ステージの上がいちばん自由でいられる
──ちなみに、再開発が進んで移りゆく下北沢の街並みはマリさんにはどう映っているんですか。
金子:下北に限らず、街は変わっていくものなんですよ。バブルの時代に姿を消した商店街の人たちもいっぱいいるし、確かに下北は変わった。今やロフトの平野さんとUKプロジェクトの藤井淳さんの街になったんじゃないの?(笑) 今でこそ下北は音楽と演劇の街って言われるけど、私の若い頃は町内会で全く理解されなかったから。「金子総本店の娘は歌を唄ってるらしいぞ」「ジャンルはロックっていうんだってよ」なんてね。歌手っていえば三波春夫と一緒くたにされちゃう時代だし、若い頃は近所の人たちにいろいろ誤解されて面倒くさかったね。周りはとにかく知ってる人たちばっかりだったから。
──どれだけ街が変わっても、愛着があるからこそ60年以上にわたって下北沢に住み続けているわけですよね。
金子:ジョニー(吉長)と結婚した時に「この街から連れ出してやる」って言われたのに、街から連れ出すどころか、向こうは苗字を金子にして居ついちゃってさ(笑)。まぁ、結果的には連れ出してくれなくて良かったと思うけど。何も言わずにお金を出してもいつもの銘柄を出してくれるたばこ屋みたいな店は他にないしね。下北のライブハウスに出る時は家から近いからいつも遅刻しちゃうけど(笑)。
──この14年、下北沢と横浜でのマンスリー・ライブは欠かさず、地方へのツアーも精力的に行なっていらっしゃいますが、50年近くボーカリストとして第一線で活動し続けている原動力とは何なのでしょうか。
金子:やっぱりね、唄うことが好きだから。それとステージに立ってる時がいちばんリラックスできる、自由でいられるからじゃないかな。私はもともとすごいあがり症だったから、ロフトに出てた時もみんなが演奏してるあいだに帰っちゃおうかなと思ったことが何度もあったの。それがここ20年くらいかな、少しずつあがらなくなってきて、今はステージに上がってスポットライトを浴びた瞬間にそこが自分の居場所だと思えるようになった。一気に図々しくなるっていうのかな(笑)。唄いたくて唄ってるわけだし、歌を唄ってる時にいちばん輝いてないとね。
──そこまで自分の好きなことをやり続けていられるのは幸せですよね。
金子:そりゃ過去にはいろいろとありましたよ。バックスバニーの曲を覚えるのが難しすぎて、バンドをやめたくてステージの上で倒れたふりをしたこともあったし(笑)。今やってる5thは私のやりたいことに賛同して音を出してくれるバンドだから唄いやすいし、メンバー全員のことが大好きだし、本当にありがたいと思ってる。私は私で好きなことをやってるし、別に私の歌を嫌いな人がいてもいいんですよ。なんていうか、最近は没個性というか平坦な感じの人が増えたでしょ? まぁ、気配を消すくらいのことができなきゃ毎日満員電車には乗れないのかもしれないけど。でもその弊害で、個性が薄まったり感動する機会が減ったよね。だからこそ私は歌を通じて誰かの心をちょっとでも動かしたいと思う。好きでも嫌いでもいい。何かを感じてほしいわけ。このフェイクばかりが溢れた今の世の中でね。資本主義はフェイクが好きらしいから。
──そんなフェイクばかりが横行する世の中だからこそ本物の歌を聴かせたい、という感じでまとめていいですか?
金子:うん、そういうことにしておいて(笑)。