自分たちが地続きであることを伝える困難さ
──SNSの世界でも自分と意見や感じ方の異なる人に対して不寛容になってきているのを全体的に感じるし、成宮さんの詩は誰かとわかり合う上でのヒントになるのかもしれませんね。
成宮:理解や納得はしなくていいけど、ただ認め合いたい。自分たちは地続きであることを伝えるのはすごく難しいです。自分と反対側の意見に、「ここから出てって」って言えば一言で終わるし、disはたった一言で済むのに、そうじゃなくて〈この世界はつながってるんだよ〉と伝えるには言葉数がたくさん必要で、なぜ悪意を覆すのはこんなに苦労するんだろう? という憤りも時には感じます。でもそこで落胆しないように、そのためにもわたしは言葉にして、声に出していたいです。
──できるだけみんなで生きるために、誰もが死ななくて済むように〈死ぬか殺すか以外の選択肢を一緒に作〉ろうとするのも大変な作業ですよね。
成宮:疲れるけどそれが自分に必要なことだから、朗読する時はできる限りその場にいる全員と目を合わせるようにしています。
──だから成宮さんにはライブが不可欠なんですね。
成宮:人と人が言葉を通して目を合わせることは意味があると信じたいです。
──今回の詩集には、古くは2011年の詩から現在までの詩が精選されていますが、どんな意図でこの32篇が選ばれたんですか。
成宮:出版社の方が、内容が少しずつ変化していく過程を見せるのは重要なことだから年代順に並べましょうと言ってくださいました。古い詩は入れること自体が恥ずかしいし、しかも年代順なので最初のほうに来ちゃうから戸惑いもあったんですけど。
──2011年頃の詩はまだ独り善がりと言うか、言うなれば〈独白〉ですよね。誰に語りかけるわけでもなく、あえて言うなら自分自身に呼びかけている。それが年を追うごとに少しずつ言葉に肉体性が伴うようになって、語りかける対象が明確になっていく印象を受けました。
成宮:当初はひとりでいて母親としか話さない日が多かったので、朗読という手段を見つけたことで徐々に変化していったと思います。ライブではわたしが読んだ紙を自由に持ち帰ってもらえるようにしていて、自分の気持ちと合う紙を持って帰ってくれる方の姿に希望が持てました。
──基本的な質問なのですが、成宮さんの詩はすべて朗読するのを前提に書かれているんですか。
成宮:はい、ここ数年の詩は特にそうですね。だから詩集の話をいただいた時に、紙媒体で読まれることが心配になって、「この詩たちは、本として出す意味が本当にありますか?」と出版社の方に何度も訊いてしまいました。あくまでも声にして発することが前提なので、フレーズの繰り返しも多いし、普通に文字として読むとおかしなところがいっぱいある気がして、不安で。
──繰り返しが多いのは、歌で言うところのサビみたいなものじゃないですか?
成宮:そうですね、テーマかもしれないです。わたしは常に頭の中で何種類もの考えが同時進行してしまって、人と話していても、「昨日言ったことはヘンだったかな」とか「帰りはどの道が近いかな」とか「いま目の前で話している人、そろそろ疲れてるだろうな」とか「後ろの壁のシミが動物の形っぽいな」とか、思考が散らばりすぎてどれも口に出せないんです。そのバラバラになったものを拾い集めて書いていくと、散らばってしまった自分がつながるんです。
文章を書くのはフローチャートみたいなもの
──韻を踏むようにしようと心がけたりは?
成宮:していないです。「会話にできない自分の考えを順序立てた結果こうなりました」という感じで。たとえば「今日はどんな日だった?」と訊かれて「…えっと、楽しかった」としか言えなくても、書けば「これこれこうで楽しかったです」と楽しかった理由まで挙げることができる。だから文章を書くのは自分にとって点と点をつなぐフローチャートで、図解と同じ。喋るとそれがどうしてもできないので、「何も考えてないんだな」と勝手に思われちゃうけど、そうじゃないんです。
──黙って何も言わないからといって何も考えていないわけじゃないと。
成宮:はい。そこからわざわざ説明しなくちゃいけない時のもどかしさは大きいです。
──〈あなた〉がいなくなってから年を追うごとに時の流れを実感する「わたしが優しくなるためには」では、詩のバースごとに短歌を挿入している構成が面白いですね。
成宮:昔、ブログのタイトルが全部短歌になってるねって友達から言われて、そこから抜き出しました。読んでいて気持ちいい感じのタイトルを付けただけなので、偶然だったんですけど。
──その「わたしが優しくなるためには」の前に「ぼくたちが優しくなるためには」という対を成すような詩があるのも面白いなと思って。
成宮:「わたしが優しくなるためには」は「ぼくたちが優しくなるためには」に対するアンサーソングです。「ぼくたちが優しくなるためには」は、知り合いの人がツイッターで自分自身に「コラ、ご飯食べたか?」とか「歯は磨いたのか?」とツッコミしていて、あれは何なんですか? と訊いたら、「奥さんが亡くなって自分を叱る人がいなくなったから」と話していて。それでその人への当て書きとして書いたんです。〈今夜あなたの夢を見たら 次に来る春は木蓮が咲く〉って全部空想なので、実際は庭に木蓮はないと思います(笑)。
──現実世界で全く知らない、見ず知らずの一家のブログを10年以上読み続けている成宮さんらしいエピソードですね(笑)。
成宮:他人が何を考えているか興味があるんです。それなら、わたしから見た世界はどうだろう? と思って書いてみたのが「わたしが優しくなるためには」です。
──「この衝動はきみのもの」の〈死にたくなったら、次の予定を作ろうね〉という一文はすごく説得力がありますね。どうにかこうにか生き続けるために無理やり予定を作ることは何も悪くないと言われているようで。
成宮:太宰治に出てくる夏の反物と一緒です。
──ああ、〈これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った〉(『葉』)ですね。
成宮:ライブに来てくれた人が「手帳に次の予定を書くと生き延ばせる」と言ってくれて。それなら先の予定を入れ続けたら、わたしたちは死なないで再会できるなと思ったんです。
──今回の詩集は、1ページ目から順に切り離せる装幀になっているそうですね。
成宮:読んだ詩の紙を持ち帰れるライブのやり方と同じことを書籍でもやりましょうと出版社の方が提案してくださったんです。〈世界は、水面だ。誰かが動けば、小さい波が広がっていく水面だ〉という自分の詩の通り、人から人へ、水面のように言葉が広がっていけば嬉しいです。だから、ページを切り離して本の体裁をなさなくなっても、それはそれでかまいません。
〈ハロー、言葉〉とやっと言えるようになった
──今回はスピッツの草野マサムネさんと作家のドリアン助川さんが帯に素敵な推薦コメントを寄稿していますが、これはどんな経緯で?
