脚立は差別のない世界の象徴
──もちろんです。その象徴が脚立なんじゃないかと…。私、脚立脚立ってうるさいね(笑)。
谷ぐち:そういえばこの間のインストア・ライブで脚立のことをMCで話して。ステッカーを台風被害のドネーションとして作ったのね。地球に脚立を立ててるデザインで。脚立って平らなとこじゃないと立てられないじゃないですか。だからそういうフラットな社会、フラットな世界じゃないとダメだってことを表していて。凸凹してない、つまり格差や差別のないとこ。地球は差別のない世界じゃなきゃダメってことを表している。パッと思いついて言ったんだけど、スゲェいいこと言ってない?(笑)まぁでも、ライブで脚立は前からやってたし。完全に後付けなんだけど(笑)。
YUKARI:意味があるとすれば、あんな振り切ったことをする女性のミュージシャンはいないじゃないですか(笑)。誰もできないことをやるっていうのが、私の仕事かなって思うので。
谷ぐち:新しい女性ボーカリストのスタイルを作りたいって気持ちはあるよね?
YUKARI:メッチャある。
──しかも、人に伝えようって思いが強くなってみんなを巻き込んでいけばいくほど、YUKARIちゃん自身の個性も磨かれていくんだよね。
谷ぐち:そもそも演者もフロアにいるみんなも関係ないですからね。うちらはたまたま演奏してるけど、その空間を作ってるってのはみんなですから。そういう中でYUKARIのボーカルのスタイルが生まれていって。
──それはリミエキの変化でもありますよね。谷ぐちさんが入る前は、YUKARIちゃんと飯田さんの個性のぶつかり合いの面白さで。それを〈見せる〉って感じだったもんね、〈巻き込む〉んじゃなく。
YUKARI:昔は音楽は音楽って感じだったから。音楽と生活は別。生活臭のある音楽なんて絶対にイヤだった。それが変わってきたのは…、届いてるなっていう。届いて、返してもらって。そういうことがあるんだなって実感したから。
谷ぐち:普段のブログとかもね。母親として書いたブログに凄い反響があったんだよね。
YUKARI:だから共鳴が生まれたことは大きいよね。音楽にも大きく反映してる。
──音楽は音楽、じゃなくて、音楽と生活がダイナミックに絡まっていく。
谷ぐち:子どもが生まれて生活が変わっていく中で、どうやって表現を継続していくかって思った時、いろいろなやり方から自分たちで選択してきて。そういう中で気づいたことは、たとえば子どもができて生活も変わってライブハウスにあまり行かなくなった人、子育ての悩みを一人で抱えちゃう人が多いんだなって。そういう人がライブハウスという場に来られるような。好きな音楽を子どもと一緒に楽しむ、子ども同士で遊ぶ、そういうことのきっかけの存在になっていけばいいなっていうのはあるよね。
YUKARI:我慢しなくていいよっていうね。うちは2人がバンドやってるから、留守番できない頃は共鳴もライブハウスに連れて行かなきゃいけなくて。そしたらみんなが共鳴の相手をしてくれた。共鳴はみんなに育ててもらった。そのお返しというか。共鳴をライブハウスに連れて行って気づいたことをブログに書いたら、「子連れOKのイベントを企画したんですけど、気を付けることはありますか?」ってDMくれる人がいたり。繋がっていくんだなって。
谷ぐち:ただ、そういう音楽を作りたいって最初から思ってるわけじゃなく。自分たちの状況が変わって、どうやって活動していくか模索して。結果、そういう形になった。
──ああ、そうですよね。別に女性解放とかポリティカルなことを唄うバンドになろうではなく、あくまでも自分たちの生活を通して、生活の一つの着地点が曲なわけで。
YUKARI:何よりシリアスなことばかり唄う気はないし、「あのバンドはアホ」枠にずっといたいし。でも、社会のことも唄うようになったのは、時代もあるかもしれないですよね。今ってみんなが社会と向き合い始めてると思うし。
谷ぐち:それは絶対ありますよね。昔は逆張りしかしてなかったですからね。
YUKARI:私個人も昔は自分が一番!って思って周りのことなんか考えてなかった。
