夫婦で生きていくというのは綺麗ごとだけではないですから
――本作は春男のモノローグ(心の声)が多いのも特徴です。
李:僕の作品はコメディが多いので、ほかもモノローグ多いんです。でも、今作ではかなりセリフに起こしています。
――アフレコでのモノローグと通常のセリフの演じ分けについて、安田(顕)さんとはどのようなお話をされたのでしょうか。
李:「モノローグと実際の芝居に差がある方がいいですね。」という話はしました。その方が、観客は本音を知れるという事で優位に立てますから。変わらない演技だと、セリフで言っているのと変わらないんですよ。
――確かにそうですね。心の声は本音で、セリフは建前なので、感情としては真逆になっていますから。春男は、モノローグでは軟弱な・気弱な人のように感じますが、実際は男気もある人ですよね。
李:そうですね。
――律子との出会いもドラマチックでした。
李:律子と出会った時に1人で行かせなかったことは、人生最大の勇気を振り絞ったんでしょうね。彼にとっては運命的なものを感じて、全てを飲み込むことにした。でも、それが上手くやれていないと思うから、今も葛藤が続いていることに繋がっている。
――それでも、最終的には2人の愛の深さを知ることが出来ました。
李:そうですね。ただ、夫婦で生きていくというのは綺麗ごとだけではないですから。
――好きだから一緒にいれるというわけではないですから。
李:好きだからというより、しょうがないから背負っていくかというのが春男の本音だとも思います。
――それでも、同じ男でも春男と同じ決断が出来るかというと難しいですよ。
李:あれは本当に凄いですよ。
――律子も肝っ玉母さんで、この家大丈夫だなと僕も感じました。
李:映画化の際に律子が悪く見えちゃダメだという事を常に気を使っていたんです。撮影の際に小池(栄子)さんが「私、大丈夫です。」と言われて、実際に演じてもらうと本当に大丈夫だったのでこの人凄いなと思いました。
――改めて、小池さんの演技力の凄さを感じましたね。
李:「そういうこともあったわね。あの時はバカだったけど、今は大丈夫。」という感じでしたよね。
――そんな2人の過去があったからこそ(伊澤)小梅の結婚の許しをもらうシーンが更に意味をもつことになりましたね。
李:あのシーンでは律子がウルウルしているんです。あのキャラクターだと泣きそうにないじゃないですか。あの時の涙の理由が最後まで観ることで解ってくるんです。自分を振り返り、そのことに対しての涙だった。
――逆に春男はなし崩し的だったので、その対比も面白かったです。
李:コメディ的でしたね。
――監督から見た春男はどんな人ですか。
李:こういう人は多いと思います。カッコつけたい、でもヘマばかりしてしまって上手くいかない、だからチャーミングなんだと思います。「別に上手くいかなくていいんだよ。」と言いながら、心の中では上手くいきたいと思って頑張っている人はチャーミングですよね。
――人間味がありますよね。ただ、春男は運がない人ですね。
李:でも、運とは何でしょうね。幸運と幸福の違いがあって、幸運は瞬間なんでが幸福は続くんです。その幸福はどこにあるかというと心の中なんです。同じ現象が起きても受け止め方によって、良くないと感じる人がいれば、良かったと思える人もいるんです。幸運は外からもたらせるものですけど、幸福は自分の心で作り出せるから、春男は最後に幸福を作り出せて「伊澤春男です。頑張ります。」という最後のセリフに繋がっていると思います。確かに、幸運はないですけど、幸福を見つけられたということですね。
――そこはドラマを重ねていく中で観えた部分ですね。
李:春男も幸運が欲しかったけど、「別にいいか」となった時に幸福を心に作り出すことが出来た。だから、河での律子とのシーンは意味があると思います。川で「バカヤロー」と叫んだところで何の意味もないでしょ。
――確かに。
李:でも、あそこでこの夫婦は絶対に大丈夫ということが分かる。
――そうなんです。色々あったけど、あそこでこの2人なら乗り越えていけるなと感じられて、救いを感じる事が出来ました。
李:そうですね。