フラワーカンパニーズ、実に7年8ヶ月振りのメジャー復帰である。メジャー・レーベルからのリストラという挫折をメンバー間の堅い結束と魂で奏でる不屈のロックンロールで乗り越え、40歳を目前に控えた敗者復活戦のゴングが今高らかに鳴り響く。オリジナル・アルバムとしては2年4ヶ月振りに発表される『たましいによろしく』は、その抜き差しならぬリヴェンジに向けてフラカンが喰らわす一撃必殺のカウンターパンチだ。今年の春にライヴ会場限定で発売された奇跡の名曲『この胸の中だけ』を基軸として、多感な少年時代に思い描いた夢とすっかり中年になった今の現実との対比、通り過ぎた季節への追憶、そこから見いだせる変わったものと変わらないもの、そして人生を変えられたロックンロールへの限りない愛情が赤裸々な歌々に刻み込まれている。歌も演奏も軽やかでありながらも重く、飄々としていながらも芯の太さが貫かれているこの妙なる作品、後でボディーブローのようにじわじわと効いてくる深みもある。滋味に富んだこの境地は来年結成20周年を迎える彼らにしか到達し得ないものだ。老兵は去り行くのみ? 冗談じゃない。どうしても僕たちには今ロックンロールがいるんだよ。僕たちの心を鷲掴みにして離さないフラカンの純真なロックンロールが。(interview:椎名宗之)
せっかくの自信作を広められない歯痒さがあった
──今回のメジャー返り咲きはどんな経緯で?
グレートマエカワ(b):去年の段階で、僕らが所属してたトラッシュ・レコードを離れるっていう話を親しい人たちにはしてたんですよ。その話を聞き付けて声を掛けてくれたのがソニーさんだったんですね。僕らの最近の活動ペースもよく理解してくれてたし、是非お願いしたいなと思って。
──それは、アンティノス時代のスタッフからのオファーだったんですか。
マエカワ:いや、アンティノス時代にお世話になった清水さんには間を取り持ってもらったくらいなんです。
──ああ、ミドリのアルバム・タイトルになってジャケットのモデルも務めた清水さんですね(笑)。
鈴木圭介(vo):そうそう。あのジャケ、見てるとなぜかこっちまで恥ずかしくなるんですよね(笑)。
──水を差すような言い方になってしまうかもしれませんけど、トラッシュ時代もライヴを軸に置きつつ充実した作品をコンスタントに発表し続けていたので、今さらメジャーのお世話になる必要もなかったんじゃないかなと思ったんですよね。
マエカワ:そういうふうに言ってくれる人も多いけど、主にプロモーションの面で僕らだけの力じゃやっぱり限界があったんですよ。それが自分たちとしてはジレンマだったんです。
竹安堅一(g):自分たちでもいい作品を作っていた自信があっただけに、媒体への露出が少ないのが悔しい部分もあって。
鈴木:そう、そういう歯痒い部分がずっとあった。まぁ、メジャーに戻ったからと言って活動自体は今までと何も変わらないんですけどね。でかい事務所が付くわけでもないし、今まで通りこの4人でライヴをメインに活動していくのは変わらない。ただ、メジャーの力を借りて作品が全国に行き届くのは凄く有り難いことですね。
──プロモーションと言えば、我がロフトのレーベル、CRUXからリリースさせてもらった『下北沢へ出かけよう/下北沢へ出かけない』の時は大きな動きもできずに申し訳ありませんでした(笑)。
マエカワ:いやいや、そんなことないですよ。あのシングルのお陰でフジロックにも出られたし、いろいろといいことがありましたから(笑)。まぁあれですよ、40そこそこでバンドが終わりそうな雰囲気だったらメジャーでやるという選択肢は絶対になかったと思うんですけど、今のペースで長く活動を続けていくことを考えた時にメジャーが最善の策だと考えたんですよね。ライヴも演奏も前よりも格段に良くなってる手応えはあるけど、作品のアピールだけが満足にできない。新しく出来た曲も前より絶対にいいと思ってるのに。まぁ、今の若い子はこんなおっさんバンドなんて聴かないよなってちょっと思ってた時期もあったんですけどね(笑)。
