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INTERVIEW

トップインタビュー澤則雄『生きるのに理由はいるの?』

『生きるのに理由はいるの?』

2019.05.13

 2016年7月26日、戦後最大の殺傷事件が起きた。相模原の障害者施設で入居者19人の殺害及び負傷者26人を出した殺傷事件である。事件の検証や議論が停滞するなか、記憶の忘却の一途を辿る。あの事件に私は何を学んだのだろうか、とそんな疑問を頭の片隅によせ、あの事件から2年半以上もの月日が流れる。この事件は起こった事実だけが残り、その他は何も残らず消えてしまうのだろうか。その社会の流れに抗い事件を記録する一人の男がいた。その名は澤則雄。元共同テレビ出身の彼が生み出した映像作品が社会に議論の波を呼び起こす。[interview:宮原塁]

障がい者に対する偏見・差別感、そこが社会の根底にあるがゆえに起きた事件

──今回の作品は2本目と伺ったのですが初めての作品はどのようなものを作ったのですか。

澤:日本脱カルト協会というところでオウム事件20年の時に、カルト協会として学生にカルトの啓蒙書を作る企画がありました。そのときに作らせてもらった映像が初めての作品です。

──それはいつぐらいのお話ですか?

澤:3、4年前の話です。もともとテレビ業界の人間なので、旅番組とか釣り番組とかばかりでカルトの話はあまり詳しくはありませんでした。テレビの世界でもドキュメンタリーを撮る人はいますが、僕はテレビの世界ではそういう事をしてこなかった。

──なぜ社会問題の映像をとるようになったのですか。

澤:初めての映画を作るときに農業をしながら共同生活をするという組織があってそこを昔取材しました。富士宮市のサティアンの近くでした。オウム事件の生々しい記憶がある中で集団の共同生活や、財布は1つのような生活をすると、周りからはオウムじゃないのって言われるはずなのです。しかしそこがどんどん発展していく。外から見ると農民もどきなのに実際に地域に受け入れられているのかと疑問に思って。テレビではできない世界をドキュメンタリー風に撮ってみようかなと考えました。ところが案の定スキャンダルになって、映画ができて1年目で文春砲があったんです。教徒が女性メンバーを暴力で犯しているという話が報道されて、それだと僕もそんなところとは協力できなくて、上映を中断した経緯があります。その時に日本脱カルト協会の西田先生という方に相談に行きました。西田先生は静岡大学の出身で、静岡に詳しい方だったので相談に行ったら「日本脱カルト協会でオウム事件の20年目という事でDVDを企画している、お前はやる気があるか」と聞かれました。その経緯で初めての作品ができました。僕自身カルトの事は全く知らなくて興味も知識もありませんでしたが、いまオウム事件がこれだけ騒がれている中で、学生に対する啓蒙活動でこれは大事だなと感じたんです。ましてカルトって言われると身構えるけど、そうではなくて楽しいテニスサークルの延長だったということがあるわけですから。だから勧誘の仕方が巧妙になってきていることが怖いですよね。学生にとってボランティアのような善いことしたい、人の役に立ちたいという想いはあるわけです。勧誘は相手の良心、善意に漬け込む訳ですからね。だからこそ社会的に非難されるべきですよ。

──視点によっては正義も悪になりますからね。今回の相模原事件の植松被告も自分の中の正義が原動力になって起きてしまったと考えます。もちろんその正義は間違っていますが。この事件について澤さんはどう考えますか。

澤:実はこの事件に興味を持ったのは、事件が起きてから1年たった時です。それまでは報道、新聞チラチラ見ている程度でした。そこで事件1年目のある集会に参加した時、その参加者の方に、「この事件はもう忘れ去られている。よく風化っていう言葉があるけれども、風化って言葉はある程度社会に痕跡を残した上で風化するけど、この事件はそもそも痕跡すら残していない。だから風化って言葉は使わない」と言われた。社会が衝撃を受けたと言っているけど、障がい者やその家族関係者は衝撃を受けたけどいわゆる健全者と呼ばれる人たちはどの程度衝撃を受けたのか。自分の心を問い直して言うと自分自身の心は痛くないわけですよ。傷んでない。池田小学校の事件や秋葉原の通り魔殺人みたいな事件は怒りが湧いてきた。そんなことは許されない。ところがこの事件に関しては、怒りが湧いてきたかって考えると正直湧いてこなかった。しかも亡くなった人の匿名報道やどんな人がどうやってなくなったのかもよくわからない。ちょうどNHKが「19のいのち」っていうドキュメンタリーを1年目ぐらいにやってサイトも立ち上がった。しかし民報各社が追跡取材をしたかっていうと一切ない。これはなんだろうなって思って自分なりに資料を読んでみたり、本を読んだりしてみて、これはなんとかしなければいけないと思った。これは障がい者の問題ではなく、健全者と言われている一般の日本社会の置かれている常識・非常識として持っている障がい者に対する偏見・差別感、そこが社会の根底にあるがゆえに起きた事件です。さらに植松被告に言っていることに対して賛同する人たちの声も出てきている。彼だけの特殊な人が特殊な考えを持って起こした事件ではない。そこだけはもっと広くいろんな人たちに知らせる必要があると考えました。

──なぜ今回のようなドキュメンタリーを撮ろうと思ったのですか?

