今年目出度く結成10周年を迎えるニートビーツが、かつてロック不毛地帯だった極東にその礎を築いた先人達に敬意を表すべく、『JAPANESE ROCK & ROLL ATTACK!! ~ロックンロールの逆襲!!~ 日本編』なる究極のオマージュ・アルバムを完成させた! この10年の間に知り得たミュージシャン仲間やオリジネーターをも巻き込んで放たれるジャパニーズ・ロックの真髄が実に全10曲! オリジナルをリアルタイムで聴いてきたロック検定黒帯クラスも、原曲などつゆ知らずな仔猫チャン達もザッツ・オーライト・ママ! 先人の生み出したロックンロール・エチケットを頑なに守り続けるニートビーツがニッポンのロックを背負って立つ! Mr.PANこと真鍋 崇(vo, g)によるロックンロールの逆襲宣言に心して耳を傾けろ!(interview:椎名宗之)
ゲストありきで選曲したら楽しくプレイできた
──今年は結成10周年ということで。
真鍋:そうなんですよ。なんだかいろんなことをやってるうちに、いつの間にかそんな時間が経ってまして。早いなぁ…って感じですね。
──過密にも程があるツアーがあり、プライヴェート・スタジオ“GRAND-FROG STUDIO”の建築も進行中の中、よくぞこれだけ聴き応えのある日本語ロックのカヴァー・アルバムを完成させましたね。
真鍋:もう、いつどこで何をしているのか自分でも判らないというね(笑)。
──古き良き日本のロックをカヴァーするというこの温故知新的なアルバムは、やはり結成10周年というのを意識して?
真鍋:そうですね。“これぞロック!”みたいな、いなたいイメージのある古い曲をもう一回洗練してみようと思って。あと、日本のカヴァーはやらないっていう意地があったのを敢えてやったっていうのもあるし。
──洋楽のカヴァーはこれまで散々やってきましたしね。選曲はかなり難航したんじゃないですか?
真鍋:ぶっちゃけて言うと、俺達が日本のロックを20曲やるっていうのは無理なんですよ、難しいから(笑)。だから今回は、まずゲストありきで選曲しようってことになって。例えば大友康平さんが来るんやったら「浮気なパレットキャット」やろうや、みたいな。そうやって、言ったらゲストのおかげで選曲もできて、凄い楽しくプレイできた。みんなも楽しんでくれたし。
──このアルバムに参加しているゲストの人脈は、図らずもニートビーツの10年を反映していますよね。カヴァーの難しさはどんなところにありますか?
真鍋:'80年代の日本のロックって、なんて言うか…凄いやん? ダサいやん?(笑) キメとかいろいろ。聴いたら“絶対ムリ!”って感じで。なんか食い方とかもやたら食うし、みたいな(笑)。やたら食うリズムって言うか。だからこれをどうすべきか? っていう。でも、ある意味いなたいところとかも色やし、どうしようか? って考えて、最初はオリジナルに忠実にやってみたりもしたんですけど、そしたら“これはなんか学祭っぽいぞ!”ってことになって(笑)。
──学園祭のコピー・バンド大会みたいな(笑)。
真鍋:そうそう、ホンマにそんな感じで。これじゃイカンやろと。で、いつも通りやろうと。“こういう曲の雰囲気でやりますよ”ぐらいのレベルでやりましたね。もう聴き方を変えて。そうするとラクにできたね。
──でも、ニートビーツらしさが一貫してあるので、ブレてない印象は受けましたけどね。
真鍋:そうしましたね。ややこしいことはやらへんっていうのを最初に決めて。
──せっかくなので1曲ずつ思い入れなどを訊いてみたいんですけど、まずクールスの「シンデレラ」はニートビーツのオリジナル曲にあってもおかしくない仕上がりですね。
真鍋:これはもう、日本語ロックの義務教育の曲やもんね。
──ははは。ロックンロール・ハイスクールの校歌みたいな曲ですよね。
真鍋:そうそう。“これ聴かな、オマエ!”みたいな。掛け算、割り算ぐらいの、強制的に教え込まれるものレベルな。今はそういうのないやんか、“絶対聴かなあかん!”みたいなのは。昔はあったからね。
──パンクで言えば、ラフィン・ノーズの「ゲット・ザ・グローリー」みたいな感じですね。
真鍋:そうそう(笑)。
──この曲にまつわるエピゾードがまたイイですよね。ポマードを買うために出かけた雑貨屋の店員が「このテープ、ただでやるよ!」と袋に入れてくれて(笑)、そのテープにクールスが入っていたという。
真鍋:しかもそれ、続きがあって。次にその雑貨屋に行ったら「オマエ、あのテープ聴いたか?」って言われて、「まだ聴いてません」って言ったらメッチャ怒られて(笑)。「聴いて感想言え!」とか言われて、凄い強制的やなぁって思ったわ。
──そのテープというのは、店員さんが作ったミックス・テープだったんですか?
真鍋:そう、お店で流す用の。だからキャロルとかも入ってて。あと、杉本哲太の紅麗威甦(グリース)とか横浜銀蝿とか、そういうのが全部入ってて。で、そこで買ったポマードが油性でまた全然落ちなくて。結局、食器用洗剤で洗ってたもんね(笑)。
──当時、真鍋さんが憧れていたリーゼントのお手本だった人は?
真鍋:やっぱり舘ひろしさんとかかなぁ…。“ああいうリーゼントがしたいなぁ”って最初に思ったのはブライアン・セッツァーだったね。でも、あれはちょっとフワッとしていて無理やろうと。友達でも誰もできてなかったね。
──モップスの「たどりついたらいつも雨ふり」は、初めてこの曲をリハでやった日に偶然にも鈴木ヒロミツさんが亡くなったそうですが。
真鍋:そう。「たどりついたら~」は元々選曲の候補に入ってて、ちょっとやってみようかってスタジオに入った日に亡くなったって聞いて。それはなんか不思議な感じがしたし、“これはやらなあかんやろ!”って思った。
──GS(グループ・サウンズ)の中から敢えてモップスを選んだのは意外に感じたんですが。
真鍋:でも、俺の中でモップスっていうのはGSってイメージじゃなくて、どっちかって言うとロック・バンドっていう感じ。あと、ちょっとサイケな感じだったり。他のGSよりもコアな感じと言うか、洋楽寄りな部分が好きでしたね。
──そんなサイケなロック・バンドのヒット曲を、吉田拓郎さんという当時のフォークのプリンスが作っているのが面白いですよね。この曲は昔から好きだったんですか。
真鍋:うん、大好きで。拓郎さんがやったのよりは、世代的には子供ばんどがカヴァーしたのを聴いてたね。