『アコギタクイ ─記憶再生─』と題された中島卓偉のアコースティック・セルフカヴァー・アルバムは、精選されたレパートリーを迫真のアコースティック・サウンドで再構築させた大変な意欲作である。単なる企画物として看過することができない作品であり、原曲の持ち味を損なうことなく新たな魅力を提示する卓偉の手腕を否応なく実感できるはずだ。もしあなたにアコギ=フォーキーという先入観があるのなら、卓偉はその色眼鏡を軽やかに叩き割ることだろう。装飾を極力排したアコギのオーガニックな音色は生々しく臨場感に溢れたもので、エレキをアコギに持ち替えても、いや、アコギに持ち替えたからこそ余計にシンプルでストレートなロックの純度が増し、パンキッシュなアティテュードもより明確になっているのだ。
この『アコギタクイ』シリーズの意図と制作秘話を語ったインタビューを読んでもらえれば分かる通り、現在の中島卓偉の創作意欲はより貪欲になる一方であり、それに比例するように作品のクオリティは一層上がっている。幼少期に離ればなれになった母親との境界線を描いた傑作『3号線』を例に挙げるまでもなく、普遍性を携えながら等身大の自分自身を楽曲に投影させる作風が益々円熟味を増しているのは熱心なファンならよくご存知のはず。細部まで意匠を凝らした卓偉にしか為し得ない音楽は今最も脂が乗っているように思えるが、彼は常に絶え間なく進化を続けている。昨日よりも今日、今日よりも明日。いずれ彼が"リアル・ファースト・アルバム"を発表する日はそう遠くないだろうし、その過程を同時代で見届けられる僕らは幸せ者だと言う他ない。(interview:椎名宗之)
オリジナル・アルバムに向けた理想的な導入部分
──『明日への階段』以降のシングル曲を網羅したオリジナル・アルバムが発表されるのかと思いきや、まさか自身初のアコースティック・セルフカヴァー・アルバムが先に来るとは思いませんでした。
卓偉:実はオリジナル・アルバムのプリプロも同時に進めていて、今年はその制作に入っても大丈夫な状況だったんです。でも、この3年の間に始めた自分ひとりで回るアコースティック・ツアーが今年もあって、それに合わせて“ひとりアコギ”のアイテムがそろそろあってもいいんじゃないかと思ったんですよ。毎回アレンジもセットリストも変えるアコースティック・ライヴを積み重ねてきたことで手応えも感じていたし、せっかくアコースティック・ツアーを回るのならアコースティック・アルバムを引っ提げて回るほうがいいのかなと考えまして。これが20代の頃なら順当にオリジナル・アルバムの制作に取り組んでいたと思うんですけど、物事の順序に対するこだわりがだんだんなくなってきて、今は自分にとって必要なものを最優先に取り組みたいんですよ。そこで学んだものをいずれオリジナル・アルバムに落とし込めればいいなと。
──アコースティック・ライヴをやっていく中で、アコースティック・スタイルの奥深さやリアレンジの面白さに目覚めたこともきっかけとしてありましたか。
卓偉:そうですね。『明日への階段』以降の3枚のシングル曲を入れたオリジナル・アルバムというのは、もしかしたら自分にとって“リアル・ファースト・アルバム”になるかもしれないと思っているんです。そのアルバムへ向けていい意味で寄り道をして、そこで得たものをすべて次の作品に反映させたいんですよ。そうやって順序を踏まえることで、次のアルバムがよりスケールの大きなものになるような気がして。実際、今回の『アコギタクイ』を作ってもの凄く勉強になったし、来たるべきオリジナル・アルバムに向けて理想的な導入部分になりましたね。
──ただ単に過去のレパートリーをアコースティック・アレンジに仕上げた作品ではないのが卓偉さんらしいですよね。スタジオにあったゴミ箱やギターのハードケースなどを叩いてリズムに利用した『PUNK』、ドラムと弾き語りのみで一発録りをした『BADLY NOOOO!!!!』、全編ヴォイス・パーカッションの『Without You』、卓偉さんの声のみで多重録音されたアカペラの『言葉に出来ない』と、アコースティックを主題にしながらいろんなアイディアを具現化している。それに、『HELLO MY FRIENDS』や『鼓動』といったライヴ音源もあるし、『あなたの笑顔が見たいから』や『めぐり逢えた二人』のようにここでしか聴けないアルバム未収録曲もある。随所にさまざまな創意工夫が施されているし、卓偉さんの言葉を借りれば「最高の寄り道」だと思うんですよ。
卓偉:単純にアコースティック・アレンジのアルバムにする考えもなくはなかったんですけど、せっかくこういうアルバムを作るのならいろんなアプローチをしたほうが面白いんじゃないかと思って。それと、ひとりでアコースティック・ライヴをやっていると、自分の頭の中では実際に鳴っていない音が鳴っていたりするんです。自分の弾き語りだけを伝えようとは思っていないし、「ここでクラップをして欲しい」とお客さんにお願いをしたりもする。「こういうリズムが鳴っている感じで一緒に楽しもうよ!」っていうふうに。そういう僕の頭の中で鳴っている音をある程度再現したかった。
──制作にあたって、お手本となるミュージシャンもしくは作品はありましたか。
卓偉:強いて挙げれば、50年代のロックンローラーですかね。エレキが主体だけど、ちゃんとアコギも使うじゃないですか。エルヴィス・プレスリーのファースト・アルバムも、ジャケットではエルヴィスがアコギを抱えているし。あと、スタイルの面ではニール・ヤングからの影響もあるかもしれないけど、自分なりのアンプラグドな在り方を意識したつもりなんです。アコギ主体だけど、これもまたひとつのロックの在り方と言うか。
──うん、分かります。卓偉流アコースティック・パンクな曲もありますしね。このアルバムについて言えば、アコギ=フォーキーな感じでは決してない。
卓偉:もともとアンプラグドのスタイルが好きだったし、ようやくこういうことをやれる時期が来たのかな? という気持ちもありました。オリジナルを忠実に再現することに物足りなさを感じてきたのもあるだろうし、アレンジは決してひとつじゃないと実感したんです。海外のミュージシャンのアンプラグド・ライヴを見たり聴いたりすると、あれだけアレンジに変化をつけても新たな発見が必ずあるじゃないですか。エレキをアコギに、スティックをブラシに変えて演奏するだけなのに、その曲の違った魅力を提示できる。その素晴らしさを10代の頃に学んだので、いつか自分も同じようなことをやってみたかったんです。だから、この『アコギタクイ』は今までの自分のアンプラグド・スタイルに対する憧れを詰め込んだアルバムとも言えますね。
敢えて変えた従来のレコーディング手法
──『アコギタクイ』に収録された曲は、どれも原曲の良さを損なわずに新たな側面を引き出すことに成功しているし、これは入念なアレンジの賜物と言えるのでは?