谷ぐち:まぁ、自分が一番!って思ってるのは今も変わらないでしょ(笑)。
必死に手繰り寄せて発信して繋いでいく
──今思えば昔は呑気な時代だったですよね。
谷ぐち:だから今は必死ですよ。必死に手繰り寄せて発信して繋いでいく。そこは必死です。
YUKARI:私自身いろんなことがあったし。私は今、唄いたいことがちゃんとあって、それが歌に繋がってると思うけど、そのきっかけはライブハウスで痴漢に遇ったことだと思うんです。そんなのないほうがいいけど、あの事件がなかったら今のような自分になってるかわからない。私にとってあるべくしてあった事件だったんだと。前向きにとらえるようにしてるってことでもあるけど。
──前向きに転換できるのは辛いけど素晴らしい。
YUKARI:だってなかったことにはできないですもんね。
──そうなんだよね。でも自分でなかったことにしちゃうんだよね。たとえば飲みの席とかでも、セクハラを受けても笑ってあしらうのがスマートとか。私はYUKARIちゃんより上の世代で、私が若い頃はみんなそんな感じで。ホントに嫌な慣習を作ってしまった。
YUKARI:私も昔はそうだった。でも、そうじゃないぞ!ってね。そういうことはおかしいって気づいたからね。
──気づいたからには気づいてないふりはできないもんね。そういうことが、「フォーメーション」に繋がっていって。
YUKARI:そうなんでしょうね。社会の凸凹をなくそうって思った時に、私が取り掛かりやすいのは女性であるということ。自分のことだからリアル。でも知らないこともたくさんあって。世の中の問題ってどこかで繋がってるものだと思うから、常にアンテナを張っていたい。
──「フォーメーション」をニーハオ!!!!ではなくリミエキでやろうと思ったのはなぜ?
YUKARI:ニーハオ!!!!は女の子でやってるから、やってるだけで主張は成り立ってると思うので、フェミニズム的な歌詞をあえて唄う必要はないと思うんです。意識しすぎず、そのまんまで勝負すればいい。「フォーメーション」をリミエキで唄ったのは、私は紅一点ってずっと言われてたわけですよ、リミエキでは。だからこそ、そこでやりたいって思ったんですよね。
──うんうん。ではアルバムの話も。パンクやハードコア、オルタナが混在してカオスなんだけど、でもストレートに響いてくる。
谷ぐち:パンク的な要素が強くなってるとは思います。メンバーは俺より若くてオルタナ聴いてた世代でドライな感覚で。俺はもっとパッションとかエモーショナルとか。あんまりエモーショナル過ぎるのは苦手なんで、ほどよくエモーショナル(笑)。そういったところがリミエキの着地点かなって。
YUKARI:でも(飯田)仁一郎くんもわりと好きだよね、エモーショナルなの。
谷ぐち:ライブで客がモッシュしてグチャグチャになることがあるじゃないですか。俺は別にそうなろうがなるまいが気にならないんですよ。モッシュってハードコアのライブではもともとあるものだから。いちいち気にしない。でもね、仁一郎はモッシュが起きた時に凄い嬉しそうだった(笑)。
──ああ、オルタナのライブってモッシュはあまり起きないから。
谷ぐち:オルタナはダイレクトな反応はあまりないですよね。それがリミエキでモッシュが起きたら、仁一郎、ギター弾きながら嬉しそうな顔してた(笑)。
──いいですね〜(笑)。特筆すべきはYUKARIちゃんのボーカル。高い声、低い声と唄い分け、ラップも増えてグンと幅が広がってる。
YUKARI:時間かけて録って。メッチャ唄えるようになったと思います。
谷ぐち:曲を作る時って初めは演奏だけで歌は後からなんですね。歌が入ってない段階だとピンとこないこともあって。「正気に戻るスキがない」は歌が入る前はコレをどうすっかなーって思ってたけど、歌詞とメロディが入ってビシッと見えた。それだけボーカルが主軸になってる。
YUKARI:最初はダサいなーって思ってた曲も、ピタッとハマった言葉が乗ったらカッコイイって自分でも思うし。ボーカルが入って曲が転がっていくよね。