──でも、常に新しい世代のファンを獲得し続けているのはライヴの客層からも窺えるじゃないですか。
マエカワ:そうなんですよね、有り難いことに。だから、自分たちのことを知らない人が世の中にはまだまだたくさんいるんだよなと思って。ライヴをやればやるほどそれを肌身で感じるんですよ。そういうわけで、自分たちの作品を今まで以上に押し広げてくれるレーベルの力を借りればまた次のステップに行けると思ったんです。仮にそれがダメでも、いつでもこの4人だけの状態に戻れますから。今はそういうフラットな感覚ですね。
鈴木:すべてを依存するわけでは全然ないしね。自分たちのやりたいようにやらせてもらえるのが大前提だし。
最初は全然違った『この胸の中だけ』のセリフ
──今回発表される『たましいによろしく』のような作品は、確かにもっともっと世に知らしめたくなると思いますよ。本作は今年の4月にライヴ会場限定で発表された『この胸の中だけ』を太い幹として、他の収録曲がそこから派生した枝葉のように集まった作品と言えますよね。
マエカワ:うん、まさにその通りですね。
──レゲエのリズムを基調とした『この胸の中だけ』はフラカンのキャリアの中でも屈指の大名曲だと思うんですが、少年時代の自分とすっかりしょぼくれてしまった今の自分との距離、少年時代に抱いていた夢の行方みたいなものをテーマに唄えるのはまさに"アラフォー"ならではですよね。『この胸の中だけ』は実際に小学校の校庭に忍び込んで曲のアイディアが浮かんだんですか。
鈴木:それじゃ不審者扱いされて捕まっちゃいますよ(笑)。実際に校庭には入ってないです。『この胸の中だけ』と『大人の子守唄』はもともと自分のソロ・ライヴ用に作った曲なんですよ。今から2年近く前、ネイキッドロフトでライヴをやらせてもらってた頃ですね。ごくごく軽い気持ちで作ったものだし、最初は音源として残すつもりもなかったんです。でも、メンバーに聴かせたら「いい曲だからバンドでもやろう」ってことになって。
マエカワ:圭介のソロ・ライヴを見に行って初めて『この胸の中だけ』を聴いた時に、"この曲は凄いな"って素直に思ったんですよ。ソロ用だろうとバンド用だろうと、これだけ近い関係だからいい曲も悪い曲もはっきりと判るじゃないですか。でも、そのソロ・ライヴの中で『この胸の中だけ』と『大人の子守唄』は群を抜いて素晴らしかったんですよね。まぁ正直、『この胸の中だけ』のセリフの部分を最初に聴いた時は"あれ、語りが入っちゃったよ"みたいな感じもあったんだけど(笑)、話が進むにつれて徐々に感動に変わっていったんですよ。子供の頃の自分と今の自分が対話するっていうのも凄い手法だなと思ったし。内容的にも手法的にも、ホントに凄い曲を作ったなと思いましたよ。
──あのセリフの部分は、今のライヴでもオーディエンスがグッとくる場面のひとつですからね。
マエカワ:うん、それはよく言われますね。
鈴木:まぁ、グッとくるかドン引きするかどっちかでしょうね(笑)。
マエカワ:いや、今までのフラカンの曲で一番泣けるっていう声をよくもらいますよ。
──メロディに乗せるよりも、敢えてセリフ形式にしようと最初から考えていたんですか。
鈴木:うん、あの部分は。最初は全然違ったセリフだったんですよね。僕のソロ・ライヴを見た80人くらいのお客さんはそれを聴いてるんですけど。
──どんな内容だったんですか。
鈴木:少年時代の僕と今の僕ではなく、警察官と僕のやり取りだったんです(笑)。校庭に忍び込んだ僕が「お前、何をやってるんだ!?」と警察官から職務質問を受けるっていう。
マエカワ:泉谷しげるさんの『黒いカバン』みたいな感じだよね。
──ああ、『黒いカバン』もおまわりさんに「カバンの中身を見せろ」と呼び止められる曲でしたね。