成宮:学生時代に、ドリアンさんの『正義のラジオ! ジャンベルジャン!』というリスナーの悩み相談をするラジオをずっと聴いていたんです。そんなこともあって、『あなたとわたしのドキュメンタリー』をお渡しさせてもらって。ドリアンさんはメンタルに病のある中高生の子たちと、本を読んだり詩を書いたりされていて、そこでわたしの詩をみんなで読んでくれたそうなんです。草野さんは、どういう経緯かはわからないんですけど『あなたとわたしのドキュメンタリー』を読んでくださって、ファンクラブの会報に「詩にロック魂を感じました」と紹介してくださったそうなんです。わたしのイベントに来てくれるスピッツ・ファンの子がその会報を見せてくれてびっくりして手が震えました。草野さんのような立派に見える方も、生きづらいことを書いた本を手に取ったりするんだと思ったら、やっぱり世界は地続きだなって改めて感じることができました。
──本のカバー・デザインに〈ノー! モア! エモーショナル!〉という「世界など変えられなくていい」の一文が正式なタイトル以外に盛り込まれているのはなぜですか。
成宮:以前、人種差別的なニュース動画をSNSで見てしまったんです。直前まで大好きなアイドルの動画を見ていたので、スマホのボリュームを最大に近くしていて、その音量でたまたまタイムラインに流れていたニュース動画が自動再生されちゃって。そんな時、ある人が「悪意のフックに引っかからないようにいようね」って言ってくれたんです。その言葉を聞いてから、一瞬の感情に押し流されながら、刹那的に自分の活動をすることはやめようと決めました。わたしが詩を朗読し続けても世界は変わらないけど、そこに決して落胆せず、100年後に変わるかもしれないことを淡々とやり続けなくちゃいけない。何か事件が起こって、「精神科通院歴あり」って報道されるたびの「またか」っていうムードにくじけそうになっても、続けていくしかないんです。だから、「これはいっときの感情でやっているんじゃないぞ」と意図的に思い続けていないと、心が折れちゃうから。その意味での〈ノー! モア! エモーショナル!〉。自分に対しての決意ですね。
──何事も表現の出発点はエモーショナルな感情に負う部分が大きいと思うのですが、成宮さんの詩は会話の代替として始めたことだからケースが違うんでしょうね。
成宮:自分の存在の表現ではなくて、誰もが生きやすい世界になって人と会話がしたいだけなんです。それで、最終的にはすべてが会話で事足りるようになるのが理想です。
──会話だからこそ〈わたしがあなたの偽名を呼ぶから 伝説にならないで〉と語りかけるような文体なんですね。
成宮:そうなんです。自分だけで完結してしまうと、またひとりぼっちの自分に戻ってしまうようで怖いんですよ。それが一番怖いです。
──その意味でもこの『伝説にならないで』は一般的な詩集とは違いますよね。成宮アイコというパーソナリティを全面に押し出すのではなく、声にして発せられる詩を受け手とシェアすることが第一義なわけで。
成宮:出版社の方がそこをすごく大切にしてくださって、タイトルも〈朗読詩集〉と命名してくれたんです。その想いを聞いて、感動して泣いちゃいました。
──『伝説にならないで』は目で追って読むのももちろんかまわないけれど、本来は成宮さんが朗読して初めて成立するということですね。
成宮:声に出すために書いたので、最終的にはそうかもしれないです。「はじめまして、Nameless」の中に書いたように〈戦いの証でなく生活の営み プラカードがわりの言葉を送ろう〉なので。
──刊行記念イベントのタイトルは、「Hello, Word! 楽しそうに死なないで」の中の一節〈ハロー、言葉〉が使われていますが、これは今の成宮さんに一番フィットする言葉なんですか。
成宮:これまで言葉に対する愛憎のバランスが憎に90パーセント傾いていたんですが、朗読を続けてきたことで人の立場や見た目に関係なく相通ずる部分があることに気づけたし、非力に感じていた言葉に対して意味のあるものだと感じられるようになってきたので、やっと〈ハロー、言葉〉と言えるようになりました。その変化の様を『伝説にならないで』では感じられると思います。でも、こうして会話として言葉にするのは相変わらず苦労しますし、本音を言えば、来世の〈会話だけで事足りている成宮アイコ〉に今世で少しでも近づけられたらいいなと思っています(笑)。