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INTERVIEW

トップインタビュー自宅録音家 まつきあゆむが挑む音楽の流通革命('10年1月号)

音楽家自身がインターネットを介して音源を販売する手法は既存の流通システムを淘汰し得るか!?
リスナーが音楽家の活動全般に寄付する未曾有の基金“M.A.F”の設立とその行方──

2010.01.01

ゼロ年代の音楽はみんなが嘘をついていた気がする

──ポップ・スター的側面が損なわれると言うか、金銭の授受がダイレクトに行なわれるのは生々しい部分もあるし、あまりにも夢がなさすぎるという批判もあると思いますが、それに対してはどう応えますか。

まつき:別に反論したいとは思わないけど、そういうのは他の人でいいんじゃないですか? っていう感じですね。ポップ・スター像を求めるならミック・ジャガーやポール・マッカートニーみたいな人がいるし、日本にもそういう人はいますからね。そういう人はそういう人で頑張っていて、僕は全然違う見せ方でやっているし、一緒くたに扱わないで欲しいなとは思いますね。この喩えが当てはまるかどうか判らないまま話しますけど、2ちゃんねるの管理人だったひろゆきさんって、全部オープンな感じじゃないですか。それがあの人の魅力だと思うし、いいか悪いかは別として、だからこそ2ちゃんねるみたいなものが出来たと僕は思うんですよ。人間性がそのまま出た匿名掲示板って言うか。それと同じで、僕の音楽と人間性は直結しているんです。ポップ・スターなんて別にいなくていいと僕は思っているし。

──でも、ビートルズはまつきさんにとってポップ・スターではないんですか。

まつき:僕はビートルズの文献を調べるのが好きで、ビートルズがインドに行っていた時にこんなことをしていたとか、そういうのは探せばいくらでも出てくるんですよ。それがアーカイヴできる時代になれば、そりゃポップ・スターなんていなくなるに決まってるじゃんって思うんですよ。他にもっと楽しいことがあるのに、なぜ今さらポップ・スターがいなくなったことを嘆くんだろう? って思いますね。

──僕は前時代的な発想の人間なので、こんな時代だからこそポップ・スター的なものを逆に求めてしまうんですけどね。まつきさんの思春期は、インターネットが台頭してきた頃ですか。

まつき:過渡期でしたね。Windows 95が出たのが12歳の頃で、インターネットはやってましたけど。

──"M.A.F"はそんな世代だからこそ着想し得た発想なんだろうと、30代後半の僕からすると思うんですよね。

まつき:'90年代には印象的な出来事やブームがたくさんあったじゃないですか。『新世紀エヴァンゲリオン』や『ファイナルファンタジー』がブームになったり、全体的に終末感みたいなものがあったんですよ。

──阪神・淡路大震災やオウム真理教による一連の事件、酒鬼薔薇事件が起こったりしましたしね。

まつき:情報量過多な時代が背景としてあったと思うんですよね。酒鬼薔薇から怪文書が送られてきてインターネットに出回るとか、『エヴァンゲリオン』のサブリミナル的で密度の濃いカット割とか、情報量過多なものが社会の仕組みを変えてしまうことに衝撃を覚えてきた世代なので、ジョンの『イマジン』みたいに理想郷を想像していればいいとは思えないんですよね。僕は時代が大きく変わっていくことに対して凄く興味があるし、変化していきたい気持ちが常にあるんですよ。...だから僕はこんな性格なんですかね?(笑)

──バラク・オバマの大統領就任に端を発した"CHANGE"(変革)の風は、鳩山新内閣の発足という国政の在り方を変えるまで影響を及ぼしたし、世界的に新たな潮流が押し寄せているのは間違いないですよね。2009年を象徴する漢字は"新"でしたし。