鈴木:そうそう。『黒いカバン』みたいな感じで延々とアドリブで喋ってたんですよ。「お前、普段は何やってるんだ?」「バンドやってますけど」みたいに。要するに最初は笑わせる部分だったんです。
──そんな笑わせるヴァースがこれだけ感動的な物語になるなんて(笑)。
鈴木:別に笑わせる必要もないなと思って。そもそも職務質問なんて受けたこともないし(笑)。
歳を重ねるごとに抑えが利くようになった
──バーズの『Mr. Tambourine Man』を思わせる曲調の『大人の子守唄』もグッときますよね。"どうしても僕には今ロックンロールがいるんだよ"と何の衒いもなく言い切る潔さが素晴らしい。
鈴木:それはもう...40なんで。ツブシも効かないし、これでやっていくしかないっていう。
マエカワ:そう、ロックに懸けるしかないんですよ。
鈴木:今さらヒップホップもやれませんから(笑)。
マエカワ:ライムを習得するのに20年は掛かりそうだしね(笑)。
鈴木:そもそもジャージが似合いませんからね。ヒップホップ的なジャージじゃなくて、ただのおっさんのジャージになっちゃうし(笑)。
──でも、『この胸の中だけ』のセリフの部分を聴くと、MCも案外行けるんじゃないかと思いますけど(笑)。
鈴木:いや、絶対に無理ですよ。僕はディスれないですもん(笑)。
──『大人の子守唄』然り、『この胸の中だけ』然り、無闇にアッパーな曲よりもグッと溜めの効いたミディアム調の曲に重きを置いているのが本作の大きな特徴のひとつですよね。『SHAKE MY LIFE』みたいに軽快なリズムの曲でもどこか胸を衝く切なさがあったり。決して枯れた境地に達しているわけじゃないけど、酸いも甘いも噛み締めたオトナの絶妙なバランスがあるって言うか。
マエカワ:まぁ、若いバンドならこうはならないでしょうね(笑)。僕らとしては、前よりも素直に好きな音楽をやってるだけなんですよ。今までも好きな音楽しかやってこなかったけど、それプラス、アッパーな曲を入れようとしてた気がします。それは全然悪いことじゃないんだけど。
竹安:歳を重ねるごとに抑えが利くようになってきたんですよね。無理して賑やかな音楽をやる必要もないし、過不足が判るようになったんですよ。今はこれで足りてると思ったら、それ以上付け足す必要もないっていう。
鈴木:無理矢理隙間を埋めることがなくなったよね。ライヴは4人しかいないからシンプルだけど、レコーディングの時はどうしても埋める方向ばかりに行きがちなんですよ。とにかくどんどん重ねたがる。
マエカワ:そう、まるで10人くらいいるような感じになる(笑)。
鈴木:それが最近は隙間を隙間として残せるようになったから、いい傾向だと思いますね。
マエカワ:若い頃は特にどんどん音を足していきがちだけど、その当時に好きで聴いてたのは隙間の多い音楽だったりするじゃないですか。パンクにしても、60年代のロックにしてもそうだと思うんだけど。でもやっぱり、ヘンに肩肘張っちゃって音を足したくなってしまう。最近はそこを随分と抑えられるようになったのが大きな進歩だと思います。
竹安:今一番快感指数が高いのは、歌モノにうまくフィットした演奏ができた時なんですよね。闇雲に音を詰め込むのではなく、シンプルなギター・ソロだけで歌を引き立たせるって言うか。
──無条件にノレる『ロックンロール・スターダスト』や『あの日見た青い空』といった小気味良いナンバー、『終身刑』のようにスティール・ギターが印象的な激しいナンバーももちろんあるんですが、それなりの重さも兼ね備えていると思うんですよ。単に賑々しいだけでは終わらないと言うか。
マエカワ:そうですね。そういう意味では、ライヴで受ける印象とはちょっと違うのかもしれない。
──アコースティック・ギターを基調とした『変わらないもの』と『たましいによろしく』の流れも歌詞の世界観と調和していいですよね。この2曲も『この胸の中だけ』同様に過去の自分と現在の自分の対比が描かれていますが。
鈴木:うん、テーマは一貫してますよね。
