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INTERVIEW

トップインタビュー自宅録音家 まつきあゆむが挑む音楽の流通革命('10年1月号)

音楽家自身がインターネットを介して音源を販売する手法は既存の流通システムを淘汰し得るか!?
リスナーが音楽家の活動全般に寄付する未曾有の基金“M.A.F”の設立とその行方──

2010.01.01

 「12月1日に重大発表あり」というメッセージを発表していたまつきあゆむが、自由で新しい音楽活動の基盤として"M.A.F"(マフ:"Matsuki Ayumu Fund"の略称)の設立と、2010年1月1日に28曲を収録したダブル・アルバム『1億年レコード』の発売を発表した。自身の音楽活動のための寄付金をユーザーから募る未曾有のシステムを確立し、レーベルや流通といった中間マージンを撤廃したデータ配信での音源販売を断行するというのだ。目を覆いたくなるばかりにCDパッケージのセールスが激減している現在の音楽市場において、これはまさに事件だ。まつきのような音楽家が今後増えれば、レーベルや流通会社の存在意義は皆無となるのだから。レーベルの宣伝費から主に制作費をまかなう我々フリー・マガジンとて他人事ではない。ゼロ年代が終焉を迎え、この音楽業界に棲まう誰しもが生き残りを賭けたサヴァイヴァル時代にいよいよ突入したと言っていいだろう。本誌の刊行存続に危機感を募らせつつも、腹を括り画期的なシステムを発明・敢行せんとするまつきにその真意を問うべく、僕は三鷹にあるまつきの自宅を訪ねた。(interview:椎名宗之)

"M.A.F"によっていろんなエンディングが作れる

──海外ではユーザーが一口10ドルで好きなアーティストのアルバムに出資できる"SELL A BAND"というシステムが定着していたり、日本でもグルーヴァーズがアルバム完成を待たずして予約販売を開始する"ADVANCE MEMBERSHIP"というプロジェクトを試みたりしていますが、まつきさんの立ち上げた"M.A.F"が凄いのは、音楽活動全般の資金を集めることなんですよね。

まつき:アルバム単位での寄付はこれまでもありましたよね。僕が音楽活動を始めたのは大学生の時で、この業界のことは右も左も判らない状態だったんですよ。レーベルの人から「こういうことをやれば?」とアドバイスを貰って、「ああ、そんなこともしていいんですか? それじゃ僕はこうやります」みたいな感じで。それから4年が経って26歳になって、メジャーとインディーズの活動展開の違いとか、大体のことは判ってくるじゃないですか。そんな中でMySpaceやTwitterといった効果的なコミュニティ・サイトも出てきたりして、自分が40歳、50歳になった時にどう生きていたいかを改めて考えるようになったんです。僕はずっと音楽を続けていきたいし、そのために"M.A.F"というシステムを作るのが最適だなと思って。要するに、自分が一番やりたいことに対しての一番の近道が"M.A.F"だったり、音楽を直接売ることだったんですよね。

──"M.A.F"のサイトには現時点での投資残額がオンタイムで表示されていて、もの凄くインパクトがありますね。

まつき:残額を明らかにすることで、嘘がつけなくなりますよね。僕があのお金で豪遊したり、適当なことに使っていたら誰も寄付しなくなるだろうし、寄付額と支出履歴をオープンにするのは健全なことだと思うんですよ。まぁ、寄付を募集している所はどこもそうでしょうけどね。

──インターネットを介しているとは言え、自分の音楽活動を応援してくれるファンとダイレクトに結びつくことのできる環境ですよね。

まつき:Twitterに「今"M.A.F"に振り込みしました」っていう@が来て、それは全世界に公表されていて、僕が銀行の残高を確認して、トップ画面の寄付額を更新すると。そういうやり取りが実際にできているし、それさえできれば従来のシステムは少なくとも今の僕には要らないんですよね。

