映画『憐れみの3章』
【監督】ヨルゴス・ランティモス(『哀れなるものたち』『女王陛下のお気に入り』『ロブスター』)
【脚本】ヨルゴス・ランティモス、エフティミス・フィリップ
【出演】エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、ウィレム・デフォー、マーガレット・クアリー、
ホン・チャウ、ジョー・アルウィン、ママドゥ・アティエ、ハンター・シェイファー
【配給】ウォルト・ディズニー・ジャパン
【北米公開】6月21日 【製作年】2024年 【原題】KINDS OF KINDNESS
【映倫】R15+
【上映時間】2時間44分
©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
<STORY>
自分の人生を取り戻そうと格闘する、選択肢を奪われた男、
海難事故で失踪した妻が、帰還後別人になっていた夫、
卓越した宗教指導者になるべく運命付けられた特別な人物を懸命に探す女……
という3つの奇想天外な物語。
昨年、アカデミー賞で作品賞など11部門にノミネートされ、エマ・ストーンが主演女優賞を獲得した『哀れなるものたち』の余韻も冷めやらぬ中、ヨルゴス・ランティモス監督がまたしてもとんでもない新作を完成させた。本作『憐れみの3章』は、前作『哀れなるものたち』、前々作『女王陛下のお気に入り』に続いてエマ・ストーンとタッグを組んだ現代劇である。現代劇だからこそ身近でリアリティが感じられるだろう。うん? 確かに身近だしリアルだ。だけど思いもよらぬ展開、奇想天外なのだ。
冒頭に流れてくるのはイギリスの2人組、ユーリズミックスの「スウィート・ドリームス」。80年代前半に日本でもヒットしたこの曲、口ずさめる人も多いだろう。クールでミステリアスなサウンド、その歌詞には“あなたを利用したがる人がいる あなたに利用されたがる人がいる”とある。そこから続く歌詞など実は本作のテーマを提示しているようでピッタリのナンバーなのだ。
『憐れみの3章』はその邦題の通り、3つの章からなるオムニバス。それぞれ独立した別の物語であり、俳優たちはそれぞれの章で違う人物を演じている。主要な登場人物は多くはない。多くはない分、関係は密だ。上司と部下、妻と夫、教祖と信者。支配する者と支配される者。支配する者のほうがそりゃ力がある。相手は意のままだ。支配する快感に酔うだろう。しかし支配される者にも感情はある。不安、恐怖、葛藤。それだけじゃない。それ以上に承認欲求や独占欲、それらによって出てくる行動力に破壊力。快感に酔っているのは支配されている者のほうかもしれない。支配している者が支配されているのかもしれない。そんな人間関係のパラドックスを、心の中に潜む猜疑心を、孤独を、焦燥を、嫉妬を、誰もが持つ感情を、とんでもない設定とストーリー展開でヴヮーッとデフォルメしてグイッと焦点を絞った3つの物語だ。
映像はド派手だったり陰鬱だったり。闇夜であってもどこかギラギラとしていたり。人物の表情、手指のアップ、そしてエマ・ストーンと、『哀れなるものたち』から続いて出演のマーガレット・クアリーの美しい体躯。美しい体躯をこれでもかとばかりに見せつけ、いや見せつけたいなどという考えはなく、ただ胸を張っているだけだろう。登場人物たちは正しいかどうかではなく信じた道を進む。正しくなくても進む。ヨルゴス・ランティモス監督は人間の愚かさをユーモラスに、でもとても残酷に示している。愚かさを嘲笑うのではなく胸を張って表した、そんな気がする。妙な爽快さがあるのはそのせいだろう。(Text:遠藤妙子)