昔感じた恩義を僕らなりに返したい
──シェルターと言えば、やっぱり打ち上げや深夜のパブタイムを抜きに語れないと思うんですが。
木下:あの頃は新宿ロフトでの打ち上げもそうだったけど、とにかくブッチャーズの吉村(秀樹)さんにかましをガンガンに入れられてましたね(笑)。「おい理樹! 椅子取りゲームをやるぞ!」とか突然言われて(笑)。2人で椅子取りゲームですよ? 椅子が1個しかなくて。吉村さんがスタッフに「音楽かけろ!」って言って、メタリカが大音量でかかるんです。それでゲームが始まると、吉村さんの動きが凄く遅いんですよ。「これ、俺が座っちゃっていいのかな?」とか思ってると、吉村さんが急に駆け込んで座って「やったー!」なんてはしゃいでる。「なんだこの人!?」って思いましたよ(笑)。でも、吉村さんにはホント可愛がってもらいましたね。
──シェルターでの打ち上げが縁で対バンや企画が決まるようなこともありましたか。
木下:インディーズの頃はありましたね。メジャーになってからは、お酒の席と仕事をなるべく分けるようになったんですよ。それは尊敬するビートたけしさんの流儀を真似たんですけど(笑)。どれだけ古い付き合いでも、その親しさを仕事に持ち込まないっていう。
──なるほど。同世代との対バンだと馴れ合いが出てくるかもしれないけど、世代が離れた対バンなら程良い緊張感が生まれますよね。今回の10daysのねらいが見えてきました。
木下:僕らも昔、先輩バンドの企画に誘ってもらえた時は凄く嬉しかったんですよ。まだ全然売れてない時にブッチャーズやピールアウトが企画に呼んでくれたりとかして。若手のバンドを中心に誘ったのは、その恩義を僕らなりに返していきたいっていうのが一番の理由かな。この対バンをきっかけにそれぞれのバンドがもっと大きくなって欲しいという願いも込めて。
戸高:それと、自分たちが地に足を着けてバンドをやっていることを確認する作業みたいな感覚もあるんですよ。その感覚は若手のバンドと対バンすることで、より明確になるんです。
──バンドをやっていることの再確認と言えば、3月に発表した5,000枚限定のミニ・アルバム『The Alchemist』は、有機的なバンドとしての一体感を強く感じさせる骨太な作品だったじゃないですか。正規のメンバーは今や木下さんと戸高さんだけなのに、以前に増してバンド感が出ている。あれはどういうことなんだろう? と思って。
木下:だって、サポートのリズム隊は元NUMBER GIRLとMO’SOME TONEBENDERですよ?(笑)
戸高:“ザ・バンドマン”って感じだからね。
木下:あの2人に対して僕らがとやかく言うことなんて何もないですよ。せいぜい「曲を覚えて下さい」ってことくらいで(笑)。
──中尾さんと藤田さんをコントロールしている木下さんと戸高さんの手綱の握り具合が絶妙なんじゃないですか?
戸高:いやいや、全然コントロールできてませんから(笑)。逆に「好きにやって下さい」みたいな感じなんですよ。昔の曲でも好きなように弾いて、好きなように叩いてくれって感じで。
木下:あの2人を誘ったのは僕でしたけど、最初から尊敬の念を持ってますからね。2人ともリハーサルで初めて音を出した瞬間に「すげぇな!」って純粋に思ったし。一音の鳴りが桁はずれに違ったので。
──『The Alchemist』という作品にせよ、今回のシェルター10daysにせよ、バンドとしての原点に立ち返るという共通したテーマがあるのかもしれないですね。
木下:その意味で言うと、今制作中の作品には何らかの影響があるかもしれないです。
戸高:うん、間違いなくあるだろうね。
──それにしても『The Alchemist』の発表から間を空けずに次の作品の制作に入るなんて、同世代のバンドと比べても多作ですよね。
戸高:でも、バックホーンとかはコンスタントに作品を発表しているイメージがありますけどね。いつもレコーディングに入ってる印象がある。
木下:ツアーも絶え間なくやってるもんね。この間、ベースの(岡峰)光舟に聞いたら34、5本目とか言ってたし。
戸高:そうやって同じ中堅どころのバンドが歩みを止めずに作品をリリースし続けているのは凄く健全だと思いますよね。
