どれだけ人間的なレコーディングができるか
──今回の『ROLL ON GOOD!!』をこのスタジオで実際にレコーディングしてみて、手応えは如何でしたか。
PAN:メチャメチャ良かった。環境がやっぱり一番良かったね。自分達がアーティストであり、プロデューサーであり、エンジニアであるっていうのも良し悪しはあるけどね。コントロール・ルームで自分で録音ボタンを押してからスタジオに行って演奏せなアカンっていうのもあるけど、トータルで言えば遊んでる感じが多くて凄く良かった。どっかのスタジオを借りると、どうしても時間に拘束されて「この作業は絶対今日までに終わらせなアカン!」とかになるけど、ここならちょっと酔っ払ってきたらやめることもできるしね(笑)。ただね、メンバーがいない時に独りで歌入れやコーラスをする時は凄く寂しいよ。誰もおらへんスタジオで「イェーイ!」って独りで叫んでるわけやから、かなり恥ずかしい(笑)。そんな時に誰か知らん人が入ってきて「ウォーッ!」って言うてる姿を見られたら、凄く情けないしね。唯一の難点は、そういう孤独な闘いくらいかな(笑)。
──スタジオの天井もかなり高いし、思いのほか中も広いですよね。
PAN:設計もスペースのギリギリまで行けるようにしたね。フィル・スペクター(「ウォール・オブ・サウンド/音の壁」と称されるサウンドで名を馳せたアメリカのプロデューサー)が使っていたゴールド・スター・スタジオっていうのがあって、それとほぼ同じ大きさなんだよね。だから俺もここでウォール・オブ・サウンドみたいな独自の音を作るぞ、って夢見て。
──自身のスタジオでのレコーディングということは、普段よりも長く時間を掛けたんですか。
PAN:うん。でも録りはいつもながらに3日でやった。トラック数が少ないから、録った後のほうに時間を掛けたね。曲によってはドラムもマイク1本でしか録ってないし。8トラックまでで録れる音楽が一番いい音楽だっていう考えが俺の中にはあって、特にロックンロールはそうなんだよね。
──新作は音に切迫感があって、とにかく生々しいですよね。音量もメーターまで振り切って、ノイズがピシャピシャ言っているのが随所に聴こえるし(笑)。
PAN:意図的に音のレベルを目で確かめなかったからね。だからドラムもシャリシャリ言ってる。とにかくありふれた音は録りたくなかったし、ここでしか録れへん音にしたかった。曲の終わりの潔さとシンバルがグシャって鳴ってるのはこだわったね。ベテランのエンジニアから見たら有り得へん録り方をしてると思うよ。「オマエ、何てことしてるんだよ!?」って間違いなく言われるだろうね(笑)。
──すべてを勢いに任せて際限まで振り切っているし、サウンドもシンプルさの極致にまで達した感がありますよね。
PAN:そうだね。楽器を増やすよりも、少ない楽器でどれだけライヴ感と音圧を出すかってところに今の自分達は一番興味があるからね。いろんな方法はあるけど、この限られた状況の中でどうやるのかっていう人間的なレコーディングがしたかった。そういう意味でもデジタルはなるだけ使わないようにしたし、マウスでレベルを調整するんじゃなくて、あくまでも自分の手でつまみを調整した。ただ、ヴィンテージの機材って不思議なもんで、レベル1と2の間の音量だけでも随分変わるんだよ。2やったら極端、1やったら少ない。その間が一番いいのになくて、「それじゃ思い切って2や!」ってなる。トゥー・マッチかナシかの二者択一なんだよ。でも、それこそが今のニートビーツに欲しいものでもある。だから「こんなスタジオは使えないよ」って言うバンドもおるやろうし、その逆もあるだろうね。それがこのスタジオの特色なのかなって思う。
──「NEVER MIND」「マッケテーナ」「茶会人生」という頭の3曲も、短いセンテンスを怒濤の如く唄い切る潔さがありますね。
PAN:どれもなるべく3分以内に収めて、ジャーンって曲が終わって余韻に浸りたくなかったんだよね。その余韻の部分はカットして、もう次の曲に行きたかった。今回、マスタリングをJVCって所でやったんだけど、小鐵さん(小鐵 徹、日本を代表するマスタリング・エンジニア)っていうベテランの方から「こんな音を扱うのは久々です」って言われて(笑)。で、「曲の終わりは全部潔く切って下さい」ってお願いしたんだよ。フェイド・アウトでも「急降下的な感じにして下さい」って。そこはよく熟知されていて、「昔はよくそういう終わり方でしたよね」って言ってくれてね。小鐵さんとは凄く相性が良かったな。
──ニートビーツの新作が出るたびに楽しみなのがカヴァーの選曲なんですけど、今回はビートルズで知られる「KANSAS CITY~HEY! HEY! HEY!」やダニエル・ブーンの「DON'T TURN AROUND」、日本では江利チエミの名唱でも有名な「TENNESSEE WALTZ」、ヘンリー・マンシーニの作曲によるインスト「PETER GUNN」といったスタンダード性の高いナンバーが並びましたね。
PAN:うん。今回はスタンダード・ナンバーとマージービートっぽい曲をやろうと思って。このスタジオは昔の曲をカヴァーすると凄く生き生きするんだよ。だから凄く楽しかったね。
──古き良きナンバーをヴィンテージの機材で録るというところに男のロマンを感じますけどね(笑)。
PAN:凄く電気を喰ってるけどね。間違いなく世の中のエコ・ブームと真逆を行ってるから(笑)。このスタジオを使うと尋常じゃなく家の電気代が上がるんだよ。真空管の熱量がとにかく凄いから、まぁしょうがないんだけどね。
形がシャープなら音もシャープになる
──メンバー以外にエンジニアを立ててレコーディングをしたりとかは?
