阿佐ヶ谷ロフトAのライブシリーズ「描き語り」が人気のイラストレーター、キン・シオタニさん。彼が毎週、気の向くままに町をめぐるテレビ番組が「キンシオ」。120回以上続く人気番組は、本人曰く「散歩番組というより旅番組」。そんな「旅する」感覚で巡れば、一見無個性に見えるロードサイドも、全く違う姿に見えてくる。(今田壮[風来堂])
なんでもない幹線道路へ
何かを見つけに行こう
──そもそもどういう経緯で、「16号の旅」になったんですか?
テレビ神奈川で3年前から出演している、レギュラー番組「キンシオ」で、「あいうえおの旅」とか「県境の旅」とか、いろいろなテーマで旅をしていたんですね。
それで、ある時に横須賀に行った時に、そこに国道16号が走っているのを知って。別の機会に千葉の野田でも16号を見つけて。僕は吉祥寺在住なので16号といえば、八王子~福生~川越あたりを走っているイメージだった。それで調べてみたら、16号が横須賀の走水から千葉の富津まで、首都圏をほぼ一周するみたいにつながっていることがわかったんです。
司馬遼太郎の『街道をゆく』だと、歴史的な道ばかりだけど、16号はただの幹線道路。それを行ってみるのは「キンシオ」っぽいんじゃないかと。なんでもないただの幹線道路から、何かを見つけに行こうってなったんです。
──端から端までで、250kmぐらいですよね。
そうです。だから、時速60km位でいけば、5時間もかからない。それを5日間かけてまわってみたら、面白いんじゃないかって。
地元の人達が食べている
ローカルフードが好き
──じっくり時間をかけて進んでゆくと、いろんな発見がありますね。首都圏でも町が変わるだけで、食べ物も、あんなに変わるんだなって。
横須賀が海軍カレー、入間で武蔵野うどん、野田はホワイト餃子ってね。
入間市の武蔵野うどんの澤田さんは、僕がイラストを担当した『散歩の達人』のうどん特集に載っていて、「ここウマそうなだなー」って前から思っていた。それを旅をしながら思い出して立ち寄ったら、実際すごくおいしくて。
──キンさんといえば純喫茶でナポリタン、ってイメージもありますが、それ以外で好きな食べ物ってあるんですか?
一番好きなのは、山形のいなかそば。固くて黒くて太くて四角いの。ガシガシしてる感じの麺がいい。
旅先で、地元のものを食べるのは楽しみの一つです。いわゆるB級グルメよりも、そこに住んでいる人が、いつも食べているようなものに、魅力を感じる。
例えば名古屋だと、ひつまぶしは3000円くらいするから、地元の人は普段は食べていない。でも、味噌煮込みうどんなら1000円くらいだし、スガキヤのラーメンなんて300円くらい。スガキヤなんて東京だとほとんど知らないけど、名古屋だとみんな食べている。B級グルメというより、そういうローカルフードが僕は好きなんです。
歴史に思いを馳せながら
旅すると感動してしまう
──この16号の旅の中では、前半が密度が濃いですよね。
今回のクライマックスは、なんてったって絹の道。八王子から横浜まで、かつて生糸を運んだ道が、今の16号の一部と重なっているんですね。八王子の鑓水というところには、木立の中を抜ける昔のままの土の道が残っていて、車を降りて、そこも少し歩いて来ました。
その後、八王子の八日町という、16号と甲州街道の交差点に差し掛かった時、「なるほど、全てが今に通じているんだな」って感じて。北関東とか山梨とかから運ばれてきた生糸を、仲買人がそこで選んで、今の16号を通って横浜まで行き、横浜から海外へ運ばれていったんだなって。そうやって、横浜も16号も発展していったんですよね。そういうことに思いを馳せながら旅をしてゆくと、本当に感動してしまう。
──前半のほうが盛り上がっているのはそういうことなんですね。逆に、埼玉から千葉方面を進む、後半の見どころは?
君津でのゴール間際では、道が急に片側一車線になって……、その後のラストは意外な展開が待っています。
──あと、キンさんらしく、行く先々の町で立ち寄る、味のある喫茶店もいいですよね。横須賀の茶豆湯(ちゃずゆ)が一番印象的でした。
あそこは、マスターの元で修行中の人は、コーヒーを人に出せるまでに3年かかる。それまでは自分でしか飲めないんですよ。
──職人の世界ですね。
そんな風に、その場所場所でのドラマや歴史があるんだなって。それも観てもらえると嬉しいです。
ちょっと見方を変えれば
都会でも旅はできる
以前は、夏は北海道、冬は九州沖縄みたいに、一日じゃいけないようなところが、僕にとっての旅だった。年間の半分くらい旅をしていた時期があるんだけど、その時に、電車に乗ってどこまで来たら東京を離れたな、と思えるか考えてみたら、東海道本線なら沼津あたりだし、新潟方面なら高崎、東北の方なら宇都宮だった。発車ベルが電子音の間は、離れた気がしなかったですね。
──今回はすぐ近所ですよね。
でも、こっちがその気になったらどこでも旅ができるっていう感覚は、僕は前から持っていた。ちょっと見方を変えれば、都会でも旅はできるよって。
先日、永六輔さんのラジオに出させてもらったんですけど、永さんが昔ラジオで言っていた、「知らない横丁を曲がれば、それはもう旅が始まるんだよ」って。今回のDVDでは、まさにそれを実証した感じです。
──旅人ってどうしても、秘境とかキャラが立つ方に行っちゃう。それはそれでいいんですけど。でもキンさんは、そんな極端なところに行っていないのに、旅している感じが伝わってくる。本を読んでも、今回のDVDを見ていても。首都圏の人ならみんな知っている、こんな近いところで、こういう風に回ると旅ができるんだよ、って。その感じがすごくいいですよね。
ありがとうございます。
──16号ってイメージ的には、首都圏郊外ででっかい道路がバーンって走っていて、チェーンの店がバーって並んでて、っていうイメージしかないですよね。
そうそう。でも、時間と空間のちょっとした違いから、土地のいろんな違いが見えてくる。元々僕、狭い日本のちょっとした差異が好きだったんです。「same but different」。今回はまさに、それを見つけてゆく旅でしたね。