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INTERVIEW

トップインタビュー自宅録音家 まつきあゆむが挑む音楽の流通革命('10年1月号)

音楽家自身がインターネットを介して音源を販売する手法は既存の流通システムを淘汰し得るか!?
リスナーが音楽家の活動全般に寄付する未曾有の基金“M.A.F”の設立とその行方──

2010.01.01

僕が鳴らしたCのコードがタマネギになる

──"M.A.F"や『一億年レコード』の発想を受け継ぐミュージシャンは今後増えていくだろうし、レーベルや流通会社は戦々恐々としているんじゃないでしょうか。

まつき:凄い大手でもなく、かと言って小さくもないレーベルは大変なんでしょうね。でも、今はレーベルがどうとかは関係がないと思うし、チャートで1位になっているから聴いてみようっていう人もほとんどいないじゃないですか。生き残っていくってことは個性を出すことで、ちゃんと人がやっている感じを出すのが大事だと思うんですよ。"M.A.F"は僕自身がやっていること以外の何物でもないし、みんなそういう方向に行くんじゃないですかね。僕は、この先どうなっていくか判らない感じが楽しくもあるんですよ。過渡期に生まれて良かったなって言うか。前はレコードの時代に生まれれば良かったと思っていたんですけど、かつて憧れだった60年代に生まれなくて良かったと今は思いますね。だって、『インスタント・カーマ』みたいなことをやりたくてもできない環境だったわけですから。実際の『インスタント・カーマ』にしたって、あれはジョンだからこそできた発売方法でしたよね。後日談として、もうちょっと時間があればミックス・ダウンがより良くできたっていうエンジニアのコメントも残っていて、音も凄く粗いじゃないですか。それはジョンみたいな一握りのミュージシャンだから許された行為だと思うんですよ。

──偉大なるビートルズの一員だったジョンだからこそでしょうね。

まつき:僕みたいに知名度の低いミュージシャンがジョンみたいなことをできて、しかもダイレクトに音楽を売れる状況が作れるのは希望が持てるし、魅力的なことなんですよね。今は自分で考えていた以上に寄付が集まっているんですけど(12月19日の時点で残額は88,318円)、CDが売れないっていう現実はあっても、自分が感動した音楽に対してお金を払いたいっていう人間の気持ちは変わらずにあると思うんです。そこの受け皿を僕は変えたいんですよ。

──2年前、レディオヘッドも『In Rainbows』をMP3形式で先行ダウンロード販売をして、ユーザーに価格を決めさせる方式が大きな波紋を呼びました。バンド側の公表によると平均約4ポンド(約1,000円)で購入されたそうですが、まつきさんは利用しましたか?

まつき:友達から貰って聴きましたけど、ひとつの選択肢として僕は対価を払いませんでした。レディオヘッドのあの試みは確かに先駆けでしたけど、僕はちょっと違和感を覚えましたね。あれはレディオヘッドだからこそ成し得たことって言うか。

──世界に名だたるモンスター・バンドによる逆説的なあざといプロモーションであるとか、大物の余興だという揶揄もありましたよね。

まつき:僕は本気ですからね。これでメシが食えなければ音楽が作れないという心意気でやっているし、アルバムの売上とか"M.A.F"以外の対価がそのまま僕の生活費になるんです。たとえば、僕が今日カレーを作って食べたとして、そのタマネギ代になるのか? っていう疑問もあると思うんですけど、実際にそういうことなんですよ。僕が鳴らしたCのコードがタマネギになるんです。それは何らおかしなことじゃないし、そうやって食っていけたらいいなと思うんですよ。

──今後、"M.A.F"の支出項目が徐々に明記されれば、それを面白がって投資するユーザーも増えてくるんじゃないですか。

まつき:そうやって広がっていけばいいですけどね。なにぶん前例のないことなので、この先どうなるかが全く判らないんですよ。年が明けたら誰も寄付をしなくなって早々に破綻するかもしれないし、お金が増えすぎて脱税で捕まることもあるかもしれない(笑)。ホントの個人事業ですから、ちゃんと税金を納めないといけないですしね。そういう形でやっていける可能性があるのなら、僕はそこに賭けてみたいと思っていますけど。

──ライヴ活動に掛かる経費も"M.A.F"から捻出するんですよね。

まつき:ライヴは今のところ一切やっていないんですよ。自分の思うようにライヴができなくて、一度やめてしまったんです。ライヴのやり方もTwitter的な、あるいはUstream的な新しい感じでやっていきたいなとは思っていますけどね。ただ、それも僕らしくなくちゃいけないと考えています。ただ単純にライヴをUstreamで配信するだけじゃ面白くないし、それは誰でもできることですから。僕にとっては、今みたいに録音を配信していることがライヴ活動と同義なんですよ。ライヴも体験にお金を払うわけじゃないですか。凄い大きな会場で僕が録音しているのをみんなで見つめていることに一人2,000円掛かるとか、そんなことをやってみたいですね。

