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INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】 山崎眞行 (PINK DRAGON代表) × 増子直純 (怒髪天)(2006年1月号)- やるだけやっちまえ! 自分らしさを貫くロックンロールな生き方!

やるだけやっちまえ! 自分らしさを貫くロックンロールな生き方!

2006.01.01

 あのピンクドラゴンの代表として日本のストリート・カルチャーに絶大な影響を与え、70年代後半に日本中を席巻した50'sブームの立役者としても知られる山崎眞行氏。そんなロックンロール・スピリットに溢れた氏の生き方に憧れ、独自のロックを体現している怒髪天の増子兄ィ。他の誰にも似ていない自分だけのロックな生き方を巡って、両者によるホットでスリリングな対談が実現した。考える前に常に行動へと移してきた粋人による至言の数々をとくとご堪能あれ!(text:椎名宗之)

女性に嫌がられることをしてモテないとね

増子:今日はお忙しい中お時間を頂いて、本当にありがとうございます。山崎さんにお会いできるなんて、中学時代の友達に一人残らず電話して自慢してやりたいですよ(笑)。僕は一番最初にやったバンドが高1の時に組んだBLACK CATS(山崎氏が手掛けた伝説的なロカビリー・バンド、メンバーはクリームソーダの店員だった)のコピー・バンドで、ベースだったんです。でも余りにヘタすぎてすぐにクビになっちゃったんですけど。札幌にもクリームソーダがあったし、ホントによく通い詰めてましたよ。当時の噂では、クリームソーダで万引きしたら警察に連れて行かれないぞと。店の人からヤキを入れられるぞって(笑)。
 
山崎:札幌の店長は伴晋作という男でね。彼は作新高校の応援団の出だから、警察に引っ張っていくのが勿体ないからって自分で殴っちゃうんだよね。昔は彼と2人で喧嘩を売ってもらうために六本木によく行ってましたから。自分からは喧嘩したりしなかったけどね。普段は優しい男だけど、怒ると誰も止められなくなってしまう。
 
増子:あと、BLACK CATSのベースをやっていた(中村)元君が札幌へ帰ってきた時に、海外へ行った時に履いてたラバーソールをウチの弟(DMBQの増子真二)が売ってもらって、それをブン取ったこともありましたよ(笑)。元君にも当時凄く良くしてもらったし、とにかくBLACK CATSは全曲ソラで唄えるくらい大好きなんです。
 
山崎:当時クリームソーダを好きだった人達に子供ができて、今はヘタすると孫までいたりする三世代に跨る時代なんですよね。BLACK CATSのファンだった人の子供が親の影響でBLACK CATSを聴いたりして、長くやってるのも悪いことじゃないのかなって最近は思いますね。そんなことは店を始めた頃は考えてもいなかったし、むしろそんなふうになるのはイヤだと思ってたくらいでね。
 
増子:BLACK CATSの音楽もそうだし、クリームソーダのデザインにしても凄くピュアで日本的なものが根強く入ってると僕は思うんですよ。日本人のやってる良さって言うか。ロックンロールってやっぱり欧米のものだけど、その恰好良さの洋邦の位置が逆転したのはBLACK CATSのお陰なんですよね。あんなに恰好いいロックンロール・バンドは世界中探しても他にないし、よく笑われるけど、ブライアン・セッツァーよりも僕は好きなんです(笑)。
 
山崎:洋服もそうですけど、音楽についても僕はプロの中へは入ろうとしないんです。基本的に素人なんですよね。ビートたけしが以前何かのインタビューで答えていたけど、自分は映画監督としては素人のチャンピオンだと。それはクリームソーダも同じで、ロックンロールってお金儲けに走った途端にスピリッツが消えて、違ったものになってしまう。一番美しいのは駆け上がっていく瞬間なんですよね。ウチも、ゴルチエとかのライセンスを持っているベルギーの会社から「アジア以外の欧米でのライセンスを売ってくれ」とか大きな話も貰うんだけど、すべて断っちゃうんです。なぜなら、そこに入った瞬間にプロ中のプロになってしまうから。ずっとアマチュアの精神でいたいんですよ。40年近くやってるから、ベテランでプロフェッショナルに思われるかもしれないけど、ウチは営業もしないし、展示会もやらないアマチュアなんですよ。
 
増子:ピンクドラゴンの作るものならまず間違いないだろうっていう、洋服やグッズに精神性が表れてますよね。
 
山崎:プロになると採算を考えなくてはいけないし、どこかで妥協してしまう。ウチは必ず売っても儲からないアイテムを毎回入れてるんですよ。活きの良さと言うか、若い人の情熱みたいなものを入れ込みたいし、高価なものを売る方向には行きたくない。洋服はすべて自分のところで作って自分のところで売るから、それほどプライスを上げなくてもいいんです。だからいつもギリギリのところでやってますね。
 
増子:確かに、ピンクドラゴンのアイテムはネームバリューに反して安価なものが多いですよね。
 
山崎:それは自分が育った環境が影響してるんだと思います。北海道の赤平という炭坑町に生まれ育ったんですけど、普段は真っ黒になって炭坑の中で働いてる人がしていたお洒落が僕の原体験なんです。当時はまだ恰好いい既製品がない時代で、彼らは全部自分でオーダーしていた。既製品よりもオーダーのほうが安かったんですよ。そういう人達に向けた洋服は安価なものだし、利益率は落とすけど商品の質は落とさないものを作りたい。それをずっと続けてきて、店もこの原宿でずっと同じ場所にあるから、未だに世界中のロック・スター達が買いにやって来る。だから僕の感覚としての基本は、そういう炭坑の町にいたちょっと愚連隊みたいな人達の洋服なんですね。ウチの洋服に黒が多いのは、炭坑町だから土も川も家も全部真っ黒だったからなんです。そこで一番目立つ色は赤でしょう? だから黒と赤の組み合わせが僕は大好きなんですよ。
 
増子:なるほど。ところで、今日は山崎さんにお会いできるというので、キチッと気合い入れてリーゼントにしてきたんですよ(笑)。
 
山崎:リーゼントっていうのは不良のもので、昔から大人にずっと嫌われ続けている。でも、だからこそいつまでもニューウェイヴでいられるし、どこかマジなんだなって思われるような純情なものなんですよ。ピカピカにバイクを磨いてるヤツって、暴走族の一員じゃなくて本当は生真面目で媚びない、純情なヤツじゃないですか? それに近いものがありますよね。
 
増子:「彼女が嫌がるからリーゼントができない」なんてヤツがいますけど、そんな輩はリーゼントする資格がないですね。
 
山崎:やっぱり、女性に嫌がられることをしてモテないとね。女性に媚びてモテるのは実は大したことじゃないし、それならいっそ、誰からも嫌われたほうが恰好いいですよ。今は男性が何でもハウツーに頼る傾向にあるから、女性から見ると男性が総じてつまらないと思うんじゃないのかな。
 
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