澤:僕はドキュメンタリーを作ろうと思ってこの作品を作ったわけではないんです。取材していく中で印象に残った投稿であるとか彼の言葉であるとかそういうのをまとめて討論会の材料を作ろうと思った。レジュメみたいなものを作ればそれは使えるのではないかって。事件のあらましと各界のいろんなインタビューを観て、それを聞いた上でそこに集まった人たちがいろんな意見を言う、その積み重ねをしていかないとこの事件に対する社会が忘れ去られることに歯止めをかけることができないと思いました。だからこれは映画の上映ということを目的としたわけではなくてあくまでも事件のことをシェアして、討論会のための材料としての素材として使ってほしいということで作った。一方的に大勢に伝えるもので終わってしまうとなかなか議論につながらない。小規模な場所でどんどんこの映像が広まっていけばいいなと思っています。

植松被告はなぜこのような行動をとったのだろうか

澤:植松被告が発言する超重度の人たちが巨大施設に収容されているかと言うと必ずしもそうではない。障害の重い軽いではなくて家族がいるとかいないとか、ケアできる体制が取れているか、どんなに精神障害・知的障害が重い人でも在宅でいる人はいます。逆に軽いと言われる人でも家族にケアする体力がないからこの子を任せたいと思う人が施設に預けている。植松被告は精神障がい者・知的障がい者の負の側面を自分の目で見ている。つまり彼が言っていることが正しいように聞こえてしまうのは負の側面や日本社会の持っている本音の部分を彼の目で見てしまった。そうだとしたらこの人たちが日本社会にいることが害ではないか、いない方がいいのではないかという考えに彼自身は達してしまう。多くの人たちはそうではなく、もう少し福祉の充実に舵を切るんだけど、植松被告は真逆の方に向かってしまった。どっちが正論かと言われると社会にはその両方も一理ある。そこが、僕にとってやばいなと思うところです。彼が言っていることが社会的に容認できない考えだって言うのであれば賛同する人は出てこない。彼が言っていることに日本社会の痛いところ急所を突かれたと言う側面があるなら、これは植松被告の問題ではなく日本社会の問題です。

──今回の作品でこの事件のようなことの予防は可能だと思いますか?

澤:僕は今、岐路に立っていると思っている。最近老人介護施設もそうなのだけど看護師であるとか介護人が入居者を殺す、ないしは怪我をさせたりしている。実は結構大きく報道されているのだけど似た事件は頻発している。本来なら植松被告という特別な人間が特別な想いに囚われて起きた事件が続発するとは思えない。しかしそれが形を変えながらも事件が起きること、入居者に対する罵倒であるとか暴力行為が頻発している。それが根絶するのか、続発するのかこれが、今の時点で日本社会がどっちの道へ行くのか、非常に大事な時にいる。だからこの事件をどういう風に裁くのか重要になってくる。一番危惧しているのはオウム事件のように裁判の長期化はしないかもしれないということ。一人一人について裁判をしていけばある程度時間をかければその分長い日数がかかるけど、ある人は「裁判が始まってもあっという間に判決が出る」と解釈しています。なぜかというと争点がないのですよ。植松被告本人は自分の犯行を認めているし、職員の目撃談もある。しかも被害者は裁判の中でも匿名です。裁判の争点があるなら、植松被告の責任能力の有無だけ。検察側の精神鑑定は終わっていて弁護側の精神鑑定は去年の夏秋には終わっている。だからすぐ始まると思っていたのですが未だに報道されていないってことは精神鑑定の中に大きな問題があるのか、社会的な行事で忙しいのかわかりませんが。争点がない裁判はもうすぐ終わってしまう。そうなった時にこの事件って何だったのってなりますよね。

──あの時事件が起きたっていう一部しか残らないまま、全てが忘れさられてしまうようですね。

澤:障害者施設の内容だって変わらない。巨大施設の中でどういうことが行われているか。地域社会が障がい者に対してどう受け入れていくかってことも変わっていかない。

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LIVE INFOライブ情報

『生きるのに理由はいるの?』上映&トークライブ〜「津久井やまゆり園事件」が問いかけたものは…」〜

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2019.5.18(土)
出演 篠田博之(月刊『創』編集長)
堀利和(共同連代表)
澤則雄(監督)
会場:Naked Loft
OPEN 12:00 / START 12:30
前売1500円 / 当日2000円(税込・要1オーダー500円以上)
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