8月18日(月)、「〜宗右衛門町音楽祭2014〜フリーペーパーpapua主催『パプアプラスワン祭』」。ロフトプラスワン ウエスト初登場となった金 佑龍(キム ウリョン)。フィッシュマンズの名曲「ナイトクルージング」カバーアナログ盤のリリースツアー中、地元大阪でありのままを語ってくれた。(interview:松本尚紀/LOFT PLUSONE WEST)
音楽へと導いた「ナイトクルージング」
──6月に発売されたフィッシュマンズの「ナイトクルージング」のカバーアナログ盤について、教えて下さい。
金:cutman-boocheというバンドをやってたんですけど、それを解散した時に音楽をやめようか悩んでたんです。その後3.11の震災が起きて、すごく気持ちが暗く落ちてしまって。その時期に、友達にもらったCDを聴きながら夜に散歩してたら、たまたま「ナイトクルージング」が流れてきたんです。自然と感情が全部溢れて、同時に癒されて。それですごく救われました。
──ナイトクルージングとの出会いということですか。
金:はい。この曲で救われた自分がおるから、それをもっと伝えたいって思って。そこから震災の影響を受けた場所で、一人でライブをするようになって「ナイトクルージング」を歌い始めたんです。
──「ナイトクルージング」で、音楽とまた向き合ったんですね。
金:はい。そこから旅をして、お世話になった所でライブをして。それで帰って来た時に、やっぱり自分には音楽しかないって感じました。それで一人でできるところまでやってみようって思ったんです。あの時、「ナイトクルージング」を聴いてなかったら、もう音楽をやってないかもしれないですね。
──そんな「ナイトクルージング」をカバーするにあたって、意識して変えた点などはありますか?
金:ないですね。自分が感動した根っこの部分はそのままです。ただ、自分が出したいサウンドにはこだわりました。
──どういったサウンドでしょうか?
金:原曲よりも、もっとヒリヒリした暗い部分を強調しましたね。自分が歌うなら、このサウンドが合うって思ったものにしました。あと、このカバーに関しては賛否両論あっていいと思ってます。もともと僕はフィッシュマンズのことをそんなに知らなくて。だからカバーをできたんです。
──今この時代に、先入観なく純粋に「ナイトクルージング」を聴いて、カバーできたということですね。
金:そうですね。相当なフォロワーがいる曲ですから。先入観や色眼鏡があれば、カバーできていないですね。
──フィッシュマンズの他の曲に関してはどうですか?
金:今はもうカバーとかは無理ですね。「ナイトクルージング」をきっかけに、フィッシュマンズのCDを全部買って聴いて。いかにすごいバンドか、どういったバンドかって情報があるから。安易にはできないですね。
──カバーにあたってフィッシュマンズさんとのコンタクトはあったのでしょうか?
金:「ナイトクルージング」ってフィッシュマンズの曲の中でも有名すぎて、あまりカバーされてないんです。だからフィッシュマンズの柏原譲さんに直談判した時に、是非やってくれという後押しがありました。その後押しのおかげでアナログ盤を出せて、そこでもまた救われましたね。
──レコードを出しているFLAKE RECORDSに関してはどうですか?
金:すごく救われました。FLAKEのダワさんには昔からお世話になってて、レコードを出したいって言ったら、全面的に協力するって言ってくれたんです。だからほんまに皆さんのおかげで出せたと思います。
──その思いは伝わるところには絶対に伝わっていると思います。CDでなくアナログ盤での発売は、どういった思いからでしょうか?
金:いろいろあるんですけど。たとえばCD買ったら、まずどうします?
──パソコンにすぐ入れて、そこからアイポッドで持ち歩きます。
金:ですよね。それってすごい便利なんですけど。音楽をインスタント的な楽しみ方してるかなって思うんです。
──確かに消費的かもしれないですね。
金:レコードをA面からB面に替えるとか、それは愛がなければやらないし。そういう手間をかけられるだけで、音楽が芸術のひとつとして成り立つと思うんです。
──今回リリースされた「ナイトクルージング」にはCDも付属していますよね。
金:はい。そこはアナログに馴染みがない人に歩み寄ったんで、きっかけになればと思ってます。いつか皆さんがアナログを聴いて、音楽を楽しんで欲しいです。
すべてを懸ける“ライブ”
──「ナイトクルージング」のリリース前と後での変化はありますか?
金:ないですね。今は事務所に入ってないから、プロモーション能力がなくて。ラジオで流れたりしないし、広がりが薄いんです。
──それでも佑龍さんが闘えるものってありますか?