PAN:それはまだやったことがないんだよね。できれば全部自分でやりたいし。今後もしこのスタジオを使いたいっていうバンドがいれば、その時も俺がエンジニアをやりたい。白衣を着込んで、見習いの気分でやるんで(笑)。
──ビートルズの『レコーディング・セッション』という本によると、60年代のレコーディング・スタジオではスタッフが白衣を着用するように義務付けされていたそうですね。
PAN:アビイ・ロード・スタジオがそうだったよね。それを真似て俺もこのスタジオでは白衣を着てるんだけど、この姿で出迎えるとみんなまずビックリするんだよ。まぁ、レコーディングという実験に立ち会う博士みたいなもんかな。ガッチャマンの南部博士みたいな感じだよ(笑)。この白衣も形から入ることの表れだね。何事も形から入るのが俺は好きで、ここの機材もそうやけど、形と音って絶対に比例すると思うんだよね。形がシャープなら音もシャープになる。知り合いのエンジニアもそういうもんだって言ってたし。
──GULLYさんとの6年振りのレコーディング・セッションは、音を出しながら少しずつ勘を取り戻していった感じですか。
PAN:うん、それはある。GULLYは曲を覚えるのがもの凄く遅い(笑)。やっぱり、6年間一緒にやってなかったからね。やり出すと早いねんけど、それまでが凄く遅かった。
──先行シングルだった「ONE MAN BUSINESS」やライヴではすでにお馴染みの「SWEET CURRY TWIST」といった曲は、アレンジを固めるまでもなかったのでは?
PAN:そうだね。今回はほとんどライヴでやってたアレンジでしかやらなかった。余りにアレンジが込み入った曲は入れるのをやめにしたし、その辺は諦めが早かったよ(笑)。
──去年は結成10周年記念ツアーを2回に分けて凄まじい本数のライヴを敢行しましたけど、今年もすでに恐ろしいライヴ日程を鋭意断行中ですね。
PAN:6月まで50本くらいあるね。以前はツアーの合間にレコーディングの日程を組んだりして凄い大変だったけど、こうして自分のスタジオも出来たことだし、これからは楽でいいなと思って。ツアーが終わって「そろそろ録ろうかな」と思ったらすぐにできるからね。これぞバンド生活! って感じにやっとなった(笑)。
──ちなみに、この「GRAND-FROG STUDIO」という名称の由来は?
PAN:この家が更地になる前の建物の時に、5、6年もの凄くでっかいカエルが1匹棲んでてね。周りに池なんてないのに、毎年何故かそのカエルに会うんだよ。いつも玄関の前にいて、何度もうっかり踏んじゃったりしたんだけど(笑)。この家の地下を掘るために一度更地にすることになって、「あのカエル、どうなるんかな?」ってずっと気になってた。そしたら、家を壊す直前に最後の荷物を取りに来た時、玄関に偶然そのカエルがいたんだよ。それでカエルをケースに入れて公園まで持って行って、池に放した。そうやって手放しちゃったけど、名前だけは残しておこうと思ってね。ごっつい動きが遅くて、多分おじいちゃんやろうなって思うてたから、「GRAND-FROG STUDIO」って付けてみたんやけど。
──このスタジオはいずれいろんなバンドに開放する予定なんですよね?
PAN:そうしたいけど、どこまでみんな使いたいと思ってくれるか判らないし、そこが一番の問題だね(笑)。どっちかって言うとできない作業のほうが多いから、それをどれだけ良しと思うかどうかだね。普段デジタルの環境に慣れてるとしんどいだろうし。
──でも、ビートルズ然り、ストーンズ然り、60年代はわずか8トラックであれだけ広がりのあるレコーディングができたわけですからね。
PAN:そうそう。あと、演奏で間違えた部分をパンチ・イン、パンチ・アウトして直すのを極力したくないんだよね。それがいいテイクだったら、「いいやん、それで」って思う。間違えたように聴こえるのは俺達だけかも判らへんで? っていうのもあるし、そういう修正をお願いされたら俺は「イヤです」って言っちゃいそうだしね(笑)。愛想良く応対するんじゃなく、「絶対やらへん」って言ってのけるエンジニアになりたいから。だからいろんなバンドに使って欲しいけど、いろんなバンドが使ってくれるかどうかはまた別の話(笑)。
──それにしても、これだけの機材をよくあの狭い階段をつたって下ろしましたよね。
PAN:階段の狭さだけが唯一の設計ミスやった(笑)。ピアノをバラして下ろしただけで7万円掛かったから。ピアノを運ぶ業者のおじさんもちょっと怒ってたもんね。「これを下ろすの? こんな細い階段をすり抜けるピアノなんてないよ!?」って(笑)。
これがMr.PANのプライヴェート・スタジオ「GRAND-FROG STUDIO」だ!