──この4年、既存のレーベルと流通の在り方に不信感を覚えていた部分もあるんですか。

まつき:いや、そこは一番誤解して欲しくないんですけど、不信感みたいなものはないんです。12月1日に"M.A.F"と『一億年レコード』の発表をして、批判的な声ももちろんあったし、それはあらかじめ予想もしていたんですよ。大手のレコード会社が悪だという考えは全くないし、どういう形態で活動していくかは人それぞれでいいと思うんです。ただ、活動の選択肢がより増えているんだったら無理に大手のレコード会社に身を委ねる必要もないって言うか、ゲームで言えばエンディングがひとつじゃなくてもいいわけですよ。大金を注ぎ込んでたくさんの人が携わる音楽もあると思うし、それが好きな人はそういう道を今は目指すしかない。でも、僕が今やっているのはそれと対極のことなんです。"インタラクティヴ"っていうリスナーが編集できるアルバムを作ったり、いろいろと革新的なことをやってきたトッド・ラングレンですら最終的にはアルバムを流通に乗せるしかなかったけど、今の時代はいろんな方法論があって、いろんなエンディングを作ることができますからね。

──一個人のミュージシャンがこれだけ画期的なシステムを打ち出すのも過去に例のないことですよね。

まつき:僕は前例のないことをやるのが好きなんです。それをやって、みんながザワっとする感じが好きって言うか。音楽をやっている人とか、こういう仕事に携わっている人はみんなそういうのが好きなんでしょうけど、それを自分らしくやったのが"M.A.F"だったんですよ。音楽活動をしてきて一番手応えがあったし、正直、初めてCDを出した時よりも"M.A.F"の発表をした時のほうが"来たな!"って感じたんですよね。

──"M.A.F"の方法論はここ数年ずっと温めてきたものなんですか。

まつき:いや、UMAの小寺(修一)さんに伝えたのも発表の1ヶ月前とかだったんですよ。「面白いアイディアが浮かんだから、明日"M.A.F"の発表をしたい」っていきなり小寺さんにメールしたんですけど、ちょっと待てと。もう少し体裁を整えればいい形で発表できるからと。きっかけになったのは、やっぱりTwitterでしょうね。あと、Ustreamかな。

──Twitterの1,000人のつぶやきから歌詞を生み出すのはまつきさんくらいのものでしょうね(笑)。

まつき:でも、みんなこれからやると思いますよ。つぶやきを歌詞にすること自体は新しい発想じゃないし、後はそれをどうやって組み合わせていくかの問題ですから。Ustreamもいろんな使い方がありますよね。ライヴを見せたりとか、僕みたいに録音している過程を見せたりとか。

"MP3でも全然泣ける。"はTwitterから生まれた

──まつきさんの日記のコメント欄に「『一億年レコード』はCDで欲しかった」というファンからの意見が思いのほかありましたよね。CDパッケージがこれだけ売れないこのご時世でも、CDという記録メディアを望む声の多いことがちょっと意外だったんですけど。

まつき:今の時代にはCDがいいのかMP3がいいのかという命題は以前から日記にちょくちょく書いていて、その頃もみんな意外とCDを買っているんだなと思ったんですよ。最近はその人が聴きたいように聴けばいいという境地に達したんですけどね。"CDはパッケージがあるからこそいい"っていう主張も、"MP3でも感動できる"っていう主張も、その人の中ではすべて真実なんです。その主張同士をぶつけて潰し合っても意味がない。今回はデータ配信という形になりましたけど、それを"M.A.F"で広げていくのが僕にとっての選択肢ということなんです。

──ちなみに、まつきさん自身は普段どんな音楽の聴き方をしていますか。

まつき:僕はもうほとんどデータで聴いていますね。iTunesやiPodばかりで、CDで聴くことはほとんどないかな。

──そういった視聴環境であるがゆえに、『一億年レコード』には"MP3でも全然泣ける。"というキャッチコピーが付けられているんですか。

まつき:取り立てて新しいことは言ってないつもりなんですよ。CD以前はテープで音楽を聴いていたわけだから、"アナログ・テープでも全然泣ける。"でも良かったわけだし。"MP3でも全然泣ける。"は"デジタル化、最高!"っていう意味じゃななくて、音楽本来の力が問われてきて、それはいい時代だよね、みたいなことを言いたいだけなんです。

