「しまだゆきやす」という男
直井:僕、久しぶりに井口組に参加してるんですけど、台本を開いたら主人公の名前が「しまだやすゆき」って書いてあって驚いて。運命を感じたんですよ。これは僕がやらないといけないと。今回、なんでこの名前にしたんですか?
井口:まず、限られた状況の中で何をやるかってなった時に、「人の運命は変えられる」って話をやれたらなと思ったんですよ。それと、「自画撮りするヒーロー」や「映像を撮る」ということをずっと考えてた時に、しまださんが思い浮かんできたんですよね。
直井:ほとんど自分主演で撮ってましたもんね。
井口:そう、ずっと撮ってたじゃない。僕が『わびしゃび』(1989年)って作品で、自分の好きな女の子を撮るって映画を作った時に、「それを上映させてくれ!」って言ってきたのがしまださんだったんです。しまださんはあの映画に影響を受けて、自分も女の子を撮り続けていると。女の子に惚れては、自分が主演の映画で共演させるっていうことをしてましたね(笑)。
直井:さすがしまださん、ヤバいですね(笑)。
井口:でも、しまださんはちょっと残念な亡くなり方をしてしまった。「人の運命は変えられる」って話なら、僕が一番変えたいのはしまださんの運命のような気がしたんですよ。
直井:それは本当に…涙が出そうです…。
井口:僕は映像を通じて、しまださんに言いたいことを言いたかった。しまださんをモデルにした役を主人公にして、対話できたらなぁって。そこを物語の核にしたら、どんどん話が広がっていって、何をやるべきかも見えてきて。
直井:やっぱり亡くなって5年くらい経って、冷静に向かい合えるようになった感じですか?
井口:そうですね。僕もずっと何かしなくちゃとは思ってたんです。僕が『恋する幼虫』(2003年)っていう商業作品をやった時に、しまださんがプロデューサーとして名乗りをあげてくれたんですけど、僕、しまださんを脱サラさせましたからね。しまださんの運命を変えちゃったんですよ(笑)。僕がしまださんの運命を変えた張本人ですから、そのテーマなら彼を出すしかないだろうと。あと、しまださんと何か一つ作品を作りたかったんですよ。しまださんをモデルにした役を主人公にすることによって、しまださんの霊や魂と作品を作れたらいいかなと。
直井:その文脈で観ると、作品の印象がまた違いますよね。井口さんならではの弔いの映画になってると思いますよ。
井口:でも遺族の方に黙って作っちゃったけど、いいかな……。
直井:いや、これはいいんじゃないですか。劇映画ですし、井口さんの創作ですから。しまださんに関わった人をはじめ、これを観てすごく思うところがあるはずですよ。
井口:しまださんをはじめ、ぶつぶつ言いながら自分にカメラを向けるクリエイターがかつてたくさんいたっていうことを、映画史の中に残しておかないとね。
直井:僕、しまださんに選んでもらったチャリを9月末くらいに盗まれたんですけど、それが年明けに出てきたんですよ。両輪パンクして、ライトも盗られてたんですけど。
井口:へぇー。
直井:「出てくるんだ!」ってすごいびっくりして。しぶといなー、と。
井口:それは「『スレイブメン』公開おめでとー!」ってことなんじゃないの(笑)。
直井:わはは。でも、これだけ語られるっていうのは大事ですよね。
井口:うん。やっぱりね、亡くなると過去になってしまうじゃない。それは本人にとっては、気の毒なことだなと。だからこうやって強引ではあるけど、名前を残すってのは、大事なのかななんて思うんですよ。
編集部:しまださんが『スレイブメン』を観たら、どんな感想を持つと思いますか。
井口:分かんないなぁ、なんて言うんだろ……。「うーん、面白かったよー」って含んで言うんじゃないですか?
直井:ニヤニヤいじわるそうに笑いながら、ですかね(笑)。
若手映画監督は井口監督の手法を見習え!
直井:ちょっと話が逸れるんですけど、最近の若手映画監督は、井口さんの状況を逆手にとって、かつ面白くしていくところに注目すべきだと思うんですよね。
井口:もうそうするしかないのよ、ローバジェット映画は。
直井:今、クラウドファンディングで100万、200万とかを集められちゃうんですよね。でもそれによって見た目だけがすごい豪華な、ハリボテ系の映画になる危険性がある。
井口:極論を言えば、衣装は段ボールだっていいじゃない。そういう設定にすれば。
直井:そうなんですよ! そこが鍛えられないうちから、お金が集められるのは問題な気がします。
井口:めちゃくちゃ狭い会議室で、悪の会議を撮影する時も、「ここでどうやって悪の会議をしてるふうに見せるか……」って考えるわけですよ。光を足したり、アップで撮っていったり工夫するんですよ。
直井:そこなんですよねぇ。
井口:僕の先輩の監督とかはね、役者が出れなくなっちゃったら、違う役者を何の説明もなく使ったりするわけ。僕も女の人が男になったって、別にいいじゃないって思うんですよね。やっぱりAVが長かったからね。AVのドラマ物は本当に予算がないから。たとえば、青い帽子を被っている人がいっぱいいなくちゃいけないシーンがあった時に、帽子がないから青いタオルを頭に乗っけるんですよ。それもタオルが2つしかないから、2人で一つのタオルを乗せてもらう。そうすると、4個あるように見えるじゃないですか。
直井:そういう経験がある人は強いですよね。
井口:アクションシーンの撮影でも、「あと2分で陽が落ちます!」って状況なのに、残り10カット以上あったりするんですよ(笑)。もう無理矢理ですよ。スーツアクターの人に「とりあえず動いてください! じゃあスタート!」って。他にも、『スレイブメン』で津田寛治さんに出演していただいたんですけど、もともと1日しか撮影に来れない予定だったんですよ。だから面を被って、指示を吹き替えで出してる設定にしたんです。でも急遽また来ていただけることになって。面を被る設定にしちゃったから、津田さんって分かんない(笑)。それで、喋ってる時だけ面を上げて、喋り終わったら閉じるっていうのをやれば、津田さんが映ってることになるだろうと思って急遽設定を変えたんですよ。
直井:津田さんを見せてあげようっていう愛ですよね(笑)。
井口:本人なのに映んないのはもったいないからね。苦し紛れだよ(笑)。でもなんか、鍛えられたなー。
直井:井口さんって、言い訳しないじゃないですか。
井口:しない。言い訳したくないんですよ。
直井:観る人はメジャー映画と同じお金を払ってるんですから、関係ないですよね。
井口:関係ないよ。そりゃ言いたいことは、いっぱいあるよ。でも現実的な無理難題があったとしても、それを全部取り入れて気になんないように作るのが、僕の仕事だと思ってるから。壁1枚しかなくても何とかなる。撮り切る自信はありますよ。
直井:結局、たくましく残る人は、そういうことができる人ですよね。