2014年に結成30周年を迎え、「俺達いつでもロックバカ!」を合言葉に日本のパンク・ロックの最前線を今なお走り続けるニューロティカ。そのフロントマンでありボーカリスト、唯一のオリジナル・メンバーでもあるイノウエアツシの日常生活に迫ることでバンドマンの光と影を浮き彫りにしたドキュメンタリー映画、その名もズバリ『あっちゃん』が4月18日(土)から劇場公開される。誰もが唄えて踊れるパンク・ロックと軽妙なトークでみんなを笑顔にさせる稀代のエンターテイナーの夢と現実、バンド・ブームの終焉や相次ぐメンバーの脱退など逆境に曝されてもバンドを続けていく意地と覚悟が全編にわたり描かれ、今まで決して語られることのなかったアツシの思わぬ"告白"が深い余韻を残す快作だ。
劇場公開を目前に控え、主演男優(!?)のアツシ、プロデューサーのナボ、監督のナリオに本作の見所、制作にまつわる四方山話をたっぷりと聞いた。(interview:椎名宗之)
──今回の映画の言い出しっぺはナボさんなんですよね?
ナボ:そうです。ニューロティカが結成30周年を迎えるにあたって、普通にアルバムを作ったりツアーを回ったりするので終わるのはもったいないし、せっかくの記念の年だから他に何かやりたかったんですよ。俺はこれまでにバンドのDVDも作ってきたし、お菓子屋の若旦那としてのあっちゃんにフォーカスを当てたDVDを作ろうかなとも思ったんだけど、この際だから「映画を作ってみない?」とメンバーに提案したんです。最初はみんな「エーッ、何を言ってるんだ!?」って感じだったんだけど。
アツシ:30年間、ヒット曲もないバンドの映画だなんてね(笑)。
ナボ:最初の構想としてあったのは、あっちゃんをスーパーマンみたいに描きたいなと。普段は新聞記者として働くクラーク・ケントが、スーパーマンになって人助けをする姿があっちゃんと重なったんです。平日は八王子のお菓子屋で地味に働いてるのに、週末になるとピエロに変身してステージに立って、みんなを喜ばせて大きな歓声を浴びるっていうのがね。その二面性が面白いし、それを世に広めたいっていうのが一番の制作動機でした。
──そんなナボさんからのオファーを受けて、あっちゃんは当初二の足を踏んでいたそうですが。
アツシ:自分が映画に出るなんて恥ずかしいですからね。私生活を撮られるのが恥ずかしいんじゃなくて、おこがましいという意味での恥ずかしさがあったんですよ。僕の日常が映画館のでっかいスクリーンに映るなんて大それたことだし、もしやるにしても新宿ロフトのスクリーンぐらいでちょうどいいでしょ? って言うか(笑)。でも、ナボちゃんとナリオがあくまで劇場で公開することにこだわっていて、僕の気持ちも徐々に変わっていったんです。結果的には映画の完成に向けて2年ぐらい時間と労力を費やして、こうして作品として残せたのは素晴らしいことだなと思ってますね。
ナボ:そう、まず完成に漕ぎ着けたこと自体が凄いよね。それはもう、この映画を応援してくれた皆さんのお陰ですよ。最初は規模的にも全国のライブハウスで上映するのがやっとだろうなと考えてたし、こんなにたくさんの劇場で公開できるなんて思わなかったんです。
──ナリオさんを監督に起用したのはどんな理由で?
