10月25日(日)に開催される『SHINJUKU LOFT 50th ANNIVERSARY DREAM MATCH 2026 -RESPECT-』。新宿LOFTで見てみたいツーマンライブを「DREAM MATCH」なるタイトルを付け不定期に開催、10年以上の歴史を重ねてきたこのイベントに"RESPECT"のサブタイトルが付くのは今年が新宿LOFT50周年であることに加え、今回のツーマンに出演する2バンド・メンバーそれぞれが音楽であったり芸能活動を長く続けてこられたところから。そんなこの日に出演するのはFIELD OF VIEW(浅岡雄也、小塚琢人)とMountaiman(高橋和也、原田喧太、平山ヒラポン牧伸)、両バンドを代表した同世代の対談は初対面にもかかわらずのっけから共通点多数で大盛り上がり。これを読んだら音楽ファンはもう絶対に見逃せない夜、間もなく開催です!(Interview:高橋ちえ)
基本にあるのはお客さんと一緒に歌えるような音楽
高橋和也(Mountainman/Vo&Ba):浅岡さんとは今日が初対面でね。番組で共演することもライブで対バンすることもなかったから、本当に初めての状態で。でも(原田)喧太(Mountainman/Vo&Gt)は浅岡さんと面識があるみたいでね、「対談するんだって?」ってLINEが届いた(笑)。
浅岡雄也(FIELD OF VIEW/Vo):ここ2年ぐらいで喧太くんとは知り合いになりまして、飲みクズとして(笑)。
高橋:世代的には浅岡さんと割と近いでしょうからね。
浅岡:学年的には多分、僕が高橋さんより1個上です。
高橋:じゃあRockon(Social Clubのメンバー)で言うと、(成田)昭次とか(前田)耕陽とかと一緒?
浅岡:そうです、成田くんとは2、3回飲んでます。酒クズが集まる店がありまして(笑)。
高橋:そうですか、ぜひ一緒に行ってみたいな(笑)。LOFTからFIELD OF VIEWとの対バンの話をいただいた時、どんなライブになるのか想像がつかないし、ぜひ一緒にやってみたいなと思って。素敵な夜にできたらいいなってすごく楽しみにしてるんですよね。
浅岡:僕はテレビとか映画とかいろんなもので高橋さんを見てましたからね。そこに喧太くんもいる(バンドだ)から、じゃあ一緒にやれるなと思っていたところです。
高橋:僕ら唯一の共通点といえばまずは同世代で、同じ時代の空気を吸って音楽をやってるところですよね。僕はまず男闘呼組で80年代後半にデビューして、93年に活動休止になって。浅岡さんたちはその後ですよね?
浅岡:そうです、95年(デビュー)です。
高橋:その頃は全く違うグラウンドで活動してたわけだけど、僕はFIELD OF VIEWもMountainmanも、歌もの・歌を中心に据えたロックをやりたいっていうのは共通してるかなと感じてるんですよね。メロディだったり歌詞だったり、バンドとして演奏もカッコいいと思えるスタイルを追求しながら、基本にあるのはやっぱり、お客さんと一緒に歌えるような音楽。
浅岡:うん、そうですね。さらに言うと僕はロックだとかポップスだとかジャンルはどうでも良くて、一発聴いて覚えてもらって皆で歌えりゃそれでいいや、っていうところでいますね。皆で「いいよね」って共有できれば最高だなと思ってます。
高橋:僕が思うところで言うと、自分たちが育ってきたバックグラウンドには洋楽というものがやっぱりすごくあって。僕らの時代で言うとデュラン・デュランでありカルチャー・クラブ、カジャグーグーとか、イギリスのポップバンドが中学生ぐらいの頃にものすごい流行ってて。マイケル(・ジャクソン)やマドンナもいたけどやっぱりバンドスタイルって言うのかな、当然その前の(時代や世代の)音楽も聴くじゃないですか。僕らの時代だとまだまだパンクの影響もリアルで(セックス・)ピストルズとか、日本で言えばスターリンやアナーキーもそう。僕はやっぱりロック=バンドっていう感覚が今でも自分の目指してる方向でもあるし、バンドにこだわる部分でもあるんですよね。
浅岡:デュラン・デュランを見た時は綺麗な男たちの美形バンドで、僕もすごい憧れたんですよ(笑)。
高橋:分かる! 僕もジョン・テイラーが大好きでしたよ。
浅岡:そう、ジョン・テイラーになりたかったの!
高橋:あの頃はそうなりたかったよね(一同笑)。
80年代のLOFTを中心とした新宿カルチャー
FIELD OF VIEW
浅岡:そんな頃に僕はLOFTにBOØWYを見に行ったんですよ、LOFTがまだ(歌舞伎町に移転前の)新宿・小滝橋にあった時に。
高橋:え!? BOØWYを生で、しかもLOFTで見たんですか?
浅岡:LOFTでの『BEAT EMOTION LOFT 2DAYS 〜すべてはけじめをつけてから〜』の2DAYS・2日目を見に行って。それでもうBOØWY・氷室京介になるしかないと思って音楽を始めたんです。デュラン・デュランとBOØWYのカッコ良いこの感じをなんとかしたいなと思いながら、なぜかビーイング系になったっていう珍しい(笑)経歴なんですよね。
高橋:分かる分かる、僕もなぜかジャニーズ系になったから(一同笑)。でも、あの頃の中学生ってやっぱりそういうファッションであり、音楽であり、洋楽に。ものすごく影響を受けてましたよね。
浅岡:しかも情報がなかったですからね。自分で情報を取りに行くしかないからジョン・テイラーみたいに化粧してイヤリングつけて、ジャケット着て新宿の夜のディスコに行くっていう(一同笑)。
高橋:僕はそこまでおしゃれじゃなかったけど、新宿・歌舞伎町のディスコ・GBラビッツだの、BIBAだの、確か東亜会館ってありましたよね?
浅岡:そうですそうです、(それらのディスコが)東亜会館の中にありました!
高橋:まだチークタイムがありましたよね(一同笑)。あそこへ行くともうハラハラドキドキで、なんとか女の子と、どこまでもっていけるかみたいなことをね。ヤズーとかが(流行ってて)、ね。
浅岡:そうそう、ヤズー! 『ベストヒットUSA』も混ざって、エレクトロポップが入り出した頃ですよね。チークタイムになると『ラ・ブーム』(補足:『ラ・ブーム』は当時ヒットした映画タイトルで、その主題歌は「愛のファンタジー」/リチャード・サンダーソン)がかかったりして。
高橋:『ラ・ブーム』、ありましたね! 今でもあの頃がきっかけだったなとすごく思うんですよ。もちろんその前、小学校時代の『ザ・ベストテン』とかで聴いた日本の歌謡曲にも影響を受けるんだけど、自分が今こうやって音楽をやるきっかけになったのはやっぱり中学校で周りの友達や先輩、そういったディスコ文化だとかパンク文化とか、ブリティッシュ文化とか。あの辺がいつまで経っても抜けない原点みたいな感じでありますけどね。
浅岡:そうですよね。小滝橋にあったLOFTのほう、新宿西口にしかレコード屋がなくて、ブートレグを買うんだったらLOFTの奥にあるレコード屋に行って買うしかなかった、とかね。
高橋:当時は貸レコード文化があったんで、貸レコードでレコードを漁ったりとかもしてね。
浅岡:そうでしたよね、さらにマニアックなものが欲しいとなると新宿西口のレコード屋に行くしかなくて。
高橋:じゃあ、相当早い頃から洋楽とかには目覚めてた?
浅岡:目覚めてたと言うより深掘りをしていった感じでしたね、ブリディッシュばっかり。
高橋:僕は親父が新宿三丁目で『マローネ』っていうカントリーの店をやってたんで、さらにカントリーやアメリカの音楽も同時に存在してるんですよ。親父の店に行けば、当時はカントリーのマール・ハガードであったりジョージ・ジョーズであったり、アメリカのバンドだと当時はヴァン・ヘイレンとか。
浅岡:ボン・ジョヴィとかも出てきた頃ですかね。でもその頃、中〜高校生だから真似しても結局どうにもなんないし、まだオリジナルも作らないから騙し騙しコピーバンドをやってる感じで(笑)。その時(コピーで)やってたのは、サザン(オールスターズ)とアルフィーと、RCサクセションっていう。















