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INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】松井常松(2007年8月号)- ソロ・キャリア始動から19年、唄うことのリアルさを追求した真の"よろこびのうた"

ソロ・キャリア始動から19年、唄うことのリアルさを追求した真の“よろこびのうた”

2007.08.01

BOφWY解散後、常に独自の音楽性を追求してきた"Mr.ダウンピッキング"こと松井常松が、『Bye Bye EXTREMER』以来実に9年振りとなるオリジナル・アルバム『Lullaby of the Moon』を発表した。松井の甘くソフトな歌声を全面的にフィーチュアし、彼の輝かしいキャリアの中で最もパーソナリティが色濃く表出した"真のファースト・アルバム"とも呼べる会心作である。過去に彼が創作してきた多種多様な音楽的スタイルがすべて詰まった集大成的な趣きも感じられるが、注目すべきは無垢で柔らかいその歌声。「世界は光に満ちあふれてる」と強い確信を持ちつつ穏やかに唄う今こそ、松井常松は妙なる"よろこびのうた"を体現することができるだろう。(interview:椎名宗之)

ギターを弾きながら唄う喜びを見いだした

──9年振りのオリジナル・アルバムが遂に完成したわけですが、去年の9月に発表した前作『Nylon nights』は松井さんの中でどんな位置付けの作品だったんでしょうか。

松井:あのアルバムはそれまでのキャリアのベスト的な趣きもあって、その時点で唄いたいものをその時の気分で唄い直してみたいと思って作ったものなんです。去年の6月、鎌倉の歐林洞という所でアコースティック・ギターを弾きながら唄うスタイルで久しぶりにライヴをやったんだけど、そのライヴの感じが凄く良かった。会場の空気感やオーディエンスとの一体感が凄くあったし、ちょっと同窓会みたいな雰囲気もあってね。そのライヴをそのまま作品として発表したかったくらいなんだけど、あいにく録音をしていなかった。だから、同じ形でレコーディングすればいいんだと思ってラフに録ったのが『Nylon nights』だったんですよ。アレンジも深く考えることを敢えてせず、僕がギターを弾きながら唄ったテイクの上にもう一本のギター、パーカッション、サックスとかを重ねたら自然とああいう形になっただけ。

──松井さん=ベースというイメージがどうしても強いので意外なんですが、アコースティック・ギターを抱えて唄うアプローチはずっと試みたいと考えていたんですか。

松井:ライヴでは歌を中心にしたいとずっと思っていましたね。BOφWYからの流れがあるので、みんな当たり前のように僕のことをベーシストとして見るし、ステージでベースを弾かなくちゃいけないという義務感はあったんだけど、それはそれで大変なんですよ(笑)。ベースを弾く時は一職人でありたいと思っているし、ドラムやギターとぴったり寄り添ってなんぼ、みたいなところがある。それは同じ音楽でも歌を唄うのとは程遠いし、ベースを弾く以上は弾いていること自体が楽しくて手一杯という状態でいたいんです。

──ポール・マッカートニーやスティングみたいに、歌を唄いながらベースを弾くというのは?

松井:そういうスタイルにはどうも行けなくてね。ただ、曲を作る時は昔からエレクトリックやナイロン弦のギターを使っていて、ちょっとしたコードくらいは弾けたから、そのままのスタイルでやってみようと思った。とは言え、ストロークしかできないんだけどね。

──松井さんが自ら唄い始めたのはソロ3作目の『月下氷人』('92年10月発表)からですが、当時は唄うことを楽しめていなかった?

松井:今思うとね。その頃に興味があったのはサウンド・アプローチ的な方向でしたね。でも、僕がBOφWYというポップなバンドをやっていたから「ステージに立って欲しい」という要望がひしひしと感じられて、ステージの真ん中に立つためには歌しかないと。そこから自分で歌を唄うというスタンスで曲作りを始めていった。ただし、当時は義務を背負っている感があったし、ベースも弾かなくちゃいけない。もちろん8ビートを期待される。だから、『月下氷人』の頃はまだ制限があった時代でしたよね。

──そんな松井さんが、今のように唄う喜びを感じるようになったきっかけは何だったんですか。

松井:さっき話したように、鎌倉でのライヴで手応えがあったからですね。あと、その前にメジャーから下りたこと。CDをたくさん売らなければいけないメジャーのプレッシャーは凄まじいものだったし、そこにいたのは窮屈なところもあった。事務所もプライヴェート・オフィスになったけど、自分の思ったように音楽を続けていけばいいんだと思えた。それで自分の生活がまわっていき、自分と自分の音楽を聴いてくれるファンとの間にちゃんとコミュニケーションが取れればいいんじゃないかと。そう考えたら凄く気持ちが楽になったんですよ。

──最新作『Lullaby of the Moon』は、そうした現時点での松井さんのありのまま姿が投影された、真のデビュー作とも言えるハンドメイドな作品ですね。

松井:ミックスまで自分で手掛けているからね。“こう聴こえさせたい”という思いが強くあったので、歌の処理も全部自分でやりたかったんですよ。普通ならあんなに深いリヴァーブを全体に掛けないよね。あれを究めていって、クォリティの高いものにするにはまだまだ時間が掛かるだろうけど、現時点では自分が望む音になっている。だから、自分としては今までのどのアルバムよりも好きな一枚なんですよ。もちろん、事が足りていない部分はいっぱいあるけど、それを天秤に掛けた時に、自分のやりたいことができた充実感のほうが凄く大きい。

──9年間ものブランクがあったということは、膨大な曲のストックがあったんじゃないですか。

松井:その時々で録り溜めていた曲がいっぱいありますよ。人のために作っていた曲もあるしね。そのおびただしい数の曲の中から、断片的なアイディアを自分の中で一度消化していった。その流れが凄く重要で、うまく流れさえ組めば全く別のジャンルの曲でもひとつの作品として聴けるものが出来ると思った。アルバムを一枚聴き終えた時に、松井常松というパーソナリティが感じられるものになると確信していたしね。

──二胡をフィーチュアした「きさらぎの望月」、ピアノとハミングから成るインストの「Feel the Energy」、アコースティック・ギターでしっとり聴かせる「Little Star」、ラテンのテイストが色濃い「春雷」など、曲調は思いのほかヴァラエティに富んでいますよね。曲と曲とが有機的に作用し合って、不思議と統一感を感じさせる相乗効果を生んでいる気がします。

松井:僕もそう思う。昔から好んで聴く音楽は節操がなくて、あらゆるジャンルの音楽を貪欲に聴くんですよ。その人の個性が滲み出ている曲が好きだし、自分でもそういう音楽をやりたいと思ってる。ただ、いろんなタイプの曲を並べてみた時にどれも松井常松の曲だと判らないといけないんだけど、そこは独自のひねりみたいなものを意識的に入れてます。曲の成り立ちは色々だけどね。「Little Star」や「Forever」は『Nylon nights』を経たからこそ生まれたシンプルな曲だけど、「きさらぎの望月」は当初インストにするつもりだった。ギターで弾いていたフレーズを試しに唄ってみたらああなったんですよ。歌ものだと思う時はギターで作るし、シンセサイザーから作る時もある。ひとつ恰好いいベースのリフが思い付けば、そこから曲を作っていく。僕は本格的に精通したジャンルやプレイ、作曲方法が何ひとつないんです。要するに、飽きっぽい性格なんですよ(笑)。

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