ナリオ:他に誰もいなかったからです(笑)。
ナボ:すいませんね(笑)。ナリオはニューロティカのMVやライブDVDを手がけてくれたこともあるし、プライベートでも20年ぐらいの付き合いがあるので。たとえばあっちゃんがカメラを向けられた時に必要以上に気を遣うような人じゃないほうがいいし、誰を考えるまでもなく、ナリオしかいないと思ったんです。
ナリオ:《ふじや》の店の前を撮影してる時、あっちゃんに「撮影に来てるならゴミぐらい拾いなよ」って言われるぐらいの仲なので(笑)。
アツシ:ゴミを拾うのは、人として当然のことですからね(笑)。
ナボ:でも、あっちゃんはそれほど親しくない人にはそんなこと言わないだろうし、黙って自分で拾うよね。そうじゃない関係性が理想だったんですよ。
──他でもないナボさんからの依頼を受けて、ナリオさんは二つ返事で引き受けたんですか。
ナリオ:これは今までどのメディアにも話してなかったんですけど、ニューロティカのドキュメンタリー映画を撮りたい構想が僕のなかで3、4年ぐらい前からあったんです。まだシズヲさんがいた頃ですね。
──ナボさんの構想とはまた別に。
ナリオ:はい。でも予算がなかったから、東京カルチャーカルチャーの店長のシンスケ横山(元ロフトプラスワン・プロデューサー)に「一緒にニューロティカの映画を作らないか?」と出資を持ちかけたことがあるんですよ。まぁ、反応は全くのスルーでしたけどね(笑)。でもだからこそ、今回こうして映画を完成することができたのがとても嬉しいんです。
──映画の資金調達をクラウドファンディングで募るのもナボさんの発想だったんですか。
ナボ:milktubがBlu-rayディスクを作るのにクラウドファンディングを使って、970万円ぐらい集めたって話を聞いたんです。CDならだいたいの予算が分かるけど、映画となるとどこまでお金がかかるか分からないし、これはクラウドファンディングを使ってみたいなと。ちょうどニューロティカが結成30周年、あっちゃんが50歳になるタイミングだったし、ファンの人たちも賛同してくれるんじゃないかと思ったんですよね。
──フタを開けてみれば、当初の目標金額だった375万円を大幅に超える940万3,669円が集められたそうですね。日本のクラウドファンディング史上、自主制作映画では過去最高の資金調達額で、2014年度の《CAMPFIRE》総合記録でも第2位になったとか。
ナボ:『日経トレンディ』にも取り上げられちゃって、ビックリしましたね。
アツシ:それはとても有り難いことなんですけど、集められた額を聞いて、いよいよ後には引けないなと思ったんですよ。これはもう腹を括るしかないな、って。
──映画の製作のどんな部分に一番お金がかかるものなんですか。
ナリオ:僕が稼動した撮影費、編集費、交通費などの諸経費に加えて、MA(仕上げ)の作業や音の調整の費用もかかりますよね。でもそれ以上に重要なのは、宣伝にどれだけお金を使えるかなんですよ。と言うのも、今回の作品はニューロティカをよく知ってる人たちにはもちろん見てもらいたいんですが、それ以外の人たち…何となくバンド名は知ってるとか、バンド・ブームが青春だったとか、そういうコアなファンじゃない人たちにも広くアピールしたいんです。バンド・ブーム時代の裏話も知ることができると思うので。そのためにも宣伝の力が必要なんですよ。
──同業のバンドマンもあっちゃんに夢を託すべく出資した方がたくさんいたそうですね。
ナボ:有り難かったですね。怒髪天と一緒にライブをやった時、増子(直純)ちゃんがいきなりポン!っとお金を渡してくれて。あれはビックリしました。
アツシ:ケタが一個違ったからね。
ナリオ:匿名で凄い金額を振り込んでくれたバンドマンもいましたね。
アツシ:そんなことがあったので、余計に気が引き締まったんですよ。これからもやっぱり恩返しの人生なんだなと思ったし、みんなを笑かしてナンボだ! って言うか。みんなのためにやることは自分のためにもなりますからね。
──トータルであっちゃんの日常をどれぐらい追いかけたんですか。
ナリオ:撮影は1年半ですね。あと、編集に半年かけて。
──1年半ずっと密着されることに煩わしさを感じたりは?
アツシ:店先でお客さんとやり取りしてる時とか、問屋で作業してる時はちょっとあったかな。事前にアポを取らないで問屋に行ったものだから、「商品を撮らないで下さい」って注意を受けたりしましたね(笑)。
──ピエロ姿のあっちゃんしか知らないファンの人には、お菓子屋の仕入れであくせく働く姿が衝撃でしょうね。
ナボ:俺もあっちゃんがお菓子屋として働いてるのをちゃんと見たのは初めてだったんです。「お菓子の袋詰めがあるからリハに行けないや」って連絡をもらうことがよくあるんだけど、その袋詰めの作業がどんなものかがやっと分かった。あれは大変な手作業だね。
アツシ:袋詰めしてるところを撮った後に、ナリオたちに袋詰めを手伝ってもらいました。「間に合わないからやってよ」って(笑)。
ナリオ:やりましたね。そうやってあっちゃんの日常を追っていくことで作品として形になると最初は思ってたし、自分のなかで物語の起承転結があったんですよ。でも、お菓子屋の撮影をすればするほど平凡な日常で、僕が思い描いていたドラマティックな出来事は何ひとつ起こらないことに気がついて(笑)。これでホントに作品になるのか不安でしたね。
ナボ:俺はお菓子屋のシーンをもっと使って欲しい、バンドの比率と同じぐらいにして欲しいってナリオにリクエストしたんだけど、どこにでもあるお菓子屋で凄い事件が起こるわけがないからね(笑)。
ナリオ:基本的にあっちゃんが店に立ってるわけでもないし、接客するのはお母さんですからね。あっちゃんは問屋に仕入れに行って、仕入れたお菓子を店に陳列したり、配達したりするぐらいなので。