シドが、10月31日にZepp Fukuokaで全国ツアー<SID TOUR 2021 〜peep of 2022〜>のファイナル公演を開催した。ここ福岡はヴォーカルのマオの出身地。約2年ぶりのツアーで訪れた故郷のステージで全力を尽くしたマオは、ラストナンバーの「one way」を歌い上げた後、「この景色、一生忘れないよ」とあふれる思いを噛み締めるように言葉を残した。
<SID TOUR 2021 〜peep of 2022〜>と題したシドのこのツアーは、Shinji、明希、ゆうやの3人のコンポーザーがそれぞれに作った3曲の新曲を携え、コロナ禍という困難を乗り越え、2022年へ向かうシドの少し先の未来が覗き見できるツアーとしてスタートした。彼らが提示する少し先の未来は間違いなく光が射していて、初演から笑顔で満ちていたのが印象的だった。ライブハウスから歓声が消えてしまった今という時代でも、思いっきり心から音楽を楽しむことができれば、一つになれるということ、心は通じ合えるということ、全身で歌えるということ、満たされるということ、あなたのその思いは音になって必ず届くということを、このツアーを通して彼らは教えてくれた。
SEに合わせて観客のクラップが響く中、ゆうや(D)、明希(B)、Shinji(G)、マオ(Vo)の順にメンバーが登場すると、最初に鳴らしたのは「声色」だった。目の前にいるファンに向けて、「声が聞きたい」と語りかけるように情感を込めて声を響かせるマオ。寄り添うように柔らかなリズムを鳴らす明希とゆうや。間奏のShinjiのギターソロは感情が溢れ出したようにエモーショナルで、切なさを増幅させた。続く「ほうき星」では一転して軽快なパフォーマンスを見せるメンバー。変えることのできない現状や、行き場のない思いを、コロナ禍で生まれた「声色」「ほうき星」が早速浄化してくれた。それは、その後に披露した「delete」も然り。このツアーでは優しく力強く、心を掬い上げるようなナンバーがラインナップされているような気がする。「ANNIVERSARY」ではパッと花が咲いたように音が弾けると、マオ、Shinji、明希の3人がステージ前方へと軽やかに歩みを進める。ラストでマオが笑顔でピースを繰り出すと、思わずこちらも笑顔になってしまったものだ。
定番のメンバーによるMCリレーも絶好調で、マスクをして拍手で応えてくれるファンに向かって「こういう行為がバンドのことを守ってくれてるって感じるんですよ」と明希が言えば、Shinjiは「恥ずかしがり屋なんでマイク通して言えないんですけど」と前置きをして「愛してるぞー!」と生声を届け、“福”という縁起のいい漢字が入っている福岡で「最高のファイナルを迎えることができてとても嬉しいです。ありがとう!」とゆうやが叫んだ。そんなメンバーを眺めながら、「今日は楽しいね」と笑うマオ。「ちょっと懐かしい曲をお届けします」と披露したのはムーディーなイントロから始まる「土曜日の女」。「淡い足跡」では、Shinjiと明希、ゆうやが奏でる一音一音の音粒がキラキラと流れていて、そこにマオが柔らかなファルセットを乗せる。それはとても美しいサウンドスケープだった。ステージはそのまま楽器陣によるソロコーナーへと突入。まずは、ゆうやのドラムソロから。ピアノの調べに乗せて情感たっぷりに叩いていたかと思えば、一転してヘヴィーチューンに合わせてアグレッシブなドラミングを見せる。明希は観客のクラップをリズムに、滑らかな指さばきで芳醇なサウンドを響かせた。そしてShinjiは明希とゆうやのリズムに乗せて、華やかかつ重厚なギターソロで魅了した。
マオが再びステージに登場すると、新曲3曲を披露。ゆうや作曲の「13月」は、失ってしまった人への後悔を歌うシリアスなバラードナンバー。サックスの音色とShinjiの泣きのギターフレーズが哀愁を誘う。AOR調の秋ソング「街路樹」はShinji作曲。歌い終わりはマオが「センキュー!」と締めるのだが、この「センキュー!」に対してメンバーから横槍が入る。「もうちょっと優しい方がいいよ」とShinjiが言い始めると、ゆうやも「俺も同じ意見だよ」と同調。これに対して「うすうす気づいてきたけど、バカなんじゃないか?明希以外」とマオが反論すると、「俺ももうちょっとソフトがいいかなと」と、味方してくれると思っていた明希もあっさりShinji側についた。これにより、ソフトな「センキュー!」を練習してみるものの、「俺の中では『センキュー!』はあんまりないんだよね。『ありがとう』でいきたいの、本当は」と、最終的に観客を味方につけたマオ。次回から、この「街路樹」の締めくくりがどうなるのか、引き続き注目したいところだ。そして異国情緒あふれる「慈雨のくちづけ」は明希作曲。ゆうやのダイナミックなドラミングや、明希が多弦ベースで聴かせる間奏、滋味深いマオのヴォーカルも聴きどころだ。ここで本来ならMCが入る予定だったようだが、「このままいっちゃおうか」と、その熱量を逃さないように、「V.I.P」「ドラマ」「夏恋」とアッパーチューンを連打する。明希が華麗にターンを決めたり、マオがピョンピョンと飛び跳ねたり、Shinjiが激しくヘドバンを繰り返したり。そして、その背中をゆうやが笑顔で見つめる。「夏恋」の時にマオが満面の笑顔でやってみせたランニングマンが、全然ランニングマンじゃなかったけれど、楽しそうにステージを闊歩するメンバーの姿を見ながら、コロナ禍の2年間、熱望してきたこの空間が帰ってきたのだと胸が熱くなった。ラストは「プロポーズ」。歌い出しは「あれからもう二年とひと月」。なんとも憎い選曲だ。狂気を孕んだスリリングなアンサンブルとマオのシャウトで永遠の愛の契りを交わし、本編を締めくくった。
