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トップレビュー映画『アイヌモシㇼ』- アイヌの血を引く少年が自身のルーツと向き合い、成長する姿を描いた劇映画

映画『アイヌモシㇼ』- アイヌの血を引く少年が自身のルーツと向き合い、成長する姿を描いた劇映画

2020.10.27   CULTURE | CD

映画『アイヌモシㇼ』

出演:
下倉幹人 秋辺デボ 下倉絵美
西田正男 松田健治 床州生 平澤隆二 廣野洋 邊泥敏弘 山本栄子 西田香代子 平澤隆太郎
OKI 結城幸司 / 三浦透子 リリー・フランキー

監督・脚本:福永壮志
プロデューサー:エリック・ニアリ 三宅はるえ
撮影監督:ショーン・プライス・ウィリアムズ
音楽:クラリス・ジェンセン OKI
編集:出口景子 福永壮志
録音:西山徹
整音:トム・ポール
チーフ助監督:相良健一
助監督:空音央
照明:ジャック・フォスター
装飾:野村哲也
制作担当:星野友紀
エグゼクティブプロデューサー:中林千賀子、宮川朋之、葛小松、项涛、ジャッド・エールリッヒ
共同プロデューサー:朱毅飞、福永壮志、ドナリ・ブラクストン、ジョシュ・ウィック
製作:シネリック・クリエイティブ、ブースタープロジェクト
共同製作:日本映画専門チャンネル
配給・宣伝:太秦
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
2020年 / 日本・アメリカ・中国 / 84分 / カラー / ビスタ / 5.1ch

©︎ AINU MOSIR LLC/Booster Project
10月17日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

【ストーリー】
14歳のカントは、アイヌ民芸品店を営む母親のエミと北海道阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らしていた。アイヌ文化に触れながら育ってきたカントだったが、1年前の父親の死をきっかけにアイヌの活動に参加しなくなる。アイヌ文化と距離を置く一方で、カントは友人達と始めたバンドの練習に没頭し、翌年の中学校卒業後は高校進学のため故郷を離れることを予定していた。
亡き父親の友人で、アイヌコタンの中心的存在であるデボは、カントを自給自足のキャンプに連れて行き、自然の中で育まれたアイヌの精神や文化について教えこもうとする。
少しずつ理解を示すカントを見て喜ぶデボは、密かに育てていた子熊の世話をカントに任せる。世話をするうちに子熊への愛着を深めていくカント。しかし、デボは長年行われていない熊送りの儀式、イオマンテの復活のために子熊を飼育していた。

アイヌの血を引く少年が自身のルーツと向き合い、成長する姿を描いた劇映画

 先日、所用で釧路へ行き、阿寒町にも立ち寄ったのだが、町内は地元を舞台とした映画『アイヌモシㇼ』の話題でもちきりだった。
 
 かつてこの地で八谷商店という民芸品店を営んでいた親戚の叔父と叔母の墓参りをした後、親戚がやっている心花(「ときめき」と読む)という居酒屋で夕食を兼ねて飲んでいたら、その八谷商店の跡地を受け継いでART LABOという店をやっている主人と偶然居合わせ、その女性は2年前の『アイヌモシㇼ』撮影時に地元のコーディネーター的役割を果たしたらしい。
 
 心花を営む親戚夫婦も娘っ子も『アイヌモシㇼ』のことはもちろん知っていて、主人公のカント君もそのお母さんの下倉絵美さんも秋辺デボさんも当たり前のように顔見知りだった。その週末にカント君らが渋谷のユーロスペースで『アイヌモシㇼ』の公開初日に舞台挨拶をするために東京へ行くことも知っていた。
 また、翌日は絵美さんの妹の富貴子さんが営むポロンノへ行ってオハゥの定食とポッチェピザをいただき、アイヌコタンにあるデボさんの店を訪れてデボさんの奥様との会話を楽しみ、カント君の実のお父さんである彫金作家の下倉洋之さんが営むギャラリー兼カフェで美味しいコーヒーをいただきながらカント君の近況などを聞いた。
 
 わずか1日半のあいだに『アイヌモシㇼ』の関係者に次々と会えたのは、町全体が親戚ぐるみの付き合いをしているようにコミュニティが密だからだと思う。
 事実、二風谷でも白老でもなく阿寒が映画の舞台として選ばれたのは町の中にしっかりとコミュニティがあると感じたからだと福永壮志監督はぼくのインタビューで答えていた。
 
 『アイヌモシㇼ』がユニークなのは、まずもってアイヌの役を実際のアイヌが演じていることだ。実在の人物が当人の役を演じているのでドキュメンタリーのように感じる瞬間が多々あるが、劇映画でなければならない必然と理由を物語の終盤で確認できるだろう。それはある種のファンタジーともいえる演出だが、アイヌの死生観を考えるともしかしたらそんなことも実際に起こり得るかもしれないと感じる説得力がある。
 
 本作はアイヌの血を引く14歳の少年カントが自身のアイデンティティや父親を亡くした喪失感と向き合いながら成長していく物語だが、たとえばカントが自身のルーツを否定したり、親を含めた大人に対して不信感を抱くのは誰しも一度は経験する思春期特有の通過儀礼である。だから映画の中で描写されるカントの心情と行動はアイヌでも日本人でも共感できるはずだ。
 本作が日本人にとって近くて遠い存在であるアイヌを知るきっかけとしてうってつけなのは、アイヌの専門的な領域に踏み込みすぎない絶妙なバランスを保っているからだと思う。主軸はあくまで一人の少年の成長を描くことにあり、アイヌはその大切なモチーフなのだ。
 
 なお、都内の公開劇場であるユーロスペースと同じビルの1FにあるLOFT9では、上演期間中にアイヌ料理を提供するコラボレーションカフェを展開している。『アイヌモシㇼ』を鑑賞した方は半券持参で100円引きとなるそうなので、ぜひ立ち寄っていただきたい。(text:椎名宗之)
 

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