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INTERVIEW

トップインタビュー寺尾紗穂(CD『楕円の夢』、新書『原発労働者』発売記念インタビュー)

誰かと出会うこと。それは『彼ら』が『あなた』になるという、簡単で単純で、でもパワーが満ちてくるような、あたたかな出来事。

2015.08.06

涙が出るんだけど、なんで涙が流れるのかわからない

 
──そしてラストの曲はアルバムタイトルでもあるリード曲「楕円の夢」ですが、この曲のテーマは花田清輝の『楕円幻想』という文章がきっかけになっているそうですね。
 
寺尾 『楕円幻想』を読んだ時に、高校の授業で私が好きだった地学の先生から聞いたケプラーの話を思い出したんです。惑星の軌道が実際は楕円であるというケプラーの法則は、当時のキリスト教の世界観の中で、神様の作った宇宙は円でできているという常識を覆した。その話と『楕円幻想』が私の中で結びついたんです。因みにその先生にこの前会った時、『楕円の夢』のことを「あれケプラーでしょ?」って言われました(笑)。
 
──『楕円幻想』で花田は、1つの中心しか持たない円に対し、2つの焦点を持つ楕円を、矛盾や曖昧さを内包しながら存在するものの象徴として捉えています。
 
寺尾 先日、DOMMUNEの番組に出た時、ゲストに野田努さんと北沢夏音さんが来て面白いことを言ってました。北沢さんは最初にこの曲を聴いた時、全然よくわからなかったらしいんです。それで自分がなんでわからないのかを考えたところ、自分が円的なもの、真実とか正義とかに対する憧れが強いということに気づいたみたいで、だから円じゃないものに納得できないんだろうと。やっぱり誰しも完全なものに惹かれる気持ちはあると思うんです。楕円にあこがれる私自身の中にもあると思います。
 
──花田が『楕円幻想』を書いたのは1943年で、戦時中の思想統制に対する抵抗という意味も大きかったと思いますが、それが今でもリアリティを持っているのがとても怖いと思いました。「楕円の夢」はこうした今の時代の空気も表現していると思いますが、寺尾さんのすごい所は、この曲を恋愛の歌として書いている所ですね。“明るい道と暗い道 おんなじひとつの道だった”というシンプルな歌詞の中に様々な意味を読み取れる。音楽プロデューサーの牧村憲一さんがこの曲に救われたと言ってたのも印象的です。
 
寺尾 牧村さんは気持ちを病んで苦しんでいた時の体験がこの曲に重なったみたいで、それで気持ちが楽になったと言ってました。人間、辛い時期や報われない境遇にあると円的なものにすがりたくなる時があると思うんです。ただ、それだと救われない人も出てきてしまう。だから“楕円の夢をまもりましょう”と歌っています。
 
──あと寺尾さんは子供の頃から物事を公平に見るという感覚が強かったんですね。小学1年生の時に在日の友達がいじめられていたことを先生に抗議したというエピソードを聞いてそう思ったんですが。
 
寺尾 昔から不条理はよくないと思っていました。理不尽な状況に人が置かれていると思った時に「それはおかしい」と思う気持ちが強かったですね。
 
──寺尾さんが社会的なフェアネスを大切にしていることは、「ある絵描きの歌」や「アジアの汗」などホームレスのおじさんのことを歌った曲などに顕著ですが、その他にも「ビッグイシュー」(ホームレスの自立支援を目的とした雑誌)を一般に広めるために「りんりんふぇす」を開催するなど、寺尾さんの音楽活動の大きな柱とも言えるものです。「楕円の夢」のミュージック・ビデオにも出演している「ソケリッサ!」(路上生活者と元路上生活経験者で構成された舞踏グループ)とは、このアルバムの発売ツアーを一緒に行っていますが、ソケリッサ!とはいつ出会ったんでしょうか?
 
寺尾 最初は「ビッグイシュー」で読んで、りんりんふぇすで共演したのが最初でした。
 
──いきなり共演だったんですね。共演した印象はどうでした?
 
寺尾 凄かったです。観る前はホームレスのおじさん達によるコミカルだったり感動的だったりする表現かと思っていたんですが、全く次元の違う踊りですごく驚きました。涙が出るんだけど、なんで涙が流れるのかわからない。ソケリッサ!を立ち上げたアオキ裕キさんは元々華やかな芸能界でダンサーの仕事をしていた人なんですが、ある時それを辞めて、ホームレスの人達の表現を見たいと思い、今の活動を始めた人なんです。それもすごいですよね。アオキさんの考えてることって私の考えていることと近くて、表現っていうのはすべての人のものというか、特殊な技で人を驚かすことができる人だけがやるものではなく、もっと身近な、普通の人が持っている表現の力を見てみたいという考えなんです。
 
──そもそも寺尾さんがミュージシャンを目指すきっかけとなったのが、大学時代に山谷の炊き出しで絵描きの坂本さんに出会ったことが大きいんですよね。当時「ビッグイシュー」を友達に薦めて変わった人と思われたこともあったそうですが、基本的に今やってることと変わってないですね。
 
寺尾 いつも自分が一番気になっていることを人に伝えたいとう気持ちが大きいです。ただ「聞いて!」って程の強引さはなくて、さりげなく伝えて相手の反応を見るみたいな感じでやってますが(笑)。
 

まずは現場の声を聞くことが一番大切

 
──『原発労働者』についてお聞きしたいのですが、もともと本にしようと思って取材を始めたのですか?
 