アンコールは、福岡から上京するまでの思いを綴った「星の都」から始まった。ヴォーカリストとしての出発点であるこの福岡で大切に歌い上げた後、マオは「周りが全員違う道の方へ行った時の怖さみたいなものをたくさん経験してきたけど、その経験がきっとこのシドという道に繋がっていたんだなって思います。あの時、怖い方の道、暗い方の道をひたすら歩き続けてよかったなと心から思います」と、歌うことを選んで歩んできた道のりを振り返った。そして、「君たちに俺たちができることはライブでこうやって元気付けること。遠慮せず俺たちに思いっきり頼って、思いっきり俺たちに守られて、最高のライブをして一緒にツアーファイナルを終えましょう。一緒にシドしよう!」と鳴らしたのは「エール」。ステージから見えた景色がどういうものだったのか、客席側からは知り得ないが、「泣くなー!!笑え!!」と、曲中で笑いながらマオが叫んだ。きっと彼らの思いが、真っすぐに観客の胸に響いたのだろう。そんなフロアに向けてマオがもう一つ叫ぶ。「俺の目に最高の景色を焼き付けさせてください。そうじゃないと迷った時にまたポキッと折れちゃいそうです」。守ったり守られたり、こんなふうに素直に弱音も吐ける関係性を羨ましく思った。シドとファンとの深い絆を再確認する。ラストナンバーは「one way」。曲中、マオがShinjiと明希を呼んでゆうやを囲もうとするシーンがあった。しかしギタープレーに没頭中のShinjiはそれに気がつかない。諦めたマオと明希は笑いながらShinjiの横に並び、触れ合う距離で歌い鳴らしていた。彼らはきっとこの先も、こんな感じで笑いながら、未来へと続く一本道を4人で歩んでいくのだろう。
このツアーを記録するにあたって避けて通れないのは、マオの喉の不調のことだ。ツアーの初日からそうだった。その時から彼は腹を括っていたのかもしれない。或いは自信があったのかもしれない。どんなことがあっても最後まで目の前の人たちを楽しませる、ということに。それでも不甲斐なさにいたたまれなくなったのか、セミファイナルの東京公演では全て歌い終えた直後、両手を合わせた謝罪のポーズのまま、いの一番にステージを降りた。いつも最後に残って愛を叫ぶマオを見てきたファンにとって、それは衝撃の出来事だった。そして迎えたこのファイナル公演。ステージに登場した彼に笑顔が戻っているのを見て正直ホッとした。マオがそういう状態であったにも関わらず、このツアーは間違いなく素晴らしいものだったと声高に言おう。なぜならば、このツアーに参加した人たちは目の当たりにしたからだ。歌うこともシャウトすることも扇動することもMCを楽しむこともメンバーにツッコミを入れることも、どれ一つ手を抜くことなく全力で楽しんでいたマオの姿を。そして、Shinjiのギターが、明希のベースが、ゆうやのドラムが、今まで以上に歌っていたことを。4人が寄り添い合い、支え合い、笑顔を交わしていたことを。そしてファンも一緒にこのステージを盛り上げていたことを。マオは最後のMCで、一緒に“シドをしてくれた”フロアに向かって感謝の言葉を述べた。「最高のライブをどうもありがとう。こんなに思うように歌えないのに、こんなに楽しそうにしているヴォーカリストは俺だけなんじゃないかなと思いました」。
すでに発表されているソロライブの中止に触れ、しばらく歌を休むことを明かしたマオ。「足を止めるっていう決断がこんなにも怖いんだって、毎晩毎晩苦しんでもがいてたんですけど、やっぱりすごいなと思ったのは、みんなに俺の心の中を言っちゃった途端、みんなの声がブワッと届いて、なんだかホッとしたんだよね。みんなもホッとしたって言ってくれて、なんて素敵な人たちに囲まれて俺は歌ってこれてるんだろうと思いました。なので、このバンドを俺の手でつぶすことは絶対にしたくないので、だからこそ少しだけお休みをいただこうと思っています。必ず最強のヴォーカリストとしてまた帰ってきますので、楽しみに待っていてください」と、胸の内を吐露。そして、いつも通りマイクを通さない生声で「愛してまーす!」と叫ぶと、愛おしそうに手を振ってステージを降りた。
シドが提示する少し先の未来は予想外の展開を迎えたが、マオが最強のヴォーカリストとして戻ってくることを、そしてシドが最強のライブバンドとして戻ってくる日を楽しみに待っていたいと思う。その頃には、「お帰りなさい!!!!」と大きな声で迎えられる未来であってほしいと願う。