで提示しているように感じる。
『未完成』に収録こそされていないものの、「bloodthirsty butchers」という自身のバンド名をタイトルに冠した曲を発表したのは、自分たちがブッチャーズであることを迷いもなく肯定するに至ったからではないだろうか。
こうしたある種の開き直りにも似た吹っ切れ具合は、吉村が『kocorono』を完成させた後も引きずっていた、音楽とはかくあるべきという呪縛から解き放たれたことも大きいだろう。そのきっかけは、CHARAの「タイムマシーン」のアレンジを名越とともに手がけたホッピー神山から教えられた「ドもレもミもない、それがそのバンドの音だったら間違いでも何でもいい」という言葉に感銘を受けたことだった。
『未完成』という作品は、そういったメンバー以外の第三者による助言や存在が随所で大きく作用している。メンバーを始めとするさまざまな人たちのエネルギーが複雑に入り混じって充満したアルバムなのだ。
「ファウスト」の着想を得る入口へ導いたとも言える浅野忠信。「『△』サンカク」というキーワードを与えたペットのヤマネ(ヤマネの目が△の形をしていたこと、吉村が子どもの頃に聴いた「カリキュラマシーンのテーマ〜3はキライ!〜」を思い出したことが「『△』サンカク」の生まれるきっかけだったという)。マキシシングル『「△」サンカク』をプロデュースしたアイゴンこと會田茂一。「灰色の雲」でハーディ・ガーディを演奏し、スタジオの張り詰めた空気を緩和させたという佐藤研二(ex.マルコシアスバンプ)。メンバーも全幅の信頼を置いたエンジニア・チーム、毒組(南石聡己、日下貴世志、永治恵美)。ジャケットのイラストを描いたジミー大西。
とりわけアルバム全体を象徴するカオティックなイラストを描き上げたジミー大西の参加は当時も大きな話題となった。バンド側が直接依頼をして二つ返事でOKをもらい、タイトルが『未完成』であること以外に詳しいことは何一つ伝えず、マスタリング後にあの清濁を併せ呑んだような色彩豊かなイラストが仕上がったという。岡本太郎を彷彿とさせるジミー大西の素晴らしいイラストが最後に『未完成』のカラーを決定づけたと言っていいだろう。
このように打てば幾重にも響く百戦錬磨の才人たちがブッチャーズを陰日向なく支えた。決して一人じゃないのだ。ブッチャーズはただ一心不乱に曲作りとレコーディングに打ち込めば良かった。
アルバムの中身はどうだろう。吉村の怒気を孕んだ冒頭のノイジーなギターから一気に引き込まれる激情の「ファウスト」。射守矢の躍動感溢れるベースが曲全体を牽引する「ソレダケ」。小松のタイトかつラウドなドラムが硬質な印象を与える「うかつにも素直になれないさ」。さすらう雲の流れをハーディ・ガーディの音色で表したような「灰色の雲」。奥行きのある音像の中で舞う仏頂面の歌が静かな昂揚感を与える「未完成」。1994年にパスヘッド主宰のバクテリア・サワーからリリースされた編集盤(sour 7-D)に収録された「untitled」、『LUKEWARM WIND』収録のインストを経て歌が入り、抒情性の増した「プールサイド」。浮遊感のある歌が靄がかった音と溶け合う大作「僕」。シングル・バージョンにあった「ギザギザもそっけなく 尖りだせ『△』よ」以降のサビを大胆にバッサリと削ぎ落とした「『△』サンカク」。余韻の無音まで含めてきっかり60分、意識が外に向いたブッチャーズの乾いた質感の武骨さを堪能できる作品だ。
なお、吉村の死後、2014年1月から5月にかけて『Yes, We Love butchers』と題されたトリビュート・アルバムが4枚発売されたが、参加した全47組中、カバーされた曲が最も多かったのは『kocorono』の収録曲だった(全8曲)。それに次ぐのが『未完成』の7曲(SODA!、LOW IQ 01、ART-SCHOOL、少年ナイフの「ファウスト」、向井秀徳の「プールサイド」、bedの「ソレダケ」、あがた森魚の「僕」)で、同時期にリリースされたミニ・アルバム『「△」SANKAKU』が3曲(ACIDMAN、Climb The Mind、perfectlifeはいずれも「襟がゆれてる。」をカバー)、マキシシングル『「△」サンカク』が2曲(タルトタタンの「ピンチ」、envyの「時は終わる」)だったことを考えると、『「△」SANKAKU』から『未完成』にかけてのブッチャーズの楽曲がいかに人気かが窺える。
また、『狂い咲きサンダーロード』や『爆裂都市 BURST CITY』などで知られる石井岳龍監督がブッチャーズの音楽から着想を得て完成させた劇映画『ソレダケ / that's it』(2015年5月27日公開)は、言うまでもなく『未完成』収録の「ソレダケ」がタイトルの由来だ。ただし劇中の挿入歌として「ソレダケ」はあえて使わず、代わりに「ファウスト」のライブ音源が主人公の逃走シーンで象徴的に使われている。
今回の『未完成』アナログ化は、20年以上にわたりブッチャーズのマネジメントを務めてきた渡邊恭子が数年来温めてきたアイディアだ。自身が初めてブッチャーズの制作に携わった思い出深い作品ということもあるのだろうが、これもまたブッチャーズの灯を絶やしたくないという思いの表れなのだろう。
『未完成』発表当時、吉村と射守矢は32歳、小松は29歳。衝動に身を任せて闇雲に突っ走る季節が過ぎ、己の感情をある程度コントロールできる幾ばくかのゆとりを持ち始めた頃である。パンクロック特有のその場限りの刹那を至上とする人にとって『未完成』は退屈な作品に感じるのかもしれない。だがパンクロックをこよなく愛し、それを原点としながら自身の進化と深化に不器用にも折り合いをつけて自分たちにしかやれないことを徒手空拳で見つけ出そうとしていくこの時期のブッチャーズにぼくは強い共感を覚えるし、事実、この先のブッチャーズはパンクロックという安易なカテゴライズ自体を拒否するような、ブッチャーズはブッチャーズとしか言いようのない音楽を生み出そうとする未踏の荒野にあえて身を置くことになる。「時代を超えろ 「△」よススメ」という「『△』サンカク」の歌詞はその道中で自身に向けて発破をかけるものであり、満身創痍のステートメントなのだ。
つまり『未完成』とは、ブッチャーズの3人が音楽と心中する覚悟を決めた決意の証のようなアルバムなのである。だからこそ無垢で美しく、キラキラと輝いている。その輝きは発表から20年余りを経てもなお失われることがない。完成しない“何か”を七転八倒しながら愚直に追い求めた真摯な表現が“時代を超えた”のだ。このアルバムは未完成という斬新な姿を手中に収めるべく悪戦苦闘を続けたバンドによる混沌としながら透明感に溢れた音のモニュメントだ。(text:椎名宗之)
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