寺尾 本の最初に登場する弓場さんの取材をしたのが2011年の8月ぐらいで、その後4人ぐらいに取材できたので、これは本にできるかなと思って講談社の人に相談しました。編集の川治さんは、いま原発の本は出版界であまり売れないという状況だけど、原発の現場の声を伝えるという本は少ないので、これは絶対に出すべきだと言ってくれました。原発の是非を問うにしても、まずは現場の声を聞くことが一番大切だということをすぐに分かってもらえてよかったです。ただ、原発の中のことって、既に原発の仕事を辞めている元作業員の方なら話してくれる人もいますが、若い人や今現在働いている人の話を聞くのはとても難しかった。
 
──『原発労働者』には若い作業員として水野豊和さんと田中哲明さん(どちらも仮名)が登場しますが、コンタクトには時間がかかったみたいですね。
 
寺尾 かなり探しました。水野さんはいわき市議の方から紹介してもらって、田中さんはユニオン(個人で入れる労働組合)に問い合わせて連絡をもらいました。ただ田中さんは具体的に住んでる所とか出身地とかはやっぱり話してもらえませんでしたね。
 
──こうして1冊の本にまとまったわけですが、どんな気持ちですか。
 
寺尾 原発労働者への取材は続けてやらないといけなんだなって思いました。まだ7、8人の声を拾っただけですが、これは原発の労働現場の一部なので、もっと多くの人の話を聞きたいです。あと「公然の秘密」とされながらも多くの作業員が目撃している外国人労働者にも取材してみたいんですが、そこまで深入りしちゃうと身の危険があるかも(笑)。追加取材で単なる技術者の外国人も多いと分かってきたのですが、暴力団なんかも絡んでいるし、それが外国人労働者のすべて、とも言い切れないのかなと感じています。
 
──「食うに困った若者が最後に行き着くのが戦場と原発」とも言われてますが、米国では社会問題化している経済的徴兵制が、日本でも集団的自衛権を行使しようという動きなどで、だんだん現実味を帯びてきているのが怖いですね。
 
寺尾 ここ1年ぐらいであっという間にここまで来た感じですよね。すごい速いなって思う。
 
──寺尾さんの場合、社会から疎外されてしまうマイノリティに対する想いが強いと思うのですが、自分が鬱になってしまう心配はありますか?
 
寺尾 自分が鬱になったりはしないと思いますが、最初の頃は「楕円の夢」をライブでまともに歌えなくて、いつも(歌詞の)字面を追って歌ってました。そうしないと余計な感情が入り込んできて歌えなくなるから、ひたすら字だけを見て歌っていました。ようやく最近は歌っていても大丈夫になりましたけど(笑)。
 
 
寺尾が歌手になるきっかけとなった土方の坂本さんとの出会いについて、彼女は著書『愛し、日々』の中でこう書いている。
「誰かと出会うことってそういうことだろうと思う。『彼ら』が『あなた』になるって、そういう簡単で単純で、でもパワーが満ちてくるような、あたたかな出来事だ」
 
心を病んだ友達の横でもらい泣きすること。原発労働者について「ひとごと」ではなく「わがこと」として感じること。こうした単純で細やかな行いを淡々と続けていくことが寺尾紗穂の表現活動にとって一番大切なことなのだろう。是非、多くの人が彼女の作品に出会ってくれることを願わずにはいられない。
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楕円の夢/寺尾紗穂

Pヴァイン・レコード / 3,024yen

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(収録曲)
1. 停電哀歌
2. 迷う
3. 風と小説
4. 朝になる
5. いくつもの
6. 愛よ届け
7. リアルラブにはまだ
8. 私の好きな人
9. あの日
10. 楕円の夢

原発労働者/寺尾紗穂

講談社現代新書 / 821yen

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(目次)
序 章 三十年間の空白
第1章 表に出てこない事故
第2章 「安全さん」が見た合理化の波
第3章 働くことと生きること
第4章 「炉心屋」が中央制御室で見たもの
第5章 そして3・11後へ
第6章 交差した二つの闇
終 章 人を踏んづけて生きている

LIVE INFOライブ情報

8月15日 仙台
楕円の夢ツアー
 
8月22日
楕円の夢ツアー
 
9月6日 福岡
楕円の夢ツアー
 
9月19日 世田谷区民会館
戦後70年 音楽は自由をめざす
共演:佐藤タイジ、他 →詳細
 
9月20日 高知
楕円の夢ツアー
 
9月21日 神戸
楕円の夢ツアーファイナル
 
9月26日 鳥取
楕円の夢ツアー追加公演
 
9月30日 代官山晴れたら空に豆まいて
”to Exit”〜終夜灯〜
共演:小谷美紗子 →詳細
 
10月4日 青山梅窓院
りんりんふぇすvol.6
 
10月25日 島根
共演:向井秀徳
 
10月31日 新潟
 
12月26日 永福ソノリウム
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