──データ配信ならば、CDのプレス代やパッケージの印刷費も一切掛からないというメリットが一番大きいですよね。

まつき:本当に凄いことだと思いますよ。リスナーは僕が録音している過程をUstreamで見て、同じ日の夜にその曲をフリー・ダウンロードできたりするわけですから。ひとつの夢が叶ったと言うか、ここに来てやっとインターネットの力が人間に寄ってきた気がしますね。それ以前はインターネットが僕はそんなに好きじゃなくて、インターネットを使ったからって楽しいことなんてあまりないと思っていたんです。それがここ2、3ヶ月で凄く変わりましたね。またTwitterの話になっちゃうんですけど、Twitterには天才が何人もいるんですよ。普通のサラリーマンが天才だったり、実際に会って話してもそんなに話が広がっていかない人が天才だったりして。"MP3でも全然泣ける。"っていう発想も、実はTwitter上で仲良くなった人のつぶやきから生まれたんですよ。凄くいいなと思って、いつか何かに使おうと考えていて、『一億年レコード』のキャッチコピーにぴったりだなと。Twitterを使って甦ってきた天才たちの存在が後押しになったところはありますね。

──単純に、『一億年レコード』をCDとしてリリースしたいとは思いませんでしたか。

まつき:アナログで出したいとかCDで出したいとかのこだわりが僕にはなくて、聴きたい人が手軽に聴けるのが一番だと思うんです。それとやっぱり、速効性ですよね。最終的にMP3を選んだ決め手はそこです。『一億年レコード』は、2009年12月31日から2010年1月1日に切り替わった瞬間に配信が始まるんですよ。それは僕がアナログに手作業でやるんですけど、そんなことはCDじゃ絶対にできませんよね。

──ジョン・レノンが『インスタント・カーマ』を1日で録音して、10日後に発売に漕ぎ着けた発想に近いですよね。新聞を発行するようにレコードをリスナーに届けるという。

まつき:まさにそれです。『インスタント・カーマ』は朝に録って、昼にカッティングして、夜にレコード店に並べたいっていうコンセプトだったじゃないですか。そんなことを今自分ができているのが自負としてあるんですよ。

──もし今もジョンが生きていたなら、まつきさんのような試みを絶対にやっていただろうなと僕は思ったんですよね。

まつき:多分やっていたでしょうね。それは僕も思っていました。

──出来たばかりの曲をすぐ聴き手に届けたいのは、まつきさんがジョンに負けず劣らずせっかちな性分だからでしょうか(笑)。

まつき:今この瞬間の空気ってすぐになくなるものだから、それを共有しているのは凄く大事なことなんですよ。時間が経てば経つほど違ったものになっていく感覚もあるし。生放送が楽しいのも同じ理由だと思いますしね。

──コレクターズの加藤ひさしさんや古市コータローさんのように、喋りの立つバンドマンはポッドキャストに取り組んだりしていますよね。

まつき:最近、僕も『ほうかご実験クラブ』っていうインターネット・ラジオを始めたんですよ。それは自分の生活を楽しくしたいからやっているんですけどね。僕がミュージシャンであるとかは関係なしに、面白い友達を6人くらい集めてやっています。もう何でもアリですよ。

──何でもアリだからこそ、表現する側もそれを享受する側も選択する難しさがあると言えませんか。

まつき:やりたいことがなくなったらキツイでしょうね。受け手の反応がダイレクトに返って来るのが僕は楽しいんですよ。つまらない内容なら反応は薄いですから。MySpaceで毎週月曜日に更新している『新曲の嵐』も、いい曲じゃなかったら聴く人は少ないんです。その辺は身につまされますね。自分を映し出す鏡みたいなところがあるし。

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一億年レコード

28曲入り/MP3 160kbps/価格:2,000円(税込)

 まつきあゆむの約1年半振りの新譜(ダブル・アルバム)。2010年1月1日発売、配信開始。専用サイトからのダウンロードのみの販売。まつきあゆむ本人が発売元であり、まつきあゆむからリスナーにダイレクトに届く。ジャケットやクレジット等と28枚の歌詞がデザインされた大きな画像ファイル(jpg)付き。

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