キノコホテルの最新作『マリアンヌの呪縛』は、従業員の退職と中途採用により再建を果たしたのが吉と出たことを如実に物語る作品である。と同時に、創業史上最高のクオリティを誇るこの出色の出来栄えに驚きを禁じ得ない。これまでの諸作品でも揺るぎない独創性と高い志は貫かれており、本作もその延長線上にある作風だと言えるのだが、頭ひとつ抜きん出た手応えが間違いなくあるのだ。たとえばマリアンヌ東雲が「歌謡曲路線に敢えて回帰するつもりで書いた」という「冷たい街」にしても、結成当初の同路線とは似て非なるものであり、バンドが一貫して志向する"ありそうでなかった音楽"がかなり理想的に具象化されているのを実感する。
美しい花には毒があると言うが、スリリングなアンサンブルと艶かしい歌声で聴き手を金縛りにするキノコホテルの音楽が本作でさらに毒素を増したことは確かだ。一度体感すれば抜け出せなくなる中毒性も倍増している。だが、これだけの至福を味わえる魅惑の音響呪縛なら、いつまでも耽溺しているのも悪くないと僕は思うのだ。(interview:椎名宗之)
楽曲づくりの時期が幸せに溢れていた
──先日はオープンしたばかりのロフトプラスワン・ウエストで「スナック東雲」を臨時営業して頂いて、大変お世話になりました。
マリアンヌ東雲(以下、M):お陰様で大盛況でした。例によってだいぶ呑んでいたので、イベント自体、いつ終わりになったのか自分でもよく分からなかったんだけど(笑)。最後は後方のカウンターで呑んでいたら地元の胞子たちに囲まれて、友好を深めたりもして。そこで座っていた高い椅子から転がり落ちて、胞子たちに助け起こされたりもしたわ(笑)。
──なんでも、5年間愛用していた乗馬鞭をトーク中にへし折ったそうですね(笑)。
M:以前、ロフトプラスワンでやったトークライブ(『マリアンヌの憂鬱』発売記念イベント「キノコホテル・アルバム発売前夜祭〜女のコはキノコが大好き」、2010年2月2日)の映像を流したんだけど、それにメンバー紹介のビデオが入っていて、旧従業員の顔がスクリーンに大映しになった瞬間、持っていた鞭がパキーン!と折れちゃったのね。凄いタイミングだったの(笑)。それをそのまま客席に投げ込んだんですけど。まぁ、ああいうイベントもなかなか面白いし、たまにやるぶんにはいいわね。
──是非またよろしくお願い致します。さて、インタビューの本題である待望の最新作『マリアンヌの呪縛』なんですけれども。分かりやすくも端的に言えば、これ、キノコホテルの最高傑作と断言していいんじゃないでしょうか。
M:ワタクシもそんな気がするの。本当にいい作品をつくれたと思うわ。
──ジュリエッタ霧島さん(電気ベース)の加入によってバンドが格段の進化を遂げたのは誰もが認めるところだと思うんですが、この作品の尋常ならざるクオリティと突き抜け具合はそれだけが理由じゃない気がするんですよね。
M:プライベートでのさまざまな心境の変化とか、そういうのは確かにあると思う。なんと言うか、このアルバムの楽曲づくりの時期は凄く幸せに溢れていた気がする。
──これまではスタジオで歌詞やアレンジを急造して締切に間に合わせるという、綱渡りのような曲づくりが多かったですよね(笑)。
M:そういうのは今回も何曲かあるけど(笑)。「恋の蟻地獄」とか「完全なる支配」とかね。オケはもう出来上がっていて、あとは歌をのせるだけなのに、歌詞が全然出来ていないっていう。今回はオケのパートが凄くスムーズに進んだので、スケジュールが若干巻き気味だったの。歌は最後のほうに日程を取ってあったんだけど、予定より1日半くらい早く進んでしまったものだから、「次の回で歌を入れられるんじゃない?」なんてスタッフから言われちゃったの。でも、まだ歌詞が出来ていなかったからその日は休みにすることにして、巻きになるのを一生懸命阻止したわけ(笑)。
──それくらい順調なペースで進んだレコーディングだったと。
M:バンドのパートの録音は順調でした。「ばら・ばら」や「セクサロイドM」みたいにすでに実演会でも披露している曲もあれば、「肉体と天使」や「完全なる支配」みたいに今年に入ってから出来た完全に未公開の曲もあって、出来たての曲をキチッと練る時間があまりなかったのよね。でも、各パートがそれぞれ少ない時間のなかで自分なりのフレーズをちゃんと考えてきてくれたの。その辺は彼女たちに任せて、ワタクシの個人作業に集中できたのは良かったと思う。
──ベーシックなバックトラックを任せられるほど、今のキノコホテルがすこぶる良い状態にあるということですよね。
M:キノコホテルを始めた頃に比べると、ワタクシもあれこれ口うるさいことを言わないようになったわね。やっぱり、ジュリ島の加入が大きいと思うわ。たとえばスタジオで曲を合わせていて、「そのベース・ラインはちょっと違うわ」とか「もっと他にアイディアない?」とワタクシが言うと、彼女はその場で臨機応変に対応してくれる。これが過去の従業員なら「1週間待って下さい」なんて言われたでしょうね。