卓偉:今一番楽しいのがアレンジなんですよね。曲作りはどこからか降りてくるものを捉える行為だし、メロディはあまり頭で考えちゃいけないと思うんですよ。その先にあるものがアレンジで、どんなふうにでもアレンジを施せるからこそ、その曲に一番似合う服を着させたいって言うか。もの凄く振り切ってみたり、逆に戻してみたり、アレンジの行き来はかなり激しいんですけど、これがとても楽しいんです。
──アレンジのアプローチを変えると言っても、ボブ・ディランのように全く節回しを変えるようなことはないですよね?(笑)
卓偉:サビが来るまで何の曲か分からないようなアレンジはしませんね(笑)。ただ、あえてボブ・ディランとの共通点を挙げるとすれば、今回はどのミュージシャンにも僕のアコギに付いてきて演奏してもらうのをお願いしたんです。曲によってはベースやドラムが軸になるのもありましたけど、基本は僕のアコギに合わせてもらいました。
──膨大なレパートリーの中から収録曲を決めた基準は?
卓偉:アコースティック・ライヴで毎回アレンジを変えて、なおかつそれが盛り上がって、オーディエンスにも伝わった曲がやりたかったんです。それと、自分のレパートリーの中でもある程度のジャンル分けができるので、似た傾向の曲はなるべく2曲以上入れないようにしようと考えましたね。
──緩急付いた構成も絶妙なんですが、ソロ・デビュー前に書いた『Dearest Friends』から始まって最新曲の『3号線』で終わる構成は最初から考えていたんですか。
卓偉:『Dearest Friends』は自分の音楽活動のスタートとなる時期の曲だし、アルバムの始まりとしては申し分ないかなと。1曲目はイントロが長めの曲から始まるのがいいなと思っていましたし。締めは今一番自分にとってリアルな『3号線』以外にないと思っていました。今も必ずライヴの最後に唄っていますから。
──私見ですが、ドラムの石井悠也さんとスリリングなアンサンブルを聴かせる『BADLY NOOOO!!!!』、鈴木けんじさんによるウッドベースのスラップ奏法が光る『BLACKSIDE IN THE MIRROR』、激しく掻き鳴らされるアコギと弾丸シャウトが一体となった『BLACK HOLE』といったパンキッシュなナンバーにこそ、卓偉さんが理想とするアンプラグド・スタイルの真髄があるような気がしました。
卓偉:なるほど。エンジニアの中村さんという方がいて、コンプの掛け方がまさに天才的なんですよ。僕が好きな60年代の音楽のようなコンプにしたいというリクエストを見事に再現してくれたんです。ツェッペリンを聴いていても、ジミー・ペイジの弾くアコギってどこか歪んでいるじゃないですか。ビートルズの場合でも、ジョン・レノンが弾くアコギはコンプが凄くきつめに掛かっていたりして。それはアコギとエレキの区別がつかないくらいの音だと思うし、そういう音を自分なりに再現することがグルーヴを生んだんですよね。たとえば『BADLY NOOOO!!!!』は、アコギに聴こえないような音を目指したかったんです。
──アコギとドラムだけであれだけ真に迫るアンサンブルを聴かせるのは、並大抵の芸当では為し得ないことですよね。
卓偉:去年の12月のツアーで、セットリストの真ん中でアコギとドラムだけのコーナーを作ったんですよ。そのグルーヴが凄く良かったので、アルバムでもそのまま再現してみたかったんです。ライヴ感を出すためにも一発録りにこだわって。
──やはり、それほどテイクを重ねないほうが臨場感は出るものですか。
卓偉:リズムは特にそうでしたね。今まではドラムとベースのベーシックを先に録ってからギターを重ねて歌を入れるやり方だったんですけど、今回はその基本的な録り方をやめにしたんです。
──というと?
卓偉:今回は、一番最初にクリックを聴きながら僕のアコギを録ったんですよ。普通あり得ませんよね? そのアコギのテイクの上にドラムを重ねたんです。でも、自分が唄いたいリズムで徹底的に弾いていても、嬉しいことにドラマーもベーシストも「合わせやすかった」って言ってくれたんですよ。「ヴォーカリストのリズムに付いていければいいから、ズレないしブレないしやりやすかった」って。僕なりのビートで弾いているから合わせるのが大変かもしれないと最初は思ったんですが、いざ録ってみると2テイクくらいで終わる曲ばかりだったんです。