世界の紛争とロックンロール、そして自分自身を重ねた
──「Maps to the stars」はかつてのロックスターへのラブレターのようにも聞こえるし、でも、アレ? 紛争が起きてる国の歌? って。
ニイ:そうです。この曲はロシアがウクライナに侵攻し始めてガーンってなって。それがきっかけで作った曲です。腹が立ったし…。作らずにはいられなかったってとこもあって。
──それをロックスター、ロックンロールと重ねて…。
ニイ:ロックンロールはずっと進み続けていく音楽というイメージです。それこそ終わりがない、完成もしない。どんなロックスターだってお迎えの時間が来たら、作品が未完成のままでも去らないといけない。もっとやりたかったって思っても、必ずそういう時が来る。私も、去る時が来ても「もっとやりたかった」って思いたい。時間が来るまで進み続けたい。どんなにやっても、何をやっても世界は変わらなくても、それでも進みましょうと。
──なるほど! 「世界は どうしても どうしても 世界だ」って歌詞は、侵略をやめないロシアによって紛争が終わらないウクライナの、紛争の中に居る人々の絶望の声かと思ったけど、世界は変わらなくても進むって鼓舞する歌詞なんだ。
ニイ:どっちもなんです。世界の紛争とロックンロールと、そして自分自身を重ねて。複雑にはならないようにしながら仕掛けをたくさん施しました。
──「ワンダーウォール」、「解剖」は性的マイノリティの歌ですよね。
ニイ:まあそうですかね。自分もソロになってからノンバイナリーってことをオープンにするようにして。クィアとか、ノンバイナリーという言葉はまだまだ浸透していない気がしています。宇多田ヒカルさんがカミングアウトしてますけど、未だに宇多田さんは女性のJポップシンガーって認識してる人のほうが多いんじゃないかな。英語のインタビュー動画を見たんですが、「日本では私の真意は伝わらないと思ってます」ってことを言っていて。「でもカミングアウトしたら気持ちが楽になりました」みたいなことを明るくサバサバと話してる。日本でカミングアウトした時は、なんかこう、内向的なアーティストってイメージで捉えられていた気がします。新しいキャラ付けでしょ? っていう言い方する人も居たり。アイデンティティってキャラじゃないんだけど(笑)。ただ、宇多田さんはバイリンガルで救われただろうなって思ったり。言語が違うと思考も二重性を持てるっていうか……。私は英語は喋れないんですけど、洋楽ばかり聴いていたし自分で翻訳してたんですね。うまく言えないのですが、なんか英語と日本語の思考ってちょっと違うんですよ。言語って思考に影響するんじゃないかと。でもなんとか洋楽のようなことを日本語で…、英語っぽく歌うとかじゃなく。英語で聴いてる曲みたいな感じを日本語で書けないかなって、個人的にはずっと挑戦してるつもりです。日本語の歌だけど洋楽っぽいニュアンスっていうか……。あ、話が飛びましたね(笑)。
──日本的でも洋楽っぽいってLoupx garouxからとても感じますよ。メロディが歌謡曲っぽかったり童謡みたいな感じもして。懐かしい感じがするけど見たこともない景色のようだし。よく使われる言葉だけど「懐かしの未来」っていう。
ニイ:やったぁ(笑)。日本の音楽は馴染みがないとか言ったけど、童謡は聴いてました。童謡って怖いですよね。『みんなのうた』が好きなんですけど、私の子どもの頃の『みんなのうた』ってちょっと怖い歌が多かった気がするし。
──歌謡曲っぽいメロディの「大人はわかってくれない」はソロの『The Parallax View』にも収録されてました。
ニイ:一番古い曲です。歌詞は、子どもの視点からトゲトゲした曲なんですが、その子どもを満足させるのは大人になった自分だぞ、みたいなことかな。『The Parallax View』でインタビューしてもらった時、「解体」をトランプのような権力者の末路って言ってくださって、そうそう! 伝わった! ってなりました。実は「大人はわかってくれない」は安倍晋三のこともインスパイアの元にあって。なんなんだこいつは、と思いつつ、安倍晋三はいわゆるボンボンだったわけですよね。権力を持った大人になった時に、友達にお金をあげれば喜ぶんだと。好かれるためにお金を配るっていうか、そういう感覚だったんじゃないかなと想像したんです。お友達政権とか言われてたじゃないですか? 幼稚っていうか、なんなら後ろめたいとこが何もないんじゃないのか? って、……いや、あるのかもしれないけど、自分と向き合わないままだったんじゃないか、と思って。