──冒頭の「ボレロ昇天」を聴いただけで電気ベースの劇的な変化を実感しますからね。音が図太くて重い、実に安定したプレイで。
M:いい意味で重厚感があるし、聴いていて気持ちが良い。前任が割と横ノリだったのに比べて、ジュリ島は縦ノリで前のめりな感じなのね。それが今の実演会でやっている楽曲なり、今回のアルバムの収録曲なりに凄くマッチしている。彼女のベース・スタイルが曲づくりに反映されてきたこともあるでしょうね。
バンドとしていい時期にあるのを実感している
──ジュリ島さんが触媒となってファービーさん(ファビエンヌ猪苗代/ドラムス)の腕も上がってきたし、ケメさん(イザベル=ケメ鴨川/電気ギター)のプレイも引き出しが増えたように思えるんですよね。
M:ケメのプレイも幅が出てきたわね。ファービーには「曲のスピード感にしても何にしても、ジュリ島のベースを基準にするから、そこに合わせるように」と言っておいたの。今までファービーが得意としていたグルーヴ感とは違うものを求められたわけだけど、それでも1人で一生懸命練習して付いてきてくれた。そんなこともあって、一段とアンサンブルに磨きが掛かったんじゃないかしら。
──「肉体と天使」では、頭打ちのリズムから始めるというファービーさんのアイディアが珍しく採用されたそうですね。
M:頭を4つ打ちで始めるっていう、ただそれだけのことなんですけどね。ファービーが出してくるアイディアはいつも即却下ですので(笑)。彼女も採用当初は自分のプレイで一杯いっぱいだったけど、最近は自分のプレイを含めたバンド全体のバランスを俯瞰で捉えられるようになってきた。だからこそ採用されたアイディアなのかもしれないわね。
──「冷たい街」の中盤で聴けるケメさんの胸を衝くギター・ソロ、あれも今までありそうでなかったフレーズだと思うんですよ。
M:そうなのよ。こういうフレーズもつくれるんだなっていう発見がギターにもあったの。今までの作品ではGS調のファズや彼女が好きなサーフ・インスト系の両極を力技で弾き倒すスタイルだったんだけど、今回はケメもだいぶ幅を広げてきたんです。「恋の蟻地獄」の中間でもちょっとオリエンタルなフレーズが入ったりして。あれもケメから出たアイディアで、今までの彼女ならなかったアプローチですね。
──各従業員からのアイディア出しは、今回が過去随一でしたか。
M:そうかもしれない。1人ひとりがいい意味で自己主張をしつつ、あくまでキノコホテルとして「これはどうか?」とアイディアを出すという軸はブレなかったわね。その意味では、3人がそれぞれ趣向を凝らして制作に取り組むようになった作品と言えるかもしれない。
──より強固になったアンサンブルの一体感や生々しい音の質感を聴くと、レコーディング作品が実演会で感じられる熱量と興奮の度合いにだいぶ近づいたのを感じるのですが。
M:一昨年の頃は4人がプレイヤーとしてまだ成熟していなかったので、一種の逃げ道としてライブ感を重視したり、粗削りな部分も良しとしていたわけ。でも今回は、録音物として丁寧につくり込みながらも、生のステージの熱量を感じさせることにも成功していると思う。まぁ、キノコホテルも今年で創業から7年が経ちますからね。従業員の変遷は多々あったけれど、それなりに成熟期を迎えたことも多分に関係しているんでしょう。バンドとしていい時期にあるのも実感しているし。
──これだけ真に迫る音を具象化できたのは、エンジニアの南石聡巳さんの力に負うところも大きかったんじゃないですか。
M:そうね。南石さんとはだいぶ話し込んで理想とする音づくりを形にしていきました。それまでの中村宗一郎さんがエンジニアを務めて下さった音源を南石さんに資料としてお渡ししたんですけど、従来のキノコホテルは脇に置いておいて、一からつくり上げる感じにしたかったの。それでけっこう我が侭を聞いて頂いて。
──音づくりで一番気を留めたのはどんなところだったんですか。
M:ドラムの音色をつくるのがけっこう大変だった。ファービーにスネアを3種類ほど持ってきてもらって、曲によってどんな音色がいいかをテストしながら決めていったんだけど、いざ叩いて録ったものを聴いてみると違和感が残る。ドラムはトラックダウンの時でも音をいろいろいじったし、凄く難しかったわね。ドラムの聴こえ方次第で、だいぶ曲のイメージが変わってしまうので。
──トラックダウンが難航を極めたという「ばら・ばら」でもドラムの音で苦戦したんですか。
M:「ばら・ばら」のミックスは凄く大変で、まさに“ばら・ばら”地獄でした。南石さんとコーディネーターの方とアシスタントの方とで、もう何時間も「ばら・ばら」を聴き続けて発狂するかと思ったわ(笑)。それも原因はドラムの音で、音色のニュアンスの持っていき所が凄く難しかったの。ああいう疾走感溢れるリズムだから、ヘタするとダメなハード・ロックっぽくなると言うか、悪い意味での80's調に聴こえてしまうわけ。