歌人であり小説家でもある加藤千恵の最新小説集。彼女は簡潔な文章で複雑な心理や情景を描写することを得意とするが、それは短歌というたったの31文字で物語を紡いできた彼女ならではのものだ。本作は短編でもあり長編でもあるというユニークな構成で、とある街の小さな映画館で上映された恋愛映画の同じ上映回を観た8人の女性たちひとり一人の物語が描かれている。偶然同じ場所に居合わせたのは、女子高生、OL、主婦、フリーター、女子大生など。一見どこにでもいそうな女性たちだが、それぞれが小さな、しかし切実な問題を抱えている。漠然と不登校になったり、仕事に情熱を持てなくなったり、結婚生活が上手くいかなかったり…。誰もが感じたことのある不安や焦りや戸惑いに、読者は思わず自分を顧みて感情移入してしまうはずだ。そして読後、映画じゃないこの膨大な日常がほんの少し愛おしく感じられるかもしれない。(加藤梅造)