金:ライブです。ライブ多いねってよく言われるんですけど、ライブが宣伝やと思ってるんで。ライブで伝えていくしかないんです。人より多く、一人でできることを全力でやるだけです。
──力強い言葉ですね。ソロになって、初めてライブをする場所は増えましたか?
金:そうですね。バンドとは違って、一人やとフットワークが軽いんで。
──大阪でのライブに関してはどうですか?
金:cutman-boocheの時は、関西でそれなりに盛り上がって東京に行きました。でも今は、例えば大阪の街で「金 佑龍って知ってる?」って訊いてもみんな知らんと思うんです。僕は今東京に住んでるんですけど、もう一回金 佑龍すごいぞって。関西のライブが圧倒的に多いんで、そういう盛り上がりを関西で巻き起こしたいです。東京に住んでるから、もちろん東京でも勝負してるんですけど。まずは関西で、高校生や大学生、30代40代のおじさんやおばちゃんも金 佑龍を知ってる。そんなアーティストになりたいです。
──メイストリームで戦うということですね。
金:いつかはそこで頑張ってるアーティストと肩を並べたいですね。でも、テレビに出たいとかそういうことではなく、ライブで勝負していきたいです。ライブバンドっていう表現があるなら、自分はライブシンガーでありたいです。
──ライブシンガー・金 佑龍として、どういうイメージを持ってやっていきたいですか?
金:ブルースやヒップホップ、オルタナもガレージも好きやから、いろんな要素を引っ張ってきて金 佑龍でありたいです。なにがやりたいねんって、人から言われるくらい。それがゆくゆくは、これが金 佑龍やなってなれば良いですね。
──佑龍さんから見た今のメインストリームは、どういうイメージですか?
金:今はアイドルだけがCD売れてるみたいな時代ですよね。でも、だからと言ってルックスが良い人だけが、音楽やっていいわけではなくて。ミュージシャンって暗い人もいれば変態チックな人もいて、その中で才能のある人がたくさんいるんです。でもメインストリームにはそういう人があまりいないから、もっといろんな人がいても良いと思うんです。僕は今メインストリームにはいない人間ですけど、自分の席はあるって思います。俺おってもええやん! って(笑)。
──そのカウンター的な精神は絶対に必要ですよね。大好きです。
金:いろんな音楽がメインストリームへ上がっていく時代がくればいいし。それをみんなが虎視眈々と狙えて、それを応援する理解ある大人の方がいてくれたら嬉しいですね。だからこそ、もっと頑張らないといけないんです。
──その姿勢を音楽として、目の当たりにできるのがライブですね。
金 佑龍とフジロック
──今考える具体的な目標を教えて下さい。
金:わかりやすい目標としては、フジロックのメインステージに出ることです。
──なぜフジロックなのですか?
金:cutman-boocheでフジロックに出た時はメインステージを観て、でかいなあ〜ぐらいにしか思わなくて。でも、去年ソロでサブステージに出てメインステージを眺めてたら、全然できるなって思ったんです。なぜかはわからんけど。気持ち折れずにやれるって、ふわっと感情が湧き起こって。自信過剰とかではなく、自然に思いました。
──その自然な変化はどこからきたんでしょうか?
金:一回音楽をやめようと思ってまたやり始めたんで。ダサいかもしれないですけど、後に引けないっていうのがありますね。自分には音楽しかないから、道筋が前しかないんです。これで中途半端に音楽やるなら、人生終わりかなって思ってます。それぐらいの覚悟がないとできない世界ですしね。まぁ適当なところもあるんですけど(笑)。音楽をやること、本番に関しては全力でやってます。
──前しかない状況での覚悟ゆえの変化ということですね。フジロックそのものへの特別な思いはありますか?
金:素晴らしいフェスはたくさんありますけど、フジロックほど自分から動かないと楽しめないフェスはないって思います。寝床の確保から、天候対策とか。見たいステージを移動するだけでも体力がいるし。参加してる皆に、能動的な姿勢が求められるんです。そういう姿勢は音楽への愛があるからできるものやと思います。
──それは出演者も感じるものですか?
金:そうですね。環境の整った参加しやすいフェスはたくさんある中で、お客さんが体力やお金を使ってライブに向かってきてくれるんで。それは愛の大きさかなって思ってて、だから好きなんです。もちろん出たいフェスはたくさんあるんですけど、フジロックは思い入れが強いです。