インターネットを肉体的に使うことがひとつのテーマ

──この自宅があらゆる表現の発信基地になるというのも、男子としてロマンを感じる部分がありますね。

まつき:そうですね。僕が考えていることは小学生レベルで、ドッジボールが好きだからドッジボール選手として食っていきたいみたいなことですからね(笑)。やっていることもそんなに難しいことじゃないし。

──むしろ凄くシンプルなことですよね。野菜の無人販売みたいに、音楽を生み出した本人に対して然るべき対価を直接払うという。表現者が七転八倒しながら生み出した作品なのに、流通会社に託してもそれが広く行き届かなかったり、雑誌に広告を打っても届けたい層には届かなかったり、これまでの流通の在り方には不明瞭な部分がたくさんありましたけど、"M.A.F"はそんな不透明さをすべてクリアにするガラス張りのシステムだと思うんですよね。

まつき:ドキッとする人もいるだろうし、煙たがる人もいるでしょうね。でも、自分自身が食べていけるかが僕にとっては一番重要なことなんですよ。その間で食べていく人のことはあまり考えたくないのが本音なんです。希望と絶望が等比にあるのがいいんですよね。音源が全然売れない場合は全然食べていけないわけだし、白か黒かがすぐにはっきり出ますから。メジャーで1年間活動を続けても契約を切られることが往々にしてあるけど、そんなことは関係なく音楽活動ができるのがいい。小さいながらも一国一城の主となって、やることは全部自分が決めて、誰かに仕事をお願いするのもギャラの設定も全部自分が決断できる。前はアルバム1枚を作るにしても、それを流通に流したりプロモーションするにしても、誰が何をやっているのか全然判らなかったんですよ。僕自身がいいと思える状況でやっているのかどうか、全く把握ができなかったし。それは結構しんどかったですね。全部自分でジャッジできるからこそ、『一億年レコード』はより自分らしさが剥き身になった気がしますね。ある意味、ファースト・アルバムに近い感触があるのかもしれません。

──自分自身で制作、告知、流通までできてしまえばストレスも軽減されますよね。しかも、中間マージンが発生しない利点もある。

まつき:だから『一億年レコード』の価格も安く設定できるんですよ。28曲が入っていて2,000円って、かなり安いと思うんです。でも、僕自身としてはそれくらい貰えれば充分なんですよね。仮に1ヶ月に100枚売れたら20万円の収入があるし、全然暮らしていける。だからライターさんとかも、自分でメチャメチャ面白い文章を書いてブログにアップして、それを課金制にするのもひとつの可能性だと思うんですよ。自分の好きな音楽とか、採り上げたいテーマを自分で決めて、それで食べていけるなら最高じゃないですか。

──身につまされる話ですが(笑)。でも、そういう動きができて初めてインターネットが肉体性を帯びてくる感じはしますね。

まつき:インターネットを肉体的に使うことは"M.A.F"におけるひとつのテーマなんです。使い方は凄くアナログなんですよ。毎週地道に更新したり、自分でやたらと書き込んでみたり、マメに返信してみたり、スクリプト的なことは全然無視してやっているんだけど、インターネットだからこそ成立している。

──メディアの反応はどんな感じなんですか。

まつき:今のところ、普段とあまり変わらないですね。僕が新譜を出してもメディアの反応は少ないので(笑)。今回も音楽ニュースのサイトがすぐに採り上げてくれましたけど、ああいう瞬発力のあるメディアは好きですね。情報伝達の速さも違えば、反応の大きさも違いますから。僕が腹を括っている以上はちゃんと採り上げなければと考えてくれるメディアもあるし、凄く有り難いですよ。

──僕らのようなフリー・マガジンは、印刷・製本費、全国への発送費、デザイン費用や原稿料の捻出を主にレコード会社の宣伝費でまかなっているんです。まつきさんのようなミュージシャンが今後確実に増えていけばレコード会社は無用の長物になって、僕らの食い扶持が絶たれる可能性が高い。もちろん僕らは別の方法を考えて断固刊行を続けていくつもりですけど、競合他誌がまつきさんの動向に関心を持たないのが不思議なんですよ。いち音楽ファンとして個人的に言えば"M.A.F"の設立は非常にユニークだし歓迎すべきものだけれど、弱小フリー・マガジンの編集長の立場で言えばもの凄く危機感を募らせていますよ。

まつき:どう言っていいんですかね(笑)。まぁ、僕の動きに関心が持たれないことに対しては鈍感だなって思いますよ。だから音楽メディアはダメなんだとは全然思わないけど、頭が固いなとは思いますね。でも、ちゃんと反応して欲しい人はしてくれているから、そこに不満はありませんけどね。

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一億年レコード

28曲入り/MP3 160kbps/価格:2,000円(税込)

 まつきあゆむの約1年半振りの新譜(ダブル・アルバム)。2010年1月1日発売、配信開始。専用サイトからのダウンロードのみの販売。まつきあゆむ本人が発売元であり、まつきあゆむからリスナーにダイレクトに届く。ジャケットやクレジット等と28枚の歌詞がデザインされた大きな画像ファイル(jpg)付き。

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