まつき:そうですね。こんなことを僕が言うのもおこがましいですけど、ゼロ年代の音楽がピンと来なかったんですよ。よくメディアやレコード会社が「期待の新人、現る!」みたいに煽ったりしますけど、それが繰り返されては消え、繰り返されては消え、まるでピンと来なかった。僕はそれが凄くイヤで、その怒りや不満をバネにして"M.A.F"を立ち上げた部分はありますね。

──グッと来る音楽が少なかったということですか。

まつき:みんなが嘘をついていた気がする。それは仕事だからしょうがないのかもしれないし、誰が悪いわけでもないんですけどね。でも、"信じられないな、そんなの"って感じることが多くて、'90年代はまだ自分が信じられる音楽があったと思うんですよ。だったら自分で信じられることをやるしかない。たとえば有名な人に褒められてメジャーと契約して、よく判らないまま流されて音楽を続けたくはなかったんです。だから、自分で録音して、自分でミックスして、自分でお金を稼ぐっていう境地に辿り着いたんですけど、やっぱり悪くないなと思うんですよ。ちゃんと一本筋が通っているし、楽しんでいる人は楽しんでいるし、その楽しんでいる感じしか僕はやりたくない。

──何から何まで自分一人でやることの苦労は当然あるでしょうけど、充足感が以前とはまるで違うんじゃないですか。

まつき:一人でやっていることの限界とか、他の人を受け入れることで生まれる広がりや希望もあるとか、説教されることもあるんですよ(笑)。でも、僕は別に一人でやりたいからやっているわけじゃなくて、一人でやるのが一番いいからこの形でやっているだけなんです。僕が今できる一番いいやり方がこの形なんですよ。

──完膚無きまでの楽曲至上主義ということですよね。

まつき:そうです。音楽さえ良ければ、後は何でもいいと思っているので。自宅録音と括られることのこだわりも別にないし。

僕の真実は音楽の中だけに在る

──CDパッケージがこれだけ売れないのは何故だと思いますか。

まつき:CDを買うこと自体が流行らなくなったんじゃないですかね。「こんなCDを買ったんだよ」っていうのが話題として成り立たなくなっていると言うか。それは俯瞰した意見で、個人的にはもうCDは要らないと思いますね。CDで欲しいっていう感覚が最早ない人たちが増え始めている。それは音楽に限らず、映画やアニメもそうですね。欲しいDVDも少ないですし。漫画に関してはメディアの特性があるのでページをめくって読みたいですけど、音楽と映像に関してはデータで受け取って、然るべき音質で聴けたり、然るべき画面の大きさで見られれば形は全然要らない人もいるかもしれない。たとえば、小学生の頃にラジオで聴いていた音楽がニコニコ動画にアップしていればアガるし、昔の曲がデジタルになって甦っていることに僕は楽しさを感じるんです。"テクノロジー、最高!"みたいな感じで(笑)。でも、それをずっとテープで持っている人がいたとしても、そこまで関心がないんですよ。

──ビートルズで言えば、アップル時代の丸帯の赤盤レコードが未だに高額で取引されているイヤな風潮があるじゃないですか。レコードは聴くものなのにパッケージだけを有り難がるという。音楽は聴いてナンボのものだし、まつきさんは古今東西の音楽を生ものとして分け隔てなく聴く柔軟性があると思いますよ。

まつき:結局、好きなのは音楽でしょ? ってことですよね。ジャケットが好きで買っているならジャケットだけを買えばいいじゃんって言うか。そういうのも僕がここで改めて言うようなことじゃないし、みんなも薄々気づいていると思うんですよ。でも、そうじゃないと思っている人の考え方もその人の真実だから、否定はしませんけどね。僕の真実は音楽の中だけに在るんです。この間、ビートルズのデジタル・リマスター盤が一挙発売になりましたけど、ある大型CD店でその時に売れてたのが実は最新のリマスター盤だけじゃなくて、10年前に出たベスト盤の『1』も凄く売れてたという話を聞いたんですが、これってリマスターしてどうこうじゃなく、結局は楽曲そのものの力なんですよね。リンゴのハイハットがクリアに聴こえるようになったことを聴きたいというよりは、みんな『シー・ラヴズ・ユー』や『ヘイ・ジュード』を聴きたいっていうことなんです。僕はそのニュースに希望を感じたんです。結局は楽曲でしかないっていう事実に。

