B級感はキノコホテルにとって重要な要素
──それにしても本作は1曲目の「天窓」から驚かされますね。従来の作品と音像がまるで違ってタイトで生々しく、各パートの音の粒がしっかりと際立っているし、今まで聴いたことのないキノコホテルといった感じで。
マリアンヌ:今回は良い意味で音の分離がちゃんとしているし、狙い通りですね。
──しかもこの「天窓」という曲には支配人にしては珍しく、人生は果てないけど儚いという自身のスローガンとも呼べそうなメッセージが込められているように思えたのですが。
マリアンヌ:何なのかしらね。大人になったと言いますか、自分にとって令和はもはや余生なんでしょうね。ここ数年、若い世代の人たちと話したり仕事をご一緒することが多い中で、彼ら彼女たちを我が子のように応援したくなるような自分がいるんです。音楽以外でも少し達観した部分が出てきたのか、若い人たちが悩んでワタクシに相談してくると思わず聖母のように親身になってしまう(笑)。今の時代、実の親に虐待を受ける子どもも多いし、生きていくのが大変じゃないですか。「天窓」はそういう自分よりも下の世代のことを考えているうちにできた曲ですね。自分でも珍しいタイプの曲だと思いますよ。いつもだいたい男への呪詛みたいな歌ばかりだから(笑)。
──従来のアルバムは1曲目にパンチのある曲を持ってきて一気に引き込むスタイルが多かったですが、「天窓」のようにミッドテンポで溜めの効いた曲を頭に据えるのも珍しいですね。
マリアンヌ:そこからの、2曲目の「ヌード」に間髪入れず繋がっていく流れがいいのではないかと思って。
──「ヌード」と「愛の泡」は本作でキノコホテルが志向していたことをギュッと凝縮したようなソウルフルでダンサブルなナンバーで、楽曲の完成度もアンサンブルも掛け値なしに素晴らしいですね。これぞキノコホテルの新境地だという見得を切る感じもあって。
マリアンヌ:ソウル・テイストの曲は今までもあったけど、どうしても和モノ的なアプローチになりがちで。それはそれで好きなんですが、今回はギターのカッティングをいかに洗練させるかにだいぶ試行錯誤しました。
──試みは大成功ですね。「愛の泡」なんてカーティス・メイフィールドみたいじゃないですか。
マリアンヌ:「愛の泡」は頭のダダッダダッダダッダダッ…というホーンの音が最初はなくて、ドラムのフィルイン始まりだったんです。それを島崎さんに聴かせたら「頭に『ルパン三世』みたいな音が欲しい」と言われてなるほどと思って、決めのパターンを付け足して一発OKをいただきました。あえて『ルパン三世』というわかりやすいワードを言ってくれたんでしょうね。
──本作のテーマである〈踊れるキノコホテル〉は島崎さんから出たワードだったんですか。
マリアンヌ:「お嬢、次はダンス・ミュージックだよ」と早い段階から言われていて、島崎さんの思う現代的なダンス・ミュージックと自分の思う懐かしめのダンス・ミュージックの整合性を取ったと言いますか。たとえば「ヌード」はもっとハイファイな感じのソウル&ディスコ・ミュージックになるかもしれなかったんです。何度か入るビブラスラップを島崎さんは入れたがらなくて、ソフィスティケイトされた洋楽的なアプローチを志向していました。だけどそこまでやると、もはや自分の音楽ではない気がして。キノコホテルにとって重要な要素であるB級感をワタクシは残したかったんです。
──ただ単に格好いいだけのダンス・ミュージックにするつもりはなかったと。
マリアンヌ:そういうことですね。その部分では島崎さんとだいぶ意見を戦わせました。「キノコホテルがここで一皮剥けて次のステップへ行きたいのなら洋楽的なアプローチをするべきだ」と言われたんだけど、「キノコホテルはこのB級感が大事なの」というワタクシの言葉で、「なるほど、そういうことね!」と。お互いのクリエイティビティを尊重し合っていたし、生み出した楽曲に対してワタクシたちが責任を持ち続けなければいけないというところで、ダンス・ミュージックの捉え方に関しては「わかった、最後のジャッジはお嬢が決めることだから」とお互いに納得できる落としどころに行き着いたんですね。
──そういう摩擦係数の高さも吉と出ましたね。これまでのキノコホテル流ダンス・ミュージックと違って、非常に身体性を帯びた仕上がりになっていますし。
マリアンヌ:フィジカルな感じにはなったと思います。島崎さんが自分の意向を押しつけるのではなく、「僕はこうしたほうがいいと思うよ」とこちらの出方を窺いながらキノコホテルの可能性を引き出すやり方がとてもお上手でしたね。