木下:そうだね。ASIAN KUNG-FU GENERATION、ストレイテナー、バックホーン、フルカワユタカとか同世代のバンドマンが頑張ってるのを見ると励みになりますよ。どれだけ才能があっても芽が出なかったり、消えていってしまったバンドマンのほうが圧倒的に多いわけですから。この間もACIDMANのドラムの(浦山)一悟と道でバッタリ会って、ヘンな沖縄居酒屋で2人で呑んだんですよ。GUY呑みしながら「俺たちは兄弟だ!」なんて言って(笑)。その時に、自分たちがバンドマンとして生き残れた感慨みたいなものがあったんですよね。
「もう少しだけ高く跳びたい」と思い続けて13年
──ART-SCHOOLも気がつけば結成から13年が経って、いろんな事情で活動を終えたバンドを数多く見送ってきたでしょうしね。
木下:僕は98年くらいに上京して、2000年にART-SCHOOLを始めて、トディ(戸高)が入ったのが2004年。来年でもう10年だもんね。
戸高:リッキー(木下)を除けば、歴代のART-SCHOOLのメンバーの中で僕が一番長いことになるんですよ。
木下:僕自身はART-SCHOOLを長く続けたいと思ってやってきたわけじゃなくて、「もう少しだけ高く跳びたい」といつも思いながらここまで来たって感じなんですよね。
──でも、KARENでもkilling Boyでもなく、あくまでART-SCHOOLだから為し得る表現があるからこそ今日までバンドが続いたのでは?
木下:うん、そうなんでしょうね。
戸高:それとやっぱり、ART-SCHOOLの音楽を求めてくれるお客さんの存在があるからこそ続いてるんですよ。
木下:ホントにそうだね。お客さんに支えられながら、何とかしがみついてやってますよ。
──中尾さんと藤田さんを正規のメンバーとして迎え入れる発想はないんですか。
木下:だって、僕はやっぱりMO’SOME TONEBENDERが好きですしね。
戸高:ナカケンさんはナカケンさんでCrypt Cityがあったり、プロデュース・ワークがあったりするので。だからART-SCHOOLのスケジュールを優先的に押さえるよりも、いろんな活動を通じてアウトプットしてもらったほうがいいと思うんですよ。
木下:うん。彼らのことを考えると僕もそのほうがいいと思う。
──ただ、中尾さんと藤田さんが参加した『BABY ACID BABY』や『The Alchemist』には一切のブレがない音の潔さが貫かれているし、木下さんと戸高さんが理想とするバンド・サウンドがかなりの精度で確立されていると思うので、何だか惜しい気もするんですよね。
木下:『BABY ACID BABY』も『The Alchemist』も、業界内で凄く評判がいいんですよ。友達や周りのミュージシャンが「実はあれ凄く好きなんだよ」って言ってくれて。うねりやグルーヴ、硬質感が前よりも格段に増したと自分でも思うし。
戸高:その2枚は、まるでバンドを始めた頃のような気持ちになれたのが作用したんじゃないですかね。
木下:カタギの仕事じゃないですからね。誰かにやれと言われてやる職業じゃないし、ただ苦しいことだけが続くのならとっくにやめてますよ。
──木下さんは『MUSICA』でライターとしても活躍していますが、そこで知り得る若いバンドの音楽に刺激を受けている部分もありますか。
木下:それはありますよね。きのこ帝国やTHE NOVEMBERSなんかは名前が浸透する前から好きだったし。特にきのこ帝国はUK. PROJECTからCDが出る前、まだ自主でやってた頃にイベントに誘いましたからね。ART-SCHOOLのマネージャーだった人に勧められて彼らのライブを見て、素直にいいなと思って。稚拙な部分は確かにあるけど、根本にある才能がそれを補って余りある感じだったんです。それはTHE NOVEMBERSを最初に見た時も同じで、何か一緒にやれたら面白いなと思ったので彼らとはスプリット・ツアーをやったんです。
──そうやって若手をすくい上げる中堅どころのバンドって、最近ではあまり見かけませんよね。
戸高:コンスタントにすくい上げてるのは僕らくらいじゃないですかね。
木下:同世代のバンドを見渡しても少ないですよね。何をそんなに一生懸命やってるんだろう? って気がしないでもないけど(笑)。
戸高:単純にそういうのが好きなんでしょうね。
木下:それだけだね。尊敬できるバンドと何か面白いことを一緒にやるのが楽しいし、そこに年齢は関係ない。