──なるほど。楽曲さえ良ければMP3でも構わないという発想がそこでリンクしてきますね。

まつき:別にCDでもいいけど、MP3には速効性があるし、それが一番面白くない? っていう僕からの提案なんですよ、『一億年レコード』は。

──誰しもが音楽を自由に、ダイレクトに発信していけることは、後進のミュージシャンにとって大きな希望でしょうね。僕らにとってはのっぴきならない窮地ですけど(笑)。

まつき:でも、音楽家にとってもシビアな時代だと思いますよ。宣伝力は一切関係なく、純粋に楽曲だけで評価されるわけですから。ただ、それが本来在るべき姿なんですよね。僕は録音するのがホントに好きで、『新曲の嵐』も全く苦じゃないんですよ。心底楽しいことだし、楽しくなくなったらいつでもやめます。"M.A.F"も何とか帆を挙げましたけど、そんなに大きな船にしなくてもいいんですよ。僕が食べていけて、働いてくれたスタッフにそれだけの対価が払えればいい。いろいろとできることが増えてきたから、これからインターネットの世界も変わっていくと思うんですよ。たとえば、このインタビューだってUstreamを介して生中継することもできるし、そういうことが増えるといろんな価値観が逆転していくでしょうね。ライヴ会場で生でライヴを見るよりも、Ustreamで生で見るほうが逆にリアルタイム感があったりとかね。新しいことをどんどん見つけてやっていかないと、雑誌もなくなっていくと思いますよ。小説や漫画はそれ自体に揺るぎない個性があって、モノとしての価値観が半端じゃないから残っていくと思うけど、雑誌は読み捨てていくものじゃないですか。文章情報をインターネットよりも速く出せない雑誌っていうのはかなりやばいでしょうね。

──肝に銘じておきますよ。

まつき:レコード会社も雑誌の人もみんなそうなんですけど、やりたくない仕事をやりすぎていると思うんですよ。お金を稼ぐためにはしょうがないんでしょうけど、僕の音楽を好きじゃない人が記事を書いたり、CDの販促をして欲しくないですね。凄く不毛なことだと思いますよ。でも、こうして"M.A.F"を立ち上げて2010年を迎えるのは凄く意義深いことだと感じています。いわゆるゼロ年代が終わって、2010年になるのは凄く未来的な感じがするし。ぶっちゃけて言うと、僕は音楽の将来を背負って立つつもりもないし、自分のやりたいことを自由にやりながら暮らしていきたいだけなんです。自分のやりたいことに対しての自信は凄くあるし、今は自分で好き勝手なことをやってそれが食い扶持になっているから、胸が躍りますね。

"M.A.F"とは──

 "Matsuki Ayumu Fund"の略称で、まつきあゆむの音楽活動に対する寄付からなる基金。2010年1月1日に発足。残額は随時ウェブサイトやTwitterでオープンに公開され、楽器機材の購入等、具体的な支出も随時明記される。寄付額に規定はなく、寄付する人間が好きな額を寄付できる。支払い方法は銀行口座振込、もしくはPaypalクレジットカード決済。
 M.A.F 専用銀行振込先:三菱東京UFJ銀行 三鷹支店(店番222)/口座番号 普通1674851/口座名 まつきあゆむ

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一億年レコード

28曲入り/MP3 160kbps/価格:2,000円(税込)

 まつきあゆむの約1年半振りの新譜(ダブル・アルバム)。2010年1月1日発売、配信開始。専用サイトからのダウンロードのみの販売。まつきあゆむ本人が発売元であり、まつきあゆむからリスナーにダイレクトに届く。ジャケットやクレジット等と28枚の歌詞がデザインされた大きな画像ファイル(jpg)付き。

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