自分一人で決めることで必ずしも自由になれるとは限らない
──スカのビートとニューウェイヴのテイストが相まった「東京百怪」にもキノコホテルが大切にしているB級感がありますね。銃声やヘリコプターの音などの効果音も入っていて遊び心もあって。
マリアンヌ:リズムが全く同じの骨組みとなる楽曲が何年も前からあったんですけど、サビとなる部分が最後に一度しか出てこない構成だったんです。実は1、2回ほど実演会でも披露したことがあるので、ごく一部のファナティックな胞子(ファン)の中にはわかる方もいるんじゃないかしら。
──敗者復活で採用されるケースも珍しいですよね。
マリアンヌ:どこか捨て難くて、ずっと寝かせておいたんです。ポストパンクのバンドが徐々にスカにアプローチしていくような感じの曲で、いつか形にしたかったんですね。それで島崎さんとの協議の結果、「最後に一瞬出てくるメロディがすごくいいから、これをサビにしてしまおう」と大胆に構成を見直したんです。最初はポップになりすぎる気がしてワタクシは抵抗があったんですけど、「大丈夫だから」と。彼は事あるごとに「お嬢の曲をキノコホテルで演奏すれば必ずキノコホテルになるんだから大丈夫」と言ってくれました。そんな一件も含めて、何でも自分一人で決めていくことで必ずしも自由になれるとは限らないんだなと気づくに至りました。
──ゲンスブールとポーティスヘッドをハイブリッドさせたような「レクイエム」は甘美なバラードで、この先またもうひと盛り上がりあるところで突然フェイドアウトするのが意表を突かれますね。
マリアンヌ:「レクイエム」はほとんどデモのままなんです。あのフェイドアウトは島崎さんと清水さんから「事故じゃないですよね?」と訊かれましたが、もちろん事故じゃありません。なんかもうこの辺で終わるのがいいかなと思って(笑)。
──続きは実演会で聴けるということですか。
マリアンヌ:実演会でどうするかはまだ何も考えていませんね。「レクイエム」に限らず今回はレコーディングならではの曲が多いし、あの曲はどう実演するんだろう? という楽しみが増えていいんじゃないかしら。
──そういう意表を突くテイクも島崎さんは面白がって採用するわけですね。
マリアンヌ:基本的にワタクシの意向を受け入れてくれるし、器が大きいんですよ。J-POPの世界でヒットさせることしか考えていない人は、おそらく一から書き直しを命じたり、辛辣なダメ出しをしてくると思います。そういうのがイヤで今まで外部のプロデューサーを立ててこなかったし、もしそんな目に遭おうものなら間違いなく殴り合いの喧嘩になりますよ(笑)。島崎さんは楽曲の良さを認めながら「こうしたらもっと良くなる」というアプローチをしてくれるし、理解があるので素直に話を聞くことができた。
──サビのメロディが秀逸な「雪待エレジィ」は歌謡曲特有の憂いもありながら、これも不思議と踊れる曲なんですよね。
マリアンヌ:リズムがよく録れているのもありますね。この踊れる感じを実演会でもちゃんと再現できればいいんですけど。「雪待エレジィ」は去年の秋くらいからすでに実演会で披露していて、それなりに手応えを感じていたので収録することにしたんです。
──「華麗なる追撃」も支配人にしては珍しいタイプの曲ですね。「振り向くな王道を歩け」と背中を押してくれるような明るくポジティブな曲で。
マリアンヌ:単なる頑張れソングにならないようにさじ加減をした曲ですね。比較的明るい曲を作った自分自身に対しても最初は半信半疑なところがあって、「これをワタクシが唄うの?」という気持ちもあったんですけど、島崎さんに褒めちぎられて「これは絶対に入れるべきだ」と勧められたんです。でもこの歌も結局、誰かに対してではなく自分自身に向けて唄っているんですね。「王道を歩け」の「王道」も世間一般が思う王道ではなく、人間一人ひとりの中にある王道なんです。つまりワタクシの中だけのスタンダードのことを唄っていて、世間に迎合することを唄っているわけじゃない。
──「華麗なる追撃」は性急なビートを貫く一方、電子音を重ねたり、ギターやキーボードを効果音のようにまぶしてあるなど、アレンジに意匠を凝らしているのが面白いですね。
マリアンヌ:アグレッシブな曲だけど、明らかにキノコホテルのそれとは違う。これまで攻め曲と言えば、お決まりのファズと跳ねずに平坦なリズムで押し通す高速サーフ的な趣きになりがちでしたが、この「華麗なる追撃」は全くその路線ではない、激しくて新しいキノコホテルを意識して書いた楽曲ですね。