光がポジティブで影がネガティブとは限らない
──あと印象的なのが「記憶」。松ぼっくりだけの、凄くシンプルな写真で。
石井:なんでもない写真ですよね。
──個展でお会いしたときにも言いましたが、私、なんだかわからないけど涙が出そうになったんですよ。
石井:妙子さんとお話した後にも、あの写真の前でずっと涙を流されてる方がいて。きっと、その人の生きてきた背景だったり、そのときの心情だったり、そういうのも含めて見てくださってると思うんです。
──心の中にある何かが引っ張り出される感覚というか。私もなんで涙が出そうになったのか。松ぼっくりが子どもの頃を思い出させたのか……。この写真は松の木や松林もないし、空も写ってない。松ぼっくりひとつ小さく写っていて、松ぼっくりを尊重してるって言うと変な言い方だけど(笑)、麻木さんの眼差しでとても独特な写真になっている。
石井:松ぼっくりがひとつあって、それだけでいいと思えたんです。出来上がったポツンとひとりだけでいる松ぼっくりの写真を見て、「記憶」ってタイトルが自然に浮かんだ。もうこれは感覚なんですけど。誰もが何かしら大事な記憶や思い出があるだろうなって、この一枚を見て感じたんです。
──「記憶」ってタイトル、秀逸です。ちょっと突飛なんだけど、だんだん私、SFチックな妄想が浮かんで。地球が滅びて松ぼっくりだけが残って、松ぼっくりは地球の記憶の象徴だって(笑)。『2001年宇宙の旅』とか『猿の惑星』的な(笑)。
石井:うわぁ、面白い(笑)。
──「記憶」ってタイトルじゃなかったらきっとそんなイメージ出てこない。どの写真もタイトルがバッチリで。でもタイトルって難しいですよね。
石井:難しいです。イメージを狭めてしまう可能性もあるし。でも今回、イメージが広がったって言ってくださる方が多くて。
──見た人のそれぞれのイメージでね。
石井:そうそう。それぞれでいいんですよね。写心は写真を写す私の心、撮らせていただいた人の心、そして写真を見た人のそれぞれの心。その三つの心を写すのが写心なんです。なので見た人それぞれの想像が膨らむようなタイトルじゃなきゃって。難しかったですね。でも言葉や文章は好きなので。ひとつひとつ考えるのは大変でしたが楽しかったです。
──どの写真も光と影が印象的でイメージが広がります。
石井:写真って両方ないと写らないんです。光だけだとただ真っ白な写真になるし、影だけだとただ真っ黒な写真になる。1対99でも99対1でも、必ず両方が存在しないと映らない。でね、実際に撮っていて、影を写していても光が感じられたり、光を写したら影が際立っていたりすることがあるんです。光と影のあり様って本当に様々で。光だからって明るいだけじゃないし、影だからって暗いだけじゃない。あ、これ……、今回の写真展に出している最新作なんですけど、満月が木の枝を照らしていて、照らされた枝が、また満月を照らし返しているように見えて。凄いものを見た! 凄いのが撮れてしまった! って思って。私、子どもの頃からずっと気になっていたのは、光はいつも照らすばかりで、光は誰に照らされるんだろう? って。子どもの頃から気になってたことがこの月と木の枝の写真で、光もちゃんと照らされているんだ! って。
──確かに! 月によって輝きを得た木の枝が、その輝きで月を照らしているように見えます。でもこの景色を撮影するとしたら、木の枝が邪魔だって思う人が多いと思う。やっぱり麻木さんならではの眼線、眼差し。麻木さんならではの表現だなぁ。展示の中で光と影の、ちょっと対照的なタイトルの二枚の作品がありましたよね。
石井:「光の孤独」と「影の居場所」。光と影っていうと、光は明るくて影は暗いってとると思うんですけど…。
──光は明るい役割、影は暗い役割って、役割が決まってるっていう(笑)。
石井:そうそう。私は逆を考えることがよくあって。光もきっと悲しいことがあるんじゃないかって。悲しかったり寂しかったり。太陽は高いところにいつもひとりでいて照らしてばかりで。
──照らしてばかりで疲れるわっていう(笑)。
石井:そうそう(笑)。影は影で実は気持ちいいのかもしれない。影だからって暗くも寂しくもないかもしれない。
──麻木さんの写真は、光と影には様々な表情があることに気づかされます。
石井:ありがとうございます。で、人もそうだと思うんです。誰もが光と影の両方を持っている。でも光はポジティブ、影はネガティブっていう見方だけだと見落としてしまうこともあると思うんです。
──そうですよね。明るく見えても悲しかったり、無口で怖そうな人が優しかったり。
石井:ですよね。ポジティブだけでもしんどいし、ネガティブだけでもまたしんどい。どっちもなきゃ人は生きていけないと思うんです。そういうことは、いろいろな場所で人を撮らせていただいてきたことで気づいたことだと思います。