──安倍晋三は酷かったけど安倍晋三に限ったことじゃないしね。自分もあり得るかもしれない。また安倍晋三なんて浮かばない、ノスタルジックな歌のようにもとれる。
ニイ:だと良いのですが(笑)。そう、不安からとんでもないことをしてしまうのが人間ですよね。プーチンもトランプも安倍も、根本にすっごい不安を抱えてるんじゃないですかね。だからって蛮行が許されるものではありませんが。一つのものでも違う角度から見たら違うものが見えたりするし。一つのものをいろいろな視点から見たいっていうのが自分にはあるので。
一人一人の違いを超えて共有していけることを実感したい
──うんうん。それはニイちゃんの歌詞の個性として出てます! で、1曲目の「暗野」。本当に不思議な曲。クールで無機的なようで土着的で童謡っぽかったり。ニイちゃんのボーカルは今までにない震えるような声で。
ニイ:怖いムードですよね、最後は呪文のようだし(笑)。
──でも広い空か海を静かに進むような。
ニイ:テーマは「勇気」ですから(笑)。
──非ロックから始まったLoupx garouxだけど、メンタリティはロック(笑)。
ニイ:そうなんですよ! 「暗野」こそ、日本人の自分が日本的だと思うもので洋楽の感触を表したかったんです。
──「暗野」でグイッと掴まれてアルバムが始まって、いろんな世界を見せて最後の曲「PARALLEL」の最後は宇宙に飛んでいく。凄くいい流れ。現実と幻想がブワーッと重なり合うような。
ニイ:ループする感じにしたかったんです。最後の「PARALLEL」が終わってループして「暗野」に戻った時にそれが最後に聞こえるように。「暗野」から始まって「暗野」で終わるっていう。
──なるほど! 映画みたいな感じもするよね。アルバムのタイトルでもある『暗野』は橋本治の小説『暗野』からとったそうで。
ニイ:はい。『暗野』はこの時にはまだ読んだことなかったんですけど(笑)。タイトルを見てビビッときた、「暗野」という言葉が凄く引っかかってずっと残ってて、使ってしまいました(笑)。「暗野」って言葉がアルバムの道標みたいになりましたね。この言葉がなかったら散漫になってたかもしれない。
──凄くいいです。本作にピッタリ。では最後に。Loupx garouxは次はどうなっていきそう?
ニイ:Romanticさんが「ニイさんにはボツの曲が一個もない」って言ってくれたんです。ライブにはいいけどアルバムには入れないほうがいいなって曲が出てくるものだけど、そういうのがないですね、って。YURINAさんもokanさんもいい曲ばかりだって、新しい曲を持っていくたびに喜んでくれるのが、それこそ子どものように嬉しいんです(笑)。暗い曲ばかりですけど、聴いたり口ずさむ時に、良い気分をもたらすものが作りたいんですよね。曲っていうのは頑張って考えて、搾りかすになるまで、搾りだすしかない! ってもので(笑)。1人でやっても5人でやっても10人でやっても、誰が歌っても、変わらない完成度のものが出来たら理想ですね。
──変わらないものが軸にある。普遍性っていうことですね。
ニイ:なのかな。みんな一緒の感覚を持って、って意味じゃなく、一人一人は違うんだけど、違いを超えて共有していける。それを実感したいんです。
──わかりました! あ、ジャケットも素晴らしいね。漆黒の中にフワリと何かが浮かんでいるような。
ニイ:アートディレクションをやってくれたRinnaさんも若い方なんですけど、「凄いですよね。歌詞」って言ってくれて。「強い言葉を使ってるけど、聴いてるとそんなふうに思わない。ちゃんとメロディに乗ってる。歌詞を見るとハッとするけどそれだけじゃない。だからこういうデザインにしたんです」って。なんか、自分で言うのはナンですが、凄くわかってくれてるって思って。一緒に作る人がそういう反応してくれたこと、共有できたのがとても嬉しくて。まさに「暗野」が具現化されたデザインになって。CDのパッケージはメンバーも組み立てに参加した手作り! モノとしても作品です。ぜひ手に取ってほしいです。