ロックンロールと出会えた幸運
──『この胸の中だけ』のセリフの部分で"幸せ"とは"夢中になれるものを持ってるって事"という一節がありますけど、それが皆さんにとっては『たましいによろしく』の歌詞にある"あの頃夢見てたロックンロール"であり"あの頃飛びついたスリーコード"なんでしょうね。だからこそ今もこうしてバンドを続けていられるんだろうし。
鈴木:今の時代、若い人はそこまで夢中になれるものをなかなか見つけ出せないのかもしれませんよね。
マエカワ:僕らにはロックンロールがあったから、ホントにラッキーだったと思いますよ。
鈴木:バンドを始めてから、夢中になれるものがないっていう状態が一度もないですからね。やりたいことはずっとあったわけだから、やりたいことが判らない人の気持ちが判らないのかもしれない。
竹安:今は音楽以外のいろんな娯楽の選択肢が増えすぎちゃったところはありますよね。
マエカワ:音楽だけに興味が湧くっていう人は昔に比べて少なくなったと思いますよ。今もずっと音楽業界に身を置いている人たちの中には、思春期にロックンロールによって人生を変えられた人が多いと思うんです。実際、僕らもそうだったし。そういう感覚は薄れてきているでしょうね、残念だけど。
──でも、『ロックンロール・スターダスト』の歌詞にもあるように、ロックンロールとは"It's MY FANTASY"じゃないですか。
鈴木:リアリティっていう言葉も自分の中では凄く重要なんですけど、リアリティを含めた上でのファンタジーだと思うんですよ。凄くシビアで現実的ではあるんだけど、ショー・ビジネスでもあり、夢を抱けるものでもあり。
──決して大袈裟な意味ではなく、ロックンロールは人間の人生を変える抗しがたい力がありますよね。『終身刑』の中にも"ロックンロールに捕まっちゃったら 死ぬまで大人になれないんだって"という歌詞もあるし、ロックンロールの終身刑なら甘んじて受けてやるって言うか(笑)。
マエカワ:もう喜んで受けますよね(笑)。
──この曲、ニール・ヤングの『Prisoners Of Rock 'n' Roll』からインスパイアされた部分はありますか。
鈴木:いや、僕は聴いたことないんですよ。"ロックンロールの囚われの身"...あ、一緒だ(笑)。
マエカワ:聴いたことはあっても、歌詞は見てないんじゃない?
鈴木:見てないね。ニール・ヤングは輸入盤でしか持ってないから歌詞が読めないし(笑)。
──"いつまでやれば定年 寝言ばっかで中年"って、いいライムを踏んでますよね(笑)。
マエカワ:やっぱりヒップホップも行けるかもしれないね(笑)。
鈴木:行けるかな? ディスれるかな?(笑) ただ、『終身刑』とは言っても否定的なニュアンスじゃないんですけどね。
──いつまでも同じようにロックンロールをやり続けているからこそ深みも出るし楽しいんだぜ、というような?
鈴木:そうですね。まぁ、悪く捉えようと思えば捉えられるのかもしれない。ロックンロールに囚われたばかりにこんな人生になっちまったぜ! っていう。普通に働いてさえいれば、今頃は家の一軒も建てられたかもしれないし(笑)。だから良い面と悪い面が両方あるんですよね。僕自身は思春期にロックンロールと出会って人生を変えられたひとりだし、今はそれで生活もできているからとてもラッキーなことだったと思うけれど、仮に何年か先にドジを踏んだら"あの時アイアン・メイデンさえ聴いていなければ..."と過去を恨むこともあるかもしれない(笑)。
マエカワ:"エディのバカヤロー!"って(笑)。
──でも、自分のやりたいことを見つけられずに悶々とすることもなく、ロックンロールに導かれて今日に至るだなんて、本当にステキなことだと思いますよ。これだけ先行きが不透明な現代において、自分が本当に好きなものを見つけるのは至難の業だと思うし。
鈴木:自分が何をしたいのか判らないけど、ひとまず東京に出てきて自分のやりたいことを探してみる。でも、なかなかそれが見つからない...そういう人は昔からたくさんいたんだろうけど、今の時代にはもっといるんでしょうね。僕らは幸運なことにロックンロールと巡り会えて、息巻いて名古屋から東京に出てきたけれど。
やりたいことをただ必死にやってきただけ
──そう言えば、本作には『上京14才』という明るい表情のナンバーがありますね。
マエカワ:上京して今年で14年っていう、そのまんまの曲ですね(笑)。ホントにあっという間の14年間でしたよ。
──歳も喰ったし恥も散々かいてきたけれど、"もう14才"ではなく"まだ14才"と言い切るところがとてもフラカンらしくていいですよね。
マエカワ:40間近になっても、"ああ、もう歳なんだな"っていう感覚もないんですよね。同世代のバンドも、長いツアーをやったり新しいアルバム出したりで活発に動き回ってますから。彼らを見てても"こっちもまだまだ負けていられねぇな"って思うし。
鈴木:年齢のことに関しては、自分じゃ余り気づかないんですよね。何やかんやとバンドも続けていられるし、気持ちとしては若い頃のまんまと言うか。ただ、ふと疲れを実感した時にだんだん自分の親父に似てきたことに気づいたりはするけど(笑)。
──考えてみれば、結成以来19年間、不動のメンバーでバンドを続けてきたのは本当に凄いことですよね。
竹安:まぁ、確かに凄いとは言われますけど、凄いのか凄くないのか自分たちにはよく判らないですよ(笑)。
マエカワ:逆に、メンバー・チェンジや解散をするほうがいろいろと大変なんだろうなとは思いますね。
鈴木:メンバー・チェンジがどんなものなのか、経験したことがないので実感としてよく判らないんです。高校の時はそんなこともあったけど、20歳の頃からずっとこの4人でやってますからね。
ミスター小西(ds):その時々で前向きだったり後ろ向きだったりしてきたんでしょうけど、常に必死でしたからね。やりたいことを必死にやってきただけだから、余計なことを余り深く考えてこなかったんだと思います。
──一旗揚げてやるという野心も当然あったんでしょうけど、それよりも自分たちが心底納得の行く作品作りやライヴの在り方を突き詰めることに腐心してきたように思えますが。フラカンにはそういう質実剛健なイメージがあるんですよ。それこそ"テクテクテクテクテク MY ROAD"(『自己満足からはじめよう』)って言うか(笑)。
マエカワ:地道と言えば地道だったのかな。ガツガツしてたところもあったんですけどね、これでも(笑)。
竹安:あと、時代の流行りに乗っからなかったのも良かったのかもしれない。
鈴木:単に乗れなかっただけかもしれないけど(笑)。
竹安:そうとも言える(笑)。でも、そのシーンが去ったら困るようなことはなかったよね。
鈴木:流行りが過ぎ去った途端、その渦中にいたバンドの動員がドスンと落ちるのを見てきたけど、僕らは良くも悪くもそういう村に入れなかったからね。
マエカワ:まぁ、こちらからその村の門を叩くようなこともなかったけどね。
鈴木:そうそう。だから僕らの場合は、急にお客さんが増えたこともなければ急に減ったこともなかった。
──トラッシュ・レコードの立ち上げに参加して『吐きたくなるほど愛されたい』を発表した頃は、逆境をバネにして激情モード全開で曲作りやライヴを展開していましたよね。辛酸を舐めるような経験をすると、それを至上の音楽として昇華させると言うか。表現に携わる人たちは皆そうなんでしょうけど、フラカンの場合、特にそういう印象が強いんですよね。
マエカワ:逆境をバネにするといい曲が生まれるっていうのは、割とよく言われますね。実際、そういう才能もあると思うし。でも、最近は逆境じゃない時にいい曲やアルバムを作れてるから、それが凄く自信になってるんですよ。
鈴木:逆境は『吐きたくなるほど愛されたい』だけですよ。あの時期のみですね、今思えば。ずっと順風だったわけじゃないけど、あの時期に著しく逆境を味わった。俺が個人的にオチまくってた時期で。
──当時のライヴも壮絶でしたよね。まさに『白眼充血絶叫楽団』という曲の通り、白眼をひんむいての大絶叫で。
鈴木:白眼だったらどのバンドにも負けない自信がありましたからね(笑)。バカでかい声と白眼の日本一になってやろうと思ってた(笑)。
大袈裟にがなる必要は、今はない
──今はその当時よりもオーディエンスを楽しませる比重がより強まりましたよね。
鈴木:うん。もともとそういうタイプの人間なんですよ。『吐きたくなるほど愛されたい』の時だけが一風変わってた感じで、ちょっと自虐的に走りすぎてた。ライヴを見せるっていう段階まで行ってなかったし、自分の感情をただ吐き出してるだけでしたから。それはそれで、あの時にしかできなかったものだったし、良かったとは思うんですけどね。今は逆にああいう表現はできませんよ。大袈裟にがなる必要は、今はないと思ってるんです。いつかまたそう唄いたくなる時もあるかもしれないし、それを否定するつもりも全然ないけど、今それをやるとわざとらしいものになってしまう。
──必然があって叫ぶわけじゃないですからね。
鈴木:そうなんですよ。格好だけで叫んでも嘘になってしまうから。『吐きたくなるほど愛されたい』の時は、あれしかできなかった。叫ぶしかなかったんです。
──今は今で、『この胸の中だけ』もそうだし、4年前に発表した『深夜高速』もそうだし、近年は深く胸を衝く楽曲が増えましたよね。過剰なパフォーマンスで訴えかけるのではなく、楽曲の持つ力だけで聴き手の琴線に触れると言うか。
マエカワ:そうですね。いろんな経験を積んだ上での人間的な成長もあるんでしょうけど。一度メジャーを離れて、自分たちだけで活動を続けていった経験も加味されてると思うし。メジャーを離れた時点がどん底だとしたら、そこから今日に至るまではずっといい感じで来てると思うし、4人それぞれが学べたことがたくさんあった気がする。
竹安:トラッシュ・レコードに移って全然辛くなかったと言えば嘘になりますけど、その経験から自分たちが得たもののほうが断然大きかったですからね。以前に増して互いが互いを信じるようになったし、デビュー前にもやらなかった4人だけのドサ回りツアーを30になってからやったのもいい経験になったし。各地のライヴハウスのスタッフと直に話すことでいい勉強ができたし、とにかく得たものが凄く多かったんですよ。
──個人的な話ですが、皆さんがかつて所属していた会社に僕も勤めていたことがありまして、当時その会社が社運を懸けていたのは皆さんと斉藤和義さんの二本柱だったように記憶していますが。
マエカワ:まぁ、僕らは柱にはなってませんでしたけどね(笑)。
鈴木:柱と言うよりも白アリみたいなもんですよ(笑)。散々食い散らかすだけで。でも、当時の事務所には良くしてもらいましたよ。世間は不況の真っ只中だったけど、音楽業界はまだバブリーだったし。
──バンドの確たる自我が芽生えたのは、やはりトラッシュ・レコードに移籍してからなんでしょうか。
マエカワ:うん、完全にそうですよ。それは絶対に必要な経験だったし、今思えば凄く有り難いことだったと思います。
──アルバムの話に戻りますが、今回はアコースティック・ギターの音色が特に冴え渡ってると思うんですよ。『変わらないもの』や『たましいによろしく』もそうだし、切なくも明るいエンドロールのような『サヨナラBABY』もアコギを基調としていますよね。
竹安:レコーディングに入る前から何曲かはアコギが必要だなと思ってたんですよ。昔はそれこそ、斉藤和義君からアコギを借りたりしてたんですけど、意を決して自分でアコギを買ったんです。それが嬉しくて、今度のアルバムでもふんだんに使ってみたかったんですよね。
Mr.PANのスタジオで録った50's調の楽曲
──あと、『たましいによろしく』では印象的なキーボードのアレンジが曲の世界観を補完していますね。
マエカワ:そうなんですよ。あれはソウル・フラワー・ユニオンの奥野(真哉)さんに弾いてもらったんです。一番身近な素晴らしい鍵盤奏者は奥野さんしかいませんから。
竹安:たましいが浮遊する様が音になっていると言うか、名演ですよね。
マエカワ:奥野さんは僕らのいいところも悪いところもよく知ってるから、ちゃんと考えてくれてたと思うんですよ。実際、鍵盤が入ってだいぶ良くなりましたからね。
──ベタと言えばベタなアレンジじゃないですか。でも、ああいうちょっと過剰な感じがフラカンにはよく似合いますよね。
マエカワ:そうですね、確かに(笑)。ちょっと古くさいところも自分たちの持ち味なんだろうし。
──古くさいと言えば、50年代のロックンロールの息遣いを感じる『自己満足からはじめよう』の音像も凝っていますね。実像が向こうにある、ちょっと膜が張っている感じと言うか。
鈴木:『自己満足からはじめよう』と『SHAKE MY LIFE』はニートビーツのMr.PAN(真鍋崇)のスタジオを使って録ったんですよ。
──ああ、真鍋家の地下室にあるプライヴェート・スタジオ(GRAND-FROG STUDIO)ですね。ミキサー卓もアンプも楽器も、何から何までがヴィンテージで揃えてあるという。
マエカワ:そうです。どんな音がするのか、一度使ってみたかったんですよ。うまく録れればアルバムに入れようと思って。真鍋がエンジニアとしてどれだけの働きをするのかも見ておきたかったし(笑)。
──ちゃんと白衣を着ていました?(笑)
鈴木:着てましたよ、博士みたいに(笑)。
マエカワ:スタジオが完成したばかりでヘッドフォンが2個しかなかったりして、いろいろと不自由だったんですけどね(笑)。でも、あいつはマニアックなヴィンテージ機材ばかりを取り揃えてるから、ドラム・セットもギター・アンプもベース・アンプも全部そこのを借りて録ったんですよ。いつもの自分たちの機材じゃないから違う音が鳴るし、凄く面白かったですね。
──なるほど。それじゃ必然的に50年代のロックンロールみたいな音になるわけですね。
鈴木:うん、そういう音にしかならないですから。その2曲なら雰囲気にも合うと思ったし、そこは狙い通りでしたね。
竹安:ミキサー卓はトム・ダウド(デレク&ザ・ドミノスやエリック・クラプトンの諸作品で活躍した名エンジニア)が使ってたらしいですからね。
──そういう触れ込みで売り付けられたみたいですね(笑)。ということは、結構いろんなスタジオを使ってレコーディングをしていたんですね。
鈴木:録ってた期間もバラバラでしたからね。ツアーの合間に1、2曲録ってまたツアーに出るみたいな感じで。
竹安:その割にはうまくまとまってる感じがあるよね。
──そうなんですよね。そこはやっぱりバンドの力量であり底力なんでしょうけど。
鈴木:多分、録ってた時期の気持ちがブレてなかったからじゃないかな。だから録った場所も時期も違うのにコンセプト・アルバムっぽい仕上がりになったような気がしますね。
"オレたちはこんだけやったぞ!"とはまだ言えない
──『この胸の中だけ』に出てくる幼き日の自分は、40間近になるまでバンドを続けていると思っていたでしょうか。
鈴木:いや、そんなイメージは全然なかったですね。30歳の自分ですら少年時代には想像も及ばなかったし。30歳なんて言ったら、ポマードでテッカテカな七三分けをしてるイメージしかなかったですよ(笑)。バイタリス(ヘアリキッド)とか使ってそうな(笑)。まぁ、よくぞここまで来たなと思うこともあるけど、それよりもまだ何も得てないよなっていう気持ちのほうが強いですよ。何とか喰えてるのは確かにラッキーだけど、"オレたちはこんだけやったぞ!"っていうようなことはまだ言えないなぁ。やっぱり一軒家くらいはドーンと建てないと(笑)。あ、半年前に機材車は買い換えられましたけどね(笑)。
竹安:何せ初の新車だからね(笑)。
鈴木:そう、8台目にして初!
マエカワ:ライヴのMCでも声を大にしてそのことを言ってたしね。
鈴木:"みんな見てけよ! ついでに掃除してけよ!"って(笑)。
──今の日本経済を支えているのは皆さんと同世代の人たちだと思うんですけど、そうした人たちに特に聴いて欲しいと思うことはありますか。
鈴木:いや、それは特に考えてないですね。かと言って、無理して若い人たちに向けてるわけじゃないですけど。もちろん若い人たちにもライヴへ来て欲しいけど、そこに照準を合わせて曲を書いてるわけじゃないですね。
マエカワ:今度のアルバムは確かに同世代からの評判がいいんですけど、若い人からも「『この胸の中だけ』にグッときた」と言われることが多いし、ちゃんと支持されてるんですよね。これはもう、世代じゃなくて感覚の問題なんだと思いますよ。
鈴木:20歳の人は20歳の人なりに"歳喰っちゃったな"って思うことがあると思うんですよ。"もう20歳になっちゃったよ"って。こっちは"まだ20歳なのに何言ってんだよ!"って思うけど(笑)。それと同じように、僕らが「もう40歳だよ」なんて言ったら、60歳くらいの人に「何言ってやがんだ、まだ40歳じゃねぇか!」って怒られると思うし。
マエカワ:遠藤ミチロウさんが「40代が一番面白かった」って言ってましたからね。スキルも付いて、やりたいことが存分にできるって。50代はもっとラクになって面白いんだけど、今度は体力がついていかないんだよって(笑)。ミチロウさんみたいに今も充分格好いい人の言葉だから説得力があるし、僕らも40代を迎えるにあたって凄く希望が持てましたよ。考えてみれば、ストーンズもメンバーはとっくに60歳を超えてるのに未だに凄いライヴ・パフォーマンスをやってますしね。
──ミック・ジャガーのように日々身体を鍛えてみたりとかは...ないですよね?(笑)
鈴木:全然ないですね(笑)。"あんな年齢なのにこれだけキレのある動きができて凄い!"っていう感動よりも、全然動けてないんだけど、その日の精一杯の動きをしてるほうが僕は胸を打たれるんですよ。
ロックンロールが僕らを離してくれなかった
──『サヨナラBABY』の中に"少年の夢はまだ 胸の中に"という一節がありますけど、10代の頃の夢がまだまだ続いているなんて、とてもステキなことじゃないですか。夢が続いていれば新しい機材車も買えるわけで(笑)。
鈴木:あの頃に抱いてた夢がまだ叶ってないですからね。まだ何も成し遂げてないと思うから。だからこそ萎えることなくテンションを落とさずにいられる。と言うか、まだまだ落とせない。バンドを長くやってこれたのはそういう背景もあると思いますよ。
──あれだけ胸に染み入る曲を作っても、見る者の感情を激しく揺さぶるライヴをやっても、やっぱりまだまだですか。他に何が必要なのかなと正直思いますけれど。
鈴木:一軒家です! 世田谷に一軒家を建てることですね(笑)。
マエカワ:強欲だなぁ(笑)。
竹安:でもホント、理想的な状況にはあると思うんですよね。こうしてまたメジャーからCDが出せて、お客さんがライヴに足を運んでくれて。だからそういうのを全部、もうちょっと太くしていきたいですね。
マエカワ:最初のほうの話に繋がりますけど、やっぱりもっと知られたいですよね。せっかくいい曲を作ったんだから、それを是が非でも聴いて欲しい。
鈴木:知られないことの悔しさや歯痒さみたいなものは、この5、6年凄く身に沁みて感じるんですよ。歯痒さゆえにもっと踏ん張ってやろうっていういい面はもちろんあるんだけど。
──ただ、フラカンの今回のメジャー復帰は、後進のバンドにとってはとても大きな励みになると思うんですよ。これだけCDが売れない青息吐息の時代でも、フラカンのように愚直なまでに己の信じた道を突き進めば希望の光を見いだせるっていう。
鈴木:まぁ、そうかもしれないですけどね。でも...(小声で)若いバンドには余り頑張って欲しくないですね(笑)。「バンドは決して儲からないよ」と教えてあげたいです(笑)。
マエカワ:儲かってないのは僕らだけかもしれないけどな(笑)。
──では敢えて伺いますが、儲からないのに何故バンドを続けているんでしょう?
鈴木:それはやっぱり、『終身刑』の歌詞にある通りですよ。ロックンロールに取り憑かれちゃったんで。そこから逃れられなかったから。逃れたくても逃れられなかった。
竹安:ホントにそんな感覚ですよね。ロックンロール以外のことに興味が持てなかったし、仮に興味を持てても浅く終わってしまうと言うか。
マエカワ:そうじゃないと、バンドなんてとうの昔にやめてるだろうからね。
鈴木:自分たちにとってはバンドが唯一続いてることなんですよ。喰うこと、寝ること、バンドをやること。それくらいしか続いてることがない。まぁ要するに、ロックンロールが僕らを離してくれなかったんですよ。なんて、それはちょっと格